DAY02_1_partA

記録:2345年07月08日


 布の隙間から差し込む朝日で目が覚める。人工的ではない天然の光を見てはっとする。


 ここは、第12基地跡地にある第7小隊の拠点。俺は昨日、遺骨を持って色々あってここに辿り着いたんだ。そして、今は彼らに保護されている。


「そうだ、遺骨は無事だよな」


 袋をそっと開けると、中にはちゃんと尺骨が入っている。


 そのはずだったのだが、そこにあったのは、ただの木の棒だった。


「嘘だろ……」


 手に取ってみてみるが、切断面、触感、軽さ、全てが違う。昨日は袋を開けなかったから気付かなかったんだ。


「騙されたのか、あの囚人に。くそっ」


 俺は綾背に問いただすべく、傍に置いてあった軍服に袖を通し、入り口の幕を強引に上げた。


 昨日、確か綾背は向かいのテントにいると言っていたはずだ。急ぎ足で向かいの綾背の元に行くと、既に人の気配は無かった。


「なら、大天幕の方か」


 今度は拠点の奥に向かう。その道すがら、偶然にも青葉に出くわした。


 彼女は昨日とは違ってしゃんとしていた。恥ずかし気に手を組みながら挨拶をする。


「あ……き、紀一さん、おはようございます」 

「あ、ああ、おはよう。えーっと」

「青葉 藍爛です。あの……軍服、サイズは大丈夫でしたか?」

「服?もしかして、この服、置いてくれたのは君か?」

「は、はい……その、前の服はボロボロだったのと思って、余っているのを……勝手にテントに入ってすいません……」

「いや、ありがとう」


 考えてみれば、初明に騙された以外に、誰かが勝手に俺のテントに入って遺骨を取り替えた可能性があるな。


 そうすると、犯人はこの子かもしれない。


 まじまじと彼女を眺める。


 癖のある珍しい銀髪の少女、かなり細身で、か弱い印象だ。それに、今は俺の感謝に対して、無邪気に笑みを浮かべている。


 俺に綺麗な服を準備してくれたのは本当に善意からなのかもしれない。


 彼女の純粋な様子を見ていると、何だか疑うのが申し訳なく思えてくる。


「……どうかしたんですか?」

「いや、その、なんだ。今は何をしていたんだ?」

「あ、あの、丁度今から朝食の準備をしようと思っていて……その、一緒に食べますか?」

「いいのか?」

「護氏さんから、紀一さんが起きたら朝食を準備するようにと言われていたので」

「朝食は綾背さんも一緒なのか?」

「はい、そうです」


 これは綾背に会える好機だ。


 このタイミングを利用して、何とか遺骨の行方について聞かないと。


「それなら、ありがたく頂戴するよ」

「わかりました!あの、紀一さんは待っててください。すぐに準備しますので」

「ああ」

「あの、紀一さんは待っててください。私一人で大丈夫なので」

「そうか、頼んだ」


 青葉を見送って、俺は昨日の会議用テントに入った。


 中には既に綾背が居て、俺を見つけると葉巻を灰皿に置く。


「おはよう、古虫君。よく眠れたか?」

「おはようございます、綾背少尉。おかげさまでよく眠れました」

「そうか、それはよかった」


 綾背に不審な点が無いか見てみるが、顔全体が包帯で覆われているという不気味な見た目ではあるが、別に他に変な点は見当たらない。


「どうかしたのか?」

「その、”遺骨”のことで聞きたいことがあるのですが」

「そうだな。まずは、そこに座ってくれ」


 綾背の指示通り、入り口付近の椅子に座る。


「君が聞きたいことは”遺骨”の行方と、”印持ち”についてだな」

「はい、そうです」

「それはだな……」

「護氏さん、朝食を持ってきました」


 綾背が口を開きかけた時、青葉が中に入ってきた。


「すいません……あの、もしかしてお話中でしたか?」

「いや、構わない。すまない、古虫君。詳しくは朝食後に」

「……わかりました」


 どうやら、この話はあまり青葉には聞かせたくないようだ。

だが、話が聞けるなら俺は何だって構わない。


「藍爛、今日の朝食は何かな?」

「鶏めしです。缶詰でよかったですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 同じ軍人で方や将校、方や訓練生のはずなんだが、二人はまるで孫と祖父みたいだった。


