「……にんぎょのおねえさん」

 最初は小物とばかりに、生体売買ではなかった。主に魔法具が多く、会場内は落ち着きを取り戻している。たまに、アレスも興味を唆られる未知の魔法具アーティファクトが出てきた。


 当然すべて本物で、会場から声が漏れて賑わいを見せる。

 だが、アレスの見つけた魔族を封印している小さな玉以上の物はない。その中で、玉がはめ込めそうな代物も出てきて興味を唆られていた。


「ほぅ……あれは一度試してみたいものだが、貴様はどう思う?」


 おもむろに懐から取り出した小さな玉へ問いかける。玉は鈍く光っただけで、大きな変化はない。一度遭遇してから、玉から感じる光は強くなった気がして、変化はないかと話しかけてみた。

 玉の合う魔法具に嵌めたら、実体化出来る可能性がある。きっと、白の魔族も喉から手が出るほど欲しているはずだ。

 但し、実体化出来ても封印が解けるわけじゃない。一時的に実体化して外へ出られるくらいだ。


 会場が騒ぎ出して小さな玉を懐に戻したあと、視線を前へ向ける。


「本日の目玉商品です! 可憐な姿をして、羽根を持つ卑しい【妖精】です。なんと、私の商品が置かれている倉庫へ侵入したところを捕まえました!」


 淡いピンク色の小さな二枚羽根に、同じ髪色と目をした少女の妖精だった。金色の籠に入れられていて、何か叫んでいるが、小さすぎて聞こえない。

 騒ぐ客の一人が低俗な質問をしている。当然、妖精の首にも【従属の首輪】と、手に金属の輪っかと鎖で縛られていた。

 奴隷商は使いやすい従属の首輪を使っているらしい。


 髭面の男がおもむろに籠を開けると、首を振る妖精の服を指先で摘む。妖精の少女は上下繋がっているきれのような服を着させられていたが、髭面の男は思い切り上へ捲ろうとして動きを止めた。

 持ち上げられたことで、少しだけ艶めかしい足が見える。


 会場が盛り上がりを見せる中、髭面の男は生体商品の扱いを熟知している様子で布から手を離した。


「これより先は、購入した貴方だけが確認出来ます! なんと、中は生まれたままの姿! すぐに色んな悪戯が出来ますよ」


 歓喜の声を上げる卑猥な男たちに、貴族風の貴婦人たちは侮蔑な視線を送っている。

 幼女は理解出来ていない様子でアレスを見てくるが、無表情な姿にどこか満足そうにしていた。


 ただ、妖精の綺麗な瞳からは涙が滲んでいる。

 すぐに競売が始まり、幼女にローブを引っ張られた。訴えかける視線で察するが、アレスの手持ちでは購入することは叶わない。


 それに、この妖精を助けても、同じような亜人種は多いだろう。すべての悲しむ者を救うことは現実的に不可能だ。


 そう思っていたアレスに幼女は魔法紙で何かを書いて見せてくる。


『ないているこは、たすけたい』


 幼女の意図はすぐに分かった。言葉数は少ないが、どんな形であれ出会った、悲しんでいる者を助けたいと言うことだろう。ただ、現実問題で手持ちがない。


 確か、闇市の競売はすべてが終わったあとに買い手へ商品が渡される。そこをついて盗む以外に方法はない。ただ、完全にお尋ね者になりかねない賭けだ。

 幼女の耳へ「なんとかする」とだけ伝えると、パァァァと明るくなる顔で首を縦に振っている。

 そのあと、妖精の少女を購入したのは『人を見た目で判断してはいけない』を体現している太った鼻息の荒い男だった。


 衝撃を受けたのは幼女も同じで、籠に入った妖精の少女と共鳴したように項垂れる。

 幼女はまだ大人のする悪戯に関して理解出来ない年頃だが、男の顔から滲み出る悪意を感じ取っていた。

 思わず息を吸い込む幼女の口を押さえる。基本的にアレスの指示で火を吐いている幼女だったが、衝撃的なことばかりで芽生えてしまったらしい……。


 ――他人への“憎悪いかり”を……。


 迸る黄金の瞳を向けてくる幼女へもう一度告げる。


「オレがなんとかしてやる。忘れるほど頭が弱いのか?」


 蔑むような重い声と言葉にビクッと小さな肩を揺らす幼女は、静かに首を振った。魔法も使えず、身体能力とその美貌だけが武器なアレスは正直言って弱い。剣術も使えるが、相対的に幼女と比べたら明らかに弱者だ。弱肉強食で言うのなら、軽く幼女が凌いでしまう。それなのに、幼女はアレスを見て目をキラキラ輝かせていた。


 アレスの言葉には重みがあり、絶対やってくれるという安心感のようなものがある。


 そのあと、妖精の少女が消えてから髭面の男は笑い出した。目玉商品と謳っていたが、本当の主役は違う。

 髭面の男が指示して舞台場は暗くなった。


 静かになる会場で、ちゃぷちゃぷと水音だけが響く。


 アレスの顔も険しくなり、幼女も小さな両手をぎゅっと握りしめた。


 すぐに明かりがつくと、会場は更に沸き上がる。興奮する会場内の温度差を感じながら、静かに機会を待つアレスの双眸は一心に水槽へ向けられた。


「お静かに! こちらこそが、本当の目玉商品! 今回の主役。伝説になるほど希少な亜人種――【人魚】です‼」


 溢れんばかりの拍手が起こり、満足げな髭面男と対して怯えた双眸で大事そうに卵を抱く美少女が映る。

 「どうして――」消え入りそうな声が聞こえた気がして瞬きするアレスは、再び人魚の美少女と視線が重なった。


「それだけではありません! なんと、この人魚が大事そうに抱えているのは貴重な卵です! 性別不明ですが……人魚は男女共に美形! 貴方好みの人魚を作れること間違いありません!」


 人魚の美少女は亜人種でない人間に捕まっている。それなのに、アレスを見つめてくる瞳は助けを求めているようで、諦めているように感じた。

 競売が始まると、妖精の少女で示された金額が最初から飛び出して、会場はヒートアップする。いつの間にか両手を握っていた幼女は、アレスのローブを引っ張っていた。幼女に見せてはいけない世界を見せた気がしたが、アレスと言う男に罪悪感は一切ない。


 最終的に高額な値段で競売が終わりかけたときだった。中央で、すっと伸ばされた手に注目が集まる。


 穢れのない金の糸が外に跳ね、紺色のローブを着た貴族風の優男。目を隠す青い仮面で顔は分からないが、立ち上がった所作から身分の高さは窺える。緩んだ口元から笑顔を浮かべているだろう優男は、どれほどの金額を提示するのかと、誰もが浮立った瞬間ときだった。


「――まさか、こんなところで闇市が開かれているなんて、正直……驚いたよ。これは、正真正銘なだよね?」


 騒いでいた会場内が嘘のように静まり返る。


 そして、優男が仮面を取り外すと横からでも分かる宝石のような黄昏たそがれ色をした瞳を一瞬で歪めた。


 誰かが「ユース・ティティアだ!」と叫んだ瞬間、会場内は騒々しくなる。ローブを取り去る優男は、笑顔で白い鎧姿を晒し、青いマントをはためかせた。肩には、王国の紋章が刻まれている。


 逃げ惑う観客を、客に扮していた騎士団員が取り押さえてく中、座り込んだままのアレスは不敵な笑みを浮かべた。

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