「……なんだか、こわい」
道すがら暗い表情をしていたタレイアを元気づけようと、色んな言葉を覚えた幼女が魔法紙を見せていた。目的地へたどり着く頃には、普段の騒がしさが戻ってきたようで笑い声が聞こえてくる。
不意にアレスが足を止めると、ちょうど家から出てきた優男も気づいて手を振ってきた。
そこでまたしてもタレイアが叫ぶ。
「ちょ⁉ ちょ、ちょっと……待ってください‼ え……偉大なマイスターとお知り合いなんですか⁉」
「えーっと……この子、誰? アレスたちの知り合い……エルフなんて珍しいね」
「……どっちも、うるせぇ」
家の中に招かれて、なんとなく呪いについても説明した途端、タレイアは泣きながら幼女を抱きしめた。当の本人は分かっていない様子で首を傾げたあと、慰めるように優しく頭を撫でている。顔を上げたタレイアが更に泣き出すという、平穏を好むアレスにとって地獄の無限ループだ。
暫くして落ち着きを取り戻したタイミングで、奴隷商について尋ねる。マイスターの称号を持っていて、王都に住んでいるクラトスなら知っていてもおかしくない。
少し考え込むような表情をしてから、長机に肘を乗せる優男は哀愁を漂わせながら告げる。
「……きな臭い噂なら知っているよ。此処、王都で秘密裏に闇市が開かれているらしいんだ……」
「へっ……王国騎士団さんは、気づいていないんですか?」
「噂が流れているくらいだから、知らないはずはないと思う。ただ、王国騎士団の面倒な部分は証拠が必要なんだ……。一番良いやり方は、現場を押さえることかな」
なんだか勝手に盛り上がっている二人の話を軽く聞いていたアレスはおもむろに立ち上がった。そして、床に散らばっている紙の中から一枚を拾い上げて長机へ置く。
広げた紙は王都内の地図だった。
近くにあったペンを勝手に拝借してバツ印をつける。そして、バツ印をつけた場所を指でトンと叩いた。
「此処。この下には何がある」
「え……そこは確か……あ! 地下水が流れていたはず。あと、これも噂話だけど。王族の避難場所として使われていたって」
「王族の避難場所、ですか? とても臭います!」
広さについても王宮のホール並みらしく、怪しむには充分すぎる場所である。
どこからか行ける場所はないかと言う話になってクラトスが渋い顔になった。
一つだけ行ける通路があるらしい。ただ、それは非常に危険であり、見つかったら死罪の可能性すらある場所だった。
「……話を聞いていたら自ずと分かるな」
「わ、わたしも行きます!」
「駄目だ」
「なんでですか⁉ わたしも覚悟はあります! 同じ、亜人種ですし……」
「エルフも奴隷として売られている人気商品だろう?」
アレスが見据えていたのは潜入後の話。タレイアは女一人で旅をしているだけあって、経験や実力は充分だろう。だから今まで危険な目に遭わなかっただけで、これから向かうところは危険しかない場所だ。
わざとらしく煽るような言葉を聞いたタレイアは唇を噛み締める。アレスの人間性は少しの間だが、共にしていて亜人種だからこそ分かる本能的な意味で悪人じゃなかった。
素っ気なく、幼女に対する優しさの欠片もない言動をしているが、悪い人じゃない……それだけは分かっていた。本人は気づいていない事実である。
「……分かりました。無事に、戻ってきてください‼」
「当然だ。オレを誰だと思ってる」
クラトスも万一見つかると大問題になるため、二人で待っていると言ってある物をくれた。一度だけなら相手を誤魔化せる魔法具らしく、餞別だと受け取り幼女を連れて外へ出る。
アレスたちが目指すのは街の家屋より大きな
地下水路へ行く道は、王城の地下からだろうと結論に至り、警備をしている騎士団員が移動する一瞬で動く。視線も気にしながら、巧みに警備を掻い潜って王城へ侵入した。
国民が謁見しにくる一定の時間だけ門を開けているらしく、狙いどおり。あとは地下の階段を探すだけ。当然、城内にも騎士団員は多く配置されていて、そこはアレスの容姿の出番だった。
明らかに貴族と見違えるほどの見た目で、広すぎて迷ったことを言い訳にする。幼女はローブの背後へ隠して、巧みに地下室へ続く階段を見つけた。
床に敷かれた赤いカーペットを剥がして扉を開ける。魔力認証はなかったようで、そのまま暗い階段を降りていった。もちろん、証拠隠滅もして……。
「……こういうときも、頼りになるな」
夜目はきかないアレスの前を歩く幼女についていき無事地面へ足を降ろす。
薄暗いと思っていた地下水路は明かりが点々としていた。
いくつもの簡易的な魔導灯が壁に括りつけられている。隣に流れる水流へ一瞬だけ視線を投げたあと、道なりに足を立てないよう気を配って歩き出した。
少しして横道の穴に気づくと、強い光が見えて幼女を下がらせる。先を歩くアレスが、道の終わりで顔だけ中を覗いた。
大きなホールで、中央に舞台場があり、アレスのいる側は長椅子で囲まれている。幾つもの世界を渡り歩いたことのあるアレスは、闘技場や別な闇市を思い出した。
しかも、すでに半数ほど席が埋まっている。
「……闇市で間違いないな」
商品は奥にあるのか、舞台場にはまだ何もなく、中央へ置かれた小さな台があるだけだった。周りを物色していると、特に入館証など提示している姿はなく、入口近くで従業員らしい目元だけ隠した仮面の男が配っている仮面を二つ盗み取る。幼女には大きすぎる赤い仮面をつけさせ、自分は瑠璃色の仮面を装着して堂々と中へ踏み込んだ。
怪しむ者はいないどころか、仮面をしても漏れ出すアレスの美貌で老若男女問わず、うっとりしている。
一番後ろの端へ座ったアレスは、闇市が始まるのを待った。その間、知らない男女から声をかけられたが聞こえない振りをする。少しして会場が静かになると、辺りが暗くなった。
そして、舞台場だけが明かりで照らされると知らない髭面の小太りな男が現れる。
「さぁさぁ、皆様方! お待たせ致しました。今宵はどうぞ、存分にお楽しみ頂き……素敵な出会いがございますように」
主催者だろう男の言葉が終わると同時に、会場が沸きだって闇市の始まりを告げた。
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