 こんな状況だと、規律に緩くなるのだろうか。


「綾背隊長は青葉さんと知り合いなんですか?」

「知り合い、ですか?上司と部下という関係ではそうですが」


 青葉はどうやら、俺の発言の意図が伝わってないみたいだ。


「そういう意味では無くて、何と言いますか、仲がいいなと」

「藍爛、彼は軍以外での君と私の関係性について知りたがっているんだよ」

「それなら、護氏さんは母の知り合いで、昔から面倒を見てもらってたんです」

「藍爛の母、綴さんが亡くなってからは、私がしばらく引き取っていたんだ」


 青葉もまた、俺と同じ天涯孤独なのか。


「それなら、二人は親子みたいなものですかね」

「どちらかというと、叔父と姪っ子だな」


 ふと、天幕の入口が開いて、男女が部屋に入ってきた。


「今日は鶏めしですかー。僕の好みは赤飯なんですが」

「うだうだ文句を言うな。食べられるだけマシだと思え」


 その声に、心臓が高鳴るのを感じた。


 あの時と変わらない、見慣れた人を見下したような顔、無造作にまとめた焦げ茶の髪、乱暴な口ぶり。


一十いと……だよな……?」

「一十さん、知り合いですかー?」

「なんだ?」


 曙 一十あけぼの いと


 帝都国立中学校卒業後、帝都研究所付属高校に進学して研究者になったと聞いていたのに、どうして軍なんかにいるんだ。


「本当に、一十だよな?俺だよ、古虫紀一。中学で同じクラスで、家が近所だった」

「古虫?誰だ、お前?」


 その瞬間、糸が切れて体全体から力が抜けるような気がした。


「嘘、だろ?」

「人違いじゃないか?」


 必死の思いで絞り出した一言も否定され、周りの声が遠のく。


 人違い、そんなはずはない。


 だけど、一十は確かに人違いだと言った。そして、俺に対して、まるで赤の他人を訝し気に眺めるような、冷たい目。


 本当に、俺に見覚えが無いみたいだった。


「さて、昼めしは何だ?」

「鶏めしです」

「そうか」


 呆然としたまま、俺は缶詰の中身を強引に胃に流し込む。


「綾背隊長、彼は誰なんですかー?」

「彼は古虫紀一君だ。昨日、初明が見つけて保護した」

「保護した人は、地下の方に収容するんじゃないんですかー?」

「彼は人間だからな」

「へぇー、ですか」


 あれは、人違い。そうなんだ。


 一十がこんなところに居るはずがない。


 きっと、他人の空似で、偶然、名前も一緒で、彼女は本当に別人なんだ。そうに違いない。


「綾背隊長、彼を借りてもいいですかー?」

「明昼、何をするつもりだ?」

「少し質問をするだけですよー。ほら、連盟の人間の可能性だってありますし」

「初明が違うと言っていた。彼はただの遭難者だよ」

「僕があいつの言う事を聞くと思いますか?」

「いや」

「なら、いいですよねー?」

「……10分だけだ」

「本当ですか?やったー」


 呆然としている俺の前に、一十と一緒にいた狐目の男が近づいてくる。


「……」

「ねえ、君」

「……」

「あのー君、僕の声、聞こえてますよね?無視ですかー?」


 五月蠅いくらいに明昼とやらは声をかけてくる。


「……聞こえていますが、何か?」

「隊長に許可をもらったからさ、君と少しお話したいなーって。君が何者か知りたいからさー」

「そうですか。言っておきますが、俺はただの遭難者ですよ。示してほしいなら軍身分証明証だって見せますが」

「まあまあ、続きは外で話しましょうよ」

「え、ちょっとっ……」


 明昼に引きずられるようにして、俺はテントから随分離れた場所に連れ出された。


「あの、何するんですか……っ!!」


 明昼の腕を振りほどいて、彼と面と向かった途端、首筋に冷たいものが押し当てられた。


 刀をいつの間にか抜いていたようだ。


 皮膚が薄っすら切れて、血が滲む。


「お前っ……」

「声を出したら殺す」


 明昼は見下したような笑みを浮かべて、刀を少し動かした。


 首に痛みが走って、思わず硬直する。


「っ!」

「痛いのは嫌ですよね。それなら、僕の質問にはちゃんと答えてくださいね。尚、嘘をついたり逃げようとしたりいたら、すぐに首を刎ねますからねー」


 男は楽し気に語るが、殺意がひしひしと伝わってきた。こいつ、俺を殺す気だ。


 冷汗が背中を伝う。


 どうやら、俺は彼の質問に答える以外、何もできなさそうだ。


「それで、君、本当に人間ですか?」

「はあ?どこからどこを見ても、俺は人間だろ」

「血の色は赤だから、本当みたいですけどー」


 刀を押し付ける力が強くなる。


「今まで人間に扮した怪異は沢山居たんですよー。第7小隊のみんなも、そうやって何人も死にましたよ。そうだ!首を斬って動かなくなったら、信じてあげますよー」


 マズい、こいつは正気じゃない。


 このままだと、理不尽な理由で俺は確実に殺される。


 助けを呼ぼうにも、辺りに他の人が居る気配は無い。


 そもそも、誰か居たところで、ここの連中が俺を助ける保証なんて何処にも無いじゃないか。


 どうすれば生き残れるんだ。


「……」


 こうなったら、もうどうしようもない。覚悟を決めるときか。


「黙っているということは、思い当たる節があるということですかー?」


 狂ってる奴に、何を言っても無駄だ。どうせ、俺が何を言おうとも、殺されるんだ。


「その負け犬みたいな顔、僕、嫌いなんですよー」

「何を言ったところで、あんたは俺を殺すんだろ?」

「どうですかねー。自分が人間かつ、無害であることを証明できるなら殺しませんよー」

「だから、言ってるだろ。俺は人間だ。それに、俺は第03基地所属で……」

「ええ、知ってます」

「あと、俺が人間かどうかなんて、ソーラインを打てばいいだろ」

「確かにそれもそうですねー。とりあえず、殺して確認しましょうかー」

「おい!話を……」


 その時、明昼の目が薄っすらと開き、研ぎ澄まされた殺意が体全体に打ち付けられた。


 本能的な、被捕食者的恐怖が全身を凍らせる。


「生きてたら、殺しますね。さよなら」


 逃げようと体に力を込めるが、金縛りにあったように動けなかった。


 冷たい刃が首筋を滑り、そして、スローモーションの映像を見るように視界がゆっくりと宙を舞う。


 身体から力が完全に抜け落ち、蝉のように五月蠅い耳鳴りの中、意識が遠ざかる。


 そして、抗いようもなく、死に引きずり込まれた。

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Falling into Ash:全てが灰に顛落する中で共鳴する機械的心音のうねり 雨中若菜 @Fias

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