鋼魂継承

第1章 父の影

冷たい霧が一面に立ちこめる荒野。

湿った土の匂いが鼻を刺し、耳を澄ませば遠くで雷鳴がくぐもって響いている。

足元には砕けた石と錆びた弾丸の殻――ここがかつて戦場だったことを物語っていた。

ドイツは一人、灰色の軍服の襟を正し、背筋をまっすぐに伸ばして前を見据える。

瞳の奥に宿るのは、戦士の静かな決意。

右手はすでに軍刀の柄にかかっているが、その動きは落ち着き払っていた。


風が吹き、霧の向こうから重々しい足音が近づいてくる。

その足音は、ただの人間のものではない。

一歩ごとに大地が低く唸り、空気が押し潰されるような圧を放っていた。


「……来たか、父さん。」


白い靄の帳を裂くように、巨躯が姿を現す。

漆黒の軍服に包まれたその男――ドイツ帝国。

背丈はドイツよりもはるかに高く、肩幅はまるで要塞の壁のように広い。

その瞳は氷のように冷たくも、奥底には鋼で鍛えられた誇りが燃えていた。


「ドイツ。」

低く響く声が、霧を震わせる。

「お前は成長した。しかし――」


ドイツは眉をひそめた。

「しかし?」


父は一瞬視線を外し、遠くの霧を見やった。

その瞳は、過ぎ去った幾多の戦場と歴史を見通すかのようだった。

そして、低く告げる。


「まだ過去と正面から向き合ってはいない。」

その言葉は、鋭い槍のように胸を突く。


「……」


「人生は過去と向き合う、何が出ても恨みっこなしだぜ!」

父の声は、荒野全体に響き渡り、まるで鐘の音のように耳に残った。


ドイツは歯を食いしばった。

胸の奥には、未だ消えない戦火の記憶と、背負うべき歴史の重みが渦を巻いている。

その重みは、時に彼の足を止め、時に彼の剣を鈍らせる。

しかし――今日は逃げない。


第2章 挑戦の刻

「父さん……俺は、今度こそ証明してみせる!」

ドイツは軍刀を抜いた。

刃が霧に差し込むわずかな光を反射し、鋭く輝いた。

父はゆっくりと長剣を構える。

その動きには無駄がなく、一分の隙もない。

「来い、息子よ。本気で来なければ、この刃は容赦なくお前を打ち砕く。」


その言葉の直後――

「絶望の先に、見えるはずだ!」

ドイツ帝国の声が荒野の空気を震わせた。


瞬間、火花のような気迫が二人を包み込む。

霧が吹き飛び、二人の間に緊張が走った。


ガキィィンッ!

初撃から、剣と剣が激しくぶつかり合う。

刃と刃が擦れ、鋭い金属音が耳を裂いた。


「ぐっ……!」

父の剣は重く、しかも速い。

ただの斬撃ではない――その一撃は、大地ごと押し潰すような圧力を持っていた。

受け止めた腕が痺れ、全身の骨が震える。


第3章 過去への向き合い

「力はある……だが、迷いがある!」

ドイツ帝国の一撃が横薙ぎに走る。

ドイツは必死に受け止め、靴底を大地に食い込ませる。

砂利が弾け、足元の地面が裂けた。

「迷い……?そんなもの……!」

叫びながらも、心のどこかで図星を突かれた感覚がある。


「ある!」

父の声は断固としていた。

「お前はまだ、自分の過去を受け入れていない!」


その言葉が胸を深く抉る。

敗戦の記憶、分断された国土、背負いきれぬ罪と、それでも捨てられない誇り――

全てが頭の中で渦を巻く。


「俺は……!」

叫びと共に、ドイツは渾身の力で剣を振り下ろした。


父はその刃を受け止め、静かに告げた。

「何が出ても受け入れろとは言わねえ。だが、乗り越えていけ。お前らになら、できるはずだっ!」


第4章 魂解

「このままでは届かん。」

父の声が鋭く響く。

「見せろ……お前の全てを!」

その瞬間、ドイツの胸の奥が熱く燃え上がった。

血潮が加速し、全身の神経が研ぎ澄まされていく。

「……分かったよ、父さん。これが、俺のすべてだ!」


荒野の空気が震えた。

ドイツの軍刀が複雑な機構を展開し、鋼鉄の装甲がせり出す。

内部から砲身のような輝きが現れ、刃全体が轟音を伴って変化していく。


「――魂解、《ヴェルゲーングハイト・パンサークラフト》!」

その瞬間、刃は鋼鉄の輝きと無数の歯車の光を帯びた。

背後には幻影の戦車、空を切り裂く飛行機械の群れが並び立つ。

それは技術と軍事力、そして歴史そのものを象徴する姿だった。


第5章 誇りの一撃

金属音と爆ぜる炎が荒野を満たす。

ドイツは一気に踏み込み、父の長剣を弾き飛ばす勢いで鋼鉄の突撃を叩き込んだ。

「これが……俺の未来を切り拓く刃だあああっ!」

父はその一撃を受け止める。

刃と刃が衝突し、周囲の霧が衝撃波で吹き飛ぶ。

しかし、その瞳には微かな笑みが浮かんでいた。


ドガァンッ!

