絆闇星勇

第1章 ピッツァの香りと影

戦場は、深く沈みゆく夕焼けに包まれていた。

空は血のような朱に染まり、地平線の向こうから、規則正しく、しかし重苦しい足音が近づいてくる。

一歩ごとに地面がわずかに震え、崩れかけた瓦礫の壁が微かに音を立てた。

瓦礫の街角に立つイタリアは、薄く唇を噛み、片手に握る短剣の柄を確かめるように握り直した。

その瞳は、遠くの影を捉えて離さない。

胸の奥には戦いの緊張よりも、奇妙な懐かしさが漂っていた。

「……ピッツァ。」

かすかに呟いたその声は、夕風に消えそうなほど小さく、だが確かに郷愁を含んでいた。

その言葉が、なぜ今この場で口をついて出たのか――自分でもわからなかった。

やがて影が輪郭を帯びる。

瓦礫の隙間から現れたその男は、片手で軽々と巨大な円形の刃――まるで戦場には不釣り合いな、だが見る者を震えさせるほど鋭利な巨大ピザカッター――を握っていた。

深緑の軍服に包まれたその姿は、威厳と重圧をまとっている。

その男こそ――イタリアの父、イタリア王国。

イタリアは短剣を下げず、しかし声を震わせて言った。

「……パパ、なにしに来たの?」

父の眼差しは、鋭さの奥に温かさを秘めていた。

「息子よ――今日は父としてではなく、戦士として来た。」

足取りはゆっくりと、しかし一歩ごとに地面を抉るような迫力があった。

夕陽に長く伸びる二つの影が、じわじわと重なり始める。


第2章 避ける刃

一言もなく、王国は巨大ピザカッターを振り下ろした。

その瞬間、空気が裂けるような唸りが響く。

夕焼けの光を反射して、刃の軌跡は燃えるような橙色の弧を描いた。

「遅いかな!」

イタリアは軽口を叩きながら、滑るようにステップでかわす。

靴底が瓦礫をかすめ、小さな石が飛び散った。

しかし――刃先は想像以上に速く、横を抜けた瞬間、頬をかすめる風の冷たさに背筋が凍る。

危うく笑みが消えそうになるが、イタリアは無理やり口角を上げた。

「さすがだ……まだ本気じゃないな、パパ。」

王国は一瞬、口元をわずかに緩めた。

「お前の成長を確かめに来ただけだ。だが、証明できぬなら――」

言葉を言い切る前に、再び刃が振り下ろされる。

地面がえぐれ、瓦礫が宙を舞った。

「……ここで終わるぞ。」

その声音には、脅しではなく本気の覚悟が滲んでいた。


第3章 導きの光を

金属と金属がぶつかり合い、甲高い音が夜に向かう空へ響き渡る。

短剣と巨大ピザカッターが火花を散らし、瓦礫の壁や路地を削っていく。

一撃ごとに粉塵が舞い、視界がぼやける。

イタリアの息が荒くなり、王国の動きにもわずかに疲労の色が見え始めた。

だが、互いの眼差しは研ぎ澄まされ、隙を探し続ける。

「来い、息子よ。本気を出せ!」

その声は命令であり、挑発でもあった。

イタリアは短剣を握り直し、心の奥にある力を解き放つように低く呟いた。

「導きの星々よ……」

言葉が空気を震わせる。

「その輝きで、ぼくらの未来を映せ!」

瞬間、短剣が光に包まれ、その輪郭が変わり始める。

金属が伸び、形を変え、刃の先に光が宿る。

――スパーダ・デル・リソルジメント 〜 ルーチェ・ディ・パトリア!

