闇影螺旋

第1章 仮面の男

あの世の道。

その大地は、砂漠にも似て、しかし砂粒ひとつ動かぬほどの静寂に包まれていた。

陽もなく、風もなく、影すら存在しない。

ただ、灰色の地平が無限に続く。

そこを、一人の影が歩んでいた。

――エチオピア帝国。

その姿は大地の記憶を背負うように重く、歩むたびに歴史の残響が揺らめいた。

王冠も玉座もなく、ただ「過去」と呼ばれる重荷が背にまとわりついている。

その歩みはゆるやかでありながらも、確かに前へと進んでいた。

やがて、その前に「何か」が立ちはだかった。

一人の男。

その顔には仮面がかかっている。

黒と白が入り混じるその面は、感情を隠し、ただ無言の圧を放つ。

男の声が、低く、重く、しかし響き渡るように発せられる。

「……エチオピア帝国よ。お前は、息子に会いたくはないか?」

帝国は足を止める。

その目は、幾千の戦を越えた刃のごとく鋭く、しかしどこか深い哀を宿していた。

「息子に……会えるのか。」

仮面の男は静かにうなずく。

その仕草に嘘はない。ただ不可解なほどの静謐さが漂う。

「行け。ただし――その道には戦いが待つ。避けられぬ運命だ。」

帝国はしばしの沈黙の後、重く息を吐く。

そして仮面の男に背を向け、前へと歩み出した。

その口から、かすかな声が漏れる。

「ありがとよ……。お前のおかげで、もう一度だけ会えるんだな……。」


第2章 父と子の再会

舞台は変わる。

夜の原野。

月はなく、星もなく、ただ黒の帳があたりを包んでいる。

それでもその地は、なぜか懐かしさを湛えていた。

そこに、小さな影が立っていた。

――エチオピア。

丸い姿。背には小さな旗を背負っている。

その瞳はまだ幼さを残しつつも、どこまでも真っ直ぐに光っていた。

その唇から、かすれた声が漏れる。

「……パパ?」

震えた声。だが確かに響いた。

帝国は歩みを止め、その声に応えるように顔を上げた。

「……息子。」

ふたりの間に広がる沈黙は、重い。

しかし冷たさではない。熱を秘めた沈黙。

血の繋がりよりも深く、歴史に刻まれた絆がそこにあった。

帝国の目が険しく光る。

「絶望の先に……必ず見えるものがあるはずだ。」

その言葉は、教えであり、試練の宣告でもあった。

エチオピアは拳を握りしめ、胸の奥の恐れを押し殺す。

「俺……負けない。パパがどんなに強くても!」


第3章 運命の戦い

一陣の風が二人の間に生まれる。

無風だった原野に、突然、刃のような気流が走る。

それは二人の意志が衝突した証だった。

帝国は大地を強く踏みしめ、声を放つ。

「人生はダイス……何が出ても、恨みっこなしだぜ!」

その瞬間、空気が裂ける。

彼の手には一本の剣が現れた。

黒き刃。

それは幾千の年月を刻み、血と記憶を吸い尽くした歴史の鋼であった。

エチオピアは迷いなく刀を抜いた。

その刃はまだ新しく、だが燃えるような意志が宿っている。

そして叫ぶ。

「魂解――《運命反転(めぐりの誓い)》!」

瞬間、刀身が強烈な光を放ち、宙にサイコロが浮かぶ。

六つの目がゆらめき、回転し、世界の命運を握るように踊る。

帝国は低く唸る。

「ほう……それがお前の力か。」

サイコロが転がる。

「……六!」

光が弾け、エチオピアの刃は帝国の剣の一撃を逆流させる。

衝撃は大地を裂き、空をも駆け抜ける。

夜空の黒は一瞬だけ白く染まり、世界が震えた。


第4章 試練

帝国は押し戻される。

しかしその口は笑みを刻んでいた。

「何が出ても受け入れろとは言わねえ……だが乗り越えていけ! お前らになら、それができるはずだ!」

その声は挑発ではなく、試練を課す父の言葉だった。

エチオピアは額に汗を流し、再びサイコロを振る。

転がったのは――「一」。

刀身が淡く光り、その光は傷ついた体を包み込む。

裂けた皮膚が閉じ、呼吸が蘇る。

「……これが、俺の魂解。運命を……超えてみせる!」

二人の刃が再び交錯する。

火花が散り、空気が爆ぜる。

剣戟は炎の如く、雷鳴の如く、絶え間なく大地を震わせる。

歴史と未来、父と子。

二つの意志が、原野を戦場に変えていった。


第5章 別れ

長き戦いの果て。

大地は裂け、空は歪み、時すら乱れた。

だが、剣を構える帝国の腕は、ゆっくりと下りていった。

その瞳は、かつての戦王ではなく、一人の父として息子を見ていた。

「強くなったな……」

重ねるように、もう一度。

「強くなったな。お前らなら、もう大丈夫だ。」

その言葉は、確かな信頼の証だった。

エチオピアの瞳に、涙が浮かぶ。

「……パパ……!」

帝国は背を向け、霧の中へと歩み去る。

一歩ごとにその影は薄れ、やがて霞に飲まれていく。

最後に振り返り、声を残した。

「息子よ……運命を振れ。どんな目が出ても、前に進め。」

霧が閉じ、姿は消える。

残されたのは、ただ一つの影。

エチオピアの丸い姿。

その足元でサイコロが転がり、やがて静かに止まった。

示された目は、未来を指し示すもの。

そして――その未来は、まだ誰にも分からなかった。


第6章 夜襲の火蓋

夜空を裂くように、四つの影が降り立った。

闇に溶け込むその姿は、ただの人影ではなかった。大地に触れた瞬間、空気は変わり、街全体が凍りつくような気配に包まれた。

紅川の炎が、街路を這う。最初は細い筋にすぎなかった赤い光は、すぐに燃え広がり、木造の屋根を舐め、乾いた梁を焼き、軒から軒へと跳ね渡る。炎は笑うかのように唸りを上げ、夜を赤黒く染めていった。