衝撃が荒野全体に広がり、二人は互いの刃を首元で止める。


「……強くなったな…」

父はゆっくりと剣を下ろす。

「強くなったな…。お前ならもう、大丈夫だ。」


ドイツは息を整え、背筋を伸ばす。

「ありがとう、父さん。」


霧が静かに晴れていく。

雲間から光が差し込み、それは過去と未来を繋ぐ一本の道のように見えた。


第6章 暴かれた素顔

戦場の中心――そこは、まるで地獄の真ん中のようだった。

黒煙と血の匂いが入り混じり、空は不吉な色を帯びている。大地は幾度も踏み荒らされ、砕けた石と兵士たちの武器が散乱していた。

その中心で、二つの影が激しく刃を交えていた。

冥川と七歌。

二人の剣は交わるたびに、火花が飛び散り、耳をつんざく金属音が辺りに響き渡る。

一撃ごとに地面が削れ、衝撃波が周囲の瓦礫や砂塵を巻き上げる。


彼らを囲むように、仲間たち――日本、アメリカ、ロシア、中国、モンゴル、メキシコ、イタリア、フランス、ドイツ――が必死に援護していた。

だが、冥川の動きは異常だった。攻撃を受けても影のように揺らぎ、致命打を与えられない。逆に反撃は鋭く、ほんの一撃で熟練の戦士を数メートルも吹き飛ばしてしまう。


七歌の瞳は、相手の姿を見据えながらも、どこか信じたくないという色を帯びていた。

――この力、この気配、本当にこいつは……。


その瞬間、七歌の渾身の一撃が冥川の面を正面から叩きつけた。

甲高い音とともに、仮面が宙に舞い、回転しながら地面へ落ちる。


現れた顔――それは、七歌が何度も笑い合い、共に戦ってきたあの顔だった。

「……まさか……お前……絆川……?」

七歌の声は震え、握る剣がわずかに下がる。


しかし、目の前の男は冷ややかに唇を歪め、薄く笑った。

「俺は絆川じゃない。俺は絆川の闇の心から生まれた存在――冥川だ。優しい絆川は、もういない」

その声は低く、冷たく、そして容赦がなかった。


第7章 親友の刃

七歌は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。

怒りと悲しみが胸を渦巻く。だが、それを力に変えなければ負ける。

「……だったら、ここで止める」

冥川の周囲に、黒い霧がゆっくりと渦を巻くように立ち上る。

その霧は次第に濃く、重くなり、近づくだけで全身を押し潰すような重圧を放っていた。

剣の一振りごとに、その重みは倍増し、空気が軋む。


各国の戦士たちが同時に動く。

アメリカが力任せの突撃を仕掛け、日本が鋭い踏み込みで前に出る。ロシアは氷の刃を、メキシコは炎の弾を放つ。

だが――冥川の影はそれらすべてをあざ笑うかのようにすり抜け、逆に反撃を浴びせる。

衝撃で地面が割れ、石片が雨のように降り注ぐ。


「武魂斬炎!」

日本の叫びと共に、紅蓮の炎が剣からほとばしる。斬撃は直線状に走り、冥川を貫こうとする。

だが、それすらも片手で軽々と受け止め、炎は霧に飲まれて消えた。


「無駄だ。お前らの正義も、力も、俺には届かない」

冥川の声は、戦場全体を支配する冷たさを帯びていた。


第8章 仲間の連携

モンゴルが高く跳び、叫ぶ。

「テンゲリノアグラル!」

空を切り裂くような風の刃が冥川に殺到する。

同時に、フランスが誇らしげに魂解を放つ。

「エクラ・ド・グロワール・アンペリアル!」

黄金の光が雨のように降り注ぎ、戦場を一瞬だけ明るく照らす。


その隙を突き、イタリアが背後に回り込み、双剣を振るう。刃は影を裂き、鋭い音を立てる。

続けざまにロシアが叫ぶ。

「コクオウノレイヘキ!」

氷壁が立ち上がり、冥川の退路を塞ぐ。


だが――冥川は影を地面から這わせ、その黒い腕のようなものが全員の足元に絡みつく。

「足掻けば足掻くほど、深みに沈むだけだ」

影は重く冷たく、まるで深海の底に引きずり込むかのようだった。


しかし、その束縛の中で唯一、七歌だけが冥川の懐へ踏み込むことに成功する。

二人の刃が、再び激しくぶつかり合った。


第9章 決意の一撃

「絆川! まだお前は帰って来られる!」

七歌は必死に叫び、剣を押し込む。

「……帰る? くだらない」

冥川の声は一層冷たく響く。


次の瞬間、七歌の魂解が解き放たれた。

「――セブンスメロディ!」

七つの異なる音色が同時に戦場を満たし、空気を振動させる。

高音は鋭く心を貫き、低音は足元から大地を震わせる。


その音に、一瞬だけ冥川の瞳が揺らぐ。

刃の軌道がわずかに鈍り、その動きに隙が生まれた。


「今だ!」

仲間たちが一斉に動き、全方位から冥川へ総攻撃を叩き込む。

爆発音、衝撃波、光と炎が入り乱れ、冥川の影すら後退を余儀なくされた。


第10章 すれ違う想い

七歌は全身の力を剣に込め、渾身の一撃を振り下ろそうとした。

「――これで終わりだ!」

だが、その瞬間――冥川の瞳に、ほんの一瞬だけ懐かしい光が宿った。

「……やめて……七歌」

その声は、間違いなく絆川のものだった。


「……絆川……?」

七歌の手が、ほんのわずかに止まる。


しかし次の瞬間、光は霧に覆われるように掻き消えた。

「――なわけねーだろ」

冷たい声とともに、冥川の影が爆発的に広がり、七歌を吹き飛ばす。


衝撃は致命傷を避けていたが、七歌は地面を転がり、立ち上がれなくなる。

冥川は振り返りざま、薄く笑った。

「また会おうね」


黒い霧が彼の体を覆い、輪郭は徐々に闇へと溶けていく。

やがてその姿は完全に消え、残されたのは沈黙と、仲間たちの荒い息遣いだけだった

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