その名を告げると同時に、剣から放たれた光が夜明けのように戦場を照らし出した。


第4章 力の衝突

「ほう……融合形態まで辿り着いたか。」

王国の声には、誇りと喜びが入り混じっていた。

しかし、その瞳は獲物を狙う猛禽のように鋭く、油断は一切ない。

二人の武器がぶつかるたび、爆ぜるような衝撃波が街を揺らす。

屋根の瓦が落ち、古びた街灯が傾く。

イタリアは攻め立て、王国は受け流し、そしてすかさず反撃を繰り出す。

「まだ足りない!その力で未来を切り開けるのか!」

「切り開くさ、パパ!俺はもう逃げない!」

交錯する言葉と刃が、戦場の空気を灼き続ける。

二人の動きは父子でありながら、まるで長年の宿敵のように呼吸が合っていた。


第5章 父の言葉

激闘の末、二人はほぼ同時に武器を下ろした。

静寂が訪れ、瓦礫の上に舞い落ちる砂塵の音だけが耳に残る。

王国の額には汗が滲み、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

「絶望の先に、見えるはずだ。」

その言葉に、イタリアは肩で息をしながら目を細めた。

「人生は過去と向き合う……何が出ても恨みっこなしだぜ。」

王国は小さく首を振った。

「何が出ても受け入れろとは言わねえ。だが――乗り越えていけ。お前らになら、できるはずだ。」

イタリアの胸の奥に、静かに熱いものがこみ上げる。

「……パパ……。」

そして王国は、短く、しかし確信を持って告げた。

「強くなったな…。お前ならもう、大丈夫だ。」

夕日が完全に沈み、街は柔らかな夜に包まれる。

父子の影は並び、静かな風が、戦いの余韻を運び去っていった


第6章 傷ついた七歌

戦場に漂う硝煙の匂いが、夕風に混ざって鼻を刺す。

地面は抉れ、石畳は砕け、あちこちから火花が散っていた。

さっきまで響いていた金属音も悲鳴も、今は嘘のように静まり返っている。

その中――崩れた瓦礫の上に、ひときわ鮮やかな赤が広がっていた。

七歌だった。

胸のあたりから溢れる血が、服を濡らし、瓦礫に滲んでいる。

唇は紫色を帯び、息は途切れ途切れ。

目を開けようとするが、瞼が鉛のように重く、開くことができない。

「七歌さん!」

日本が声を張り上げ、瓦礫を蹴り飛ばしながら駆け寄る。

膝をつき、そっと抱き起こした瞬間――その体の軽さと冷たさに息を呑んだ。

イタリアが乱暴に瓦礫を踏み越え、血相を変えて言う。

「おい……そんな、マジかよ……!」

フランスも駆け寄るが、日本は首を振り、低く言い放つ。

「任せてください……七歌さんは、私が運びます。」

その声は、感情を押し殺した鋼のような響きだった。

日本は迷いなく七歌を背負い上げ、背中に伝わるかすかな鼓動を確かめる。

――まだ間に合う。間に合わせる。

そう心に言い聞かせながら、振り返らずに戦場を後にした。

背後では、仲間たちが言葉を失ってその背を見送っていた。


第7章 日本の家

夜。

日本の家は戦場から離れた静かな場所にあった。

庭には小さな池があり、月明かりが水面をゆらゆらと照らしている。

風が竹林を揺らし、さらさらと葉の音を立てた。

和室の中央には布団が敷かれ、七歌が横たわっている。

額には冷たい手拭いが置かれ、頬はまだ青ざめていた。

日本は盆を持って戻り、器に新しい冷水を注ぐ。

「……熱が、まだ下がりません。」

声は小さいが、その奥に焦りと恐れが混ざっていた。

襖が静かに開き、アメリカが顔を覗かせる。

「……なぁ、大丈夫なのか? 七歌さん。」

落ち着かない様子で部屋に入り、じっと七歌を見下ろす。

日本は手を止めずに答える。

「命に別状は……ありません。しかし、このままでは……」

その声は揺れていた。

障子の向こうでイタリアが腕を組み、低く唸るように言った。

「こんな時に動けないなんてな……くそっ。」

フランスは壁にもたれ、ただじっと七歌の呼吸の音を聞いていた。

部屋の中には、七歌のかすかな寝息と、外からの虫の声だけが響いていた。

その静けさは、次に訪れる嵐を予感させるようだった。


第8章 絶望の影

翌日。

朝の空が、ありえないほど急速に赤黒く染まり始めた。

まるで太陽が血に溶け出したような、不吉な色。

空気は重く、呼吸すら苦しい。

日本は障子を開け放ち、外を凝視する。

「……間に合わないかもしれません。」

声は低く、握った拳が白くなるほど力がこもっていた。

布団の中で七歌が僅かに瞼を開きかけるが、

すぐに苦しそうに呻き、再び意識を失う。

その間にも、闇は街を飲み込むように押し寄せてくる。

まるで液体のように建物の隙間を這い、温もりを奪い取る。

畳がひやりと冷え、障子紙が黒く染まっていった。

イタリアが叫ぶ。

「おい、この闇……完全に街を呑み込もうとしてるぞ!」

外からは悲鳴と建物の崩れる音が響き、

アメリカは拳を握りしめて舌打ちする。

「触れたら終わりだ……くそ、どうすりゃいい。」

日本は七歌の手を握り、必死に呼びかけた。

「……七歌さん、起きてください。」


第9章 新たな進化

その瞬間、七歌の瞳がかすかに光った。

意識は――現実から切り離され、真っ白な空間に立っていた。

そこに、もう一人の自分が立っている。

顔は同じだが、表情は鋭く、声は低く冷たい。

「お前は負けた。今のお前じゃ、冥川には勝てない。」

七歌は歯を食いしばる。

「じゃあ……どうすればいいんだよ!」

「俺の力を使え。俺たちが一つになれば、冥川を倒せる。」

手が差し伸べられるが、その手からは圧倒的な力と危険な気配が漂っていた。

七歌は一瞬ためらう。

――これは、本当に味方なのか。

――この力を使えば、自分はどうなる。

しかし、仲間の姿が脳裏に浮かぶ。

闇に呑まれる日本、叫ぶイタリア、歯を食いしばるアメリカ。

胸の奥から熱がこみ上げる。

「……頼む!」

その手を握った瞬間、二人の体は眩い光に包まれ、融合していく。

光は脈打ち、七歌の胸を貫くように流れ込む。

現実世界――

七歌の目が淡く輝き、口が自然に動く。

「……魂解……《ナナツノウタ》……解放……!」

七つの光が部屋を満たし、傷口はみるみる閉じていく。

七歌は布団から起き上がり、日本の肩を借りて立ち上がった。

「ありがとう、日本……もう大丈夫だ。」

だが、その目は以前より冷たかった。


第10章 希望から再び絶望へ

七歌は覚醒した力で冥川の闇を押し返す。

街に再び光が差し込み、人々が歓声を上げる。

「やった……」フランスが呟き、イタリアも肩を落とす。

だが日本は表情を変えない。

七歌の背から、黒い靄が立ち上っていたからだ。

「……七歌、その力……」

声が震える。

七歌は振り返り、笑った。

「なわけねーだろ。」

次の瞬間、笑みは闇に染まり、その姿は掻き消えた。

残されたのは光を奪われた街と、呆然と立ち尽くす仲間たちだけだった。

闇の中で、もう一人の自分の声が響く。

「これが俺の力の代償だ……忘れるな。」

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