苦川の氷が、大地を凍らせる。石畳の目地から白い冷気が噴き上がり、瞬く間に広場全体が氷に覆われていく。逃げようと走った人々は、足をとられて倒れ込み、凍りついた大地に縛りつけられた。

蒼川の水刃は、夜風を裂いた。目に見えぬ斬撃が市場を横切り、木の屋台を紙のように斬り伏せる。果実は飛び散り、穀物袋は裂け、夜気に混じる鮮血が砂利に散った。

鳥川の影が、上空から降り注いだ。羽ばたきと共に伸びる黒い影は、ただの暗がりではない。人の視界を奪い、心を縛り、存在そのものを押し潰す。影が触れた家々は音もなく沈み込み、人々の悲鳴は闇に吸い込まれた。

「――壊せ。」

冥川の声が響いた。

その一言で街は戦場に変わった。

火が屋根を舐め、氷が広場を覆い、水が市場を裂き、影が通りを飲み込む。

逃げ惑う人々の灯火は次々と掻き消され、夜は底のない闇と化した。

その時――三つの旗が、黒い夜に抗うように翻った。


第7章 反撃の刃

最初に立ったのはドイツだった。

格納庫の厚い鉄扉を砕き、鋼鉄のヴェルゲーングハイト・パンサークラフトが姿を現す。

重い足取りで進み出るたび、大地が震え、砲塔が赤い光を帯びた。

轟音。

砲弾が炎を貫き、紅川の焔を切り裂く。燃え盛る炎の中に一瞬だけ生まれた道筋を、人々は息を呑んで見つめた。

続いてイタリアが立ち上がる。

「スパーダ・デル・リソルジメント――ルーチェ・ディ・パトリア!」

光の剣が夜を切り裂き、凍りついた氷壁を正面から斬り払った。砕け散った氷片は星屑のように宙に舞い、かすかな輝きが夜を照らす。

最後に日本が声を上げた。

「武魂斬炎!」

炎を纏った剣が振るわれ、鳥川の影を焼き払い、通りを覆っていた黒幕に穴を穿つ。

三国の刃は揃い、夜を支配する四つの従者と正面から衝突した。


第8章 沈む力

だが、力の差は圧倒的だった。

紅川の炎は、ドイツの厚い装甲を赤く灼き、鋼鉄を歪ませ始めた。砲弾が放たれても、炎は息を吹き返すように押し寄せ、爆煙を呑み込んでいく。

苦川の氷は、大地を鎖のように縛り上げる。イタリアの剣が閃いても、その裂け目はすぐに塞がり、幾重にも重なる冷気の壁が前進を阻んだ。

蒼川の水刃は、雨のように降り注ぐ斬撃となって三国の隊列を切り裂いた。衣は裂かれ、肉体は切り刻まれ、血のしぶきが石畳に散る。

鳥川の影は、天から覆いかぶさるように落ちてきた。日本の炎が必死に振るわれても、闇は絶え間なく降り注ぎ、じわじわと光を掻き消していく。

ドイツの鋼は凍りつき、イタリアの剣は押し返され、日本の炎は弱々しくなっていった。

武器は欠け、息は荒く、足取りは重く沈む。

「まだ……倒れるわけにはいかん!」

それでも彼らは立ち上がり、震える手で武器を握り直した。

敗北の淵で、胸の奥にわずかな火が灯る。

第9章 呼び覚ます誓い

砕けた石畳の上で、三国は肩を並べた。

息は荒く、血が滴り、武器は傷だらけ。

それでも背中を合わせ、互いを支えるように立ち続けた。

「ここで止める……俺たちで!」

その言葉に、三人の目が再び燃える。

夜風は血と煙を運び、空気は重く、喉を締めつける。

冥川は一歩も動かず、ただ静かに従者たちを見下ろしていた。

紅川の炎は揺らめき、苦川の氷は軋み、蒼川の水は滴り、鳥川の翼が広がる。

四人の影が、再び迫る。


第10章 交錯の瞬間

剣が閃き、砲火が轟き、光が奔り、炎が吠えた。

三国の力が交わり、氷を裂き、炎を押し返し、影を焼き払う。

その一瞬だけ、闇は後退した。

だが、敵は退かない。

鳥川の影はさらに濃く、蒼川の刃は閃光を砕く。

紅川の炎は砲撃を呑み、苦川の氷は炎を凍りつかせた。

光と影が交錯し、火と氷が軋み合い、水と鋼がせめぎ合う。

街全体が震え、夜空が裂けるかのような轟音が響く。

「まだだ……ここからが本当の戦いだ!」

三人の声が重なった。

――だが、その叫びは届かなかった。

次の瞬間、紅川の焔が装甲を焼き抜き、苦川の氷が剣を封じ、蒼川の刃が肉を裂き、鳥川の影が炎を押し潰した。

ドイツは膝を折り、イタリアの剣は砕け、日本の炎は掻き消された。

背を合わせていた三人は、次々に地へと沈んでいく。

冥川はただ冷たく見下ろしていた。

抵抗の灯火は、闇に呑まれ、夜は完全な静寂に包まれた。

戦いは終わった。

三国は、敗れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る