「……おにんぎょうさん」

「アレスさんもお久しぶりです!」


 幼女のようにキラキラ輝く瞳は、木漏れ日の森を思わせる翡翠色をしている。抱きしめるタレイアを一心に見つめる黄金の瞳は、再び革袋から魔法紙を取り出して何かを書き始めた。

 両手に掴んで見せられたのは『おにんぎょうさん』の文字。


 タレイアに似ていると言っていたため、本人を間近に見て思い出したのだろう。

 人形に例えられたタレイアも満更ではない様子で、頭を掻きながら顔が緩んでいた。


 人形は綺麗なものに例えられたりするが、喜ぶものかと疑問に思う。ただ、タレイアが歩いてきた方向は例の積荷が移動した先だった。


「タレイア。貴様が通った道すがらで、積荷を運ぶ者を見なかったか?」

「ひゃい! あ、また……。えっと……見ました! 木箱と、麻袋を運んでいました!」

「案内しろ」


 再会を喜んだのも束の間で、命令形なアレスのことも気にせず、立ち上がって姿勢を正すと元気良い声を上げて案内し始める。


 実は、神が下界に干渉すると時間の流れが止まっていた。強大な力によって、歪みが生じるかららしい。一つの歪みは大きな問題を生む。


 だから、積荷が去ってタレイアと出会ってから数分しか経っていなかった。

 これはヘリオスに感謝すべきかと考えてすぐ放棄する。


 案内されるまま路地裏を歩いていくと、荷台を見つけた。幼女の言う麻袋もある。しかも、モゾモゾと明らかに何かが入っている動きをしていた。


「ひゃっ! あれ、怖いんですけど⁉ 魔物……でしょうか?」


 声を上げそうになるタレイアは両手で口を塞ぐ。物陰に隠れて様子を見ることにしたアレスたちの前で、麻袋が運ばれていった。気づかれないよう移動して、僅かに中が見える位置で立ち止まる。


 自分たちの行動が密偵のようだと興奮するタレイアを放置して、凝視していると一段と大きな木箱から四角い透明な容器が出てきた。しかも、中には透明な液体が入っている。揺れる動きから連想されるのは『水』だ。


 頭に布を巻いた男二人がかりで濡れた麻袋を手にすると、口を開いて容器へ投げ入れる。


 勢い良く揺れる容器は一瞬で泡を出し濁っていった。

 暫くして透明度が戻ってくると、アレスは目を見張る。


 空を思わせる艷やかで透き通った色に、仄かに薄紅色をした白い肌。水の中で流れるようなウェーブした髪は腰まであり、下半身が魚のような鱗で覆われ、足先だろう場所にヒレがある。よく見ると、耳がある場所もヒレのようなもので飾られていた。

 他には服の代わりをする白い貝殻のような物と別に、王冠を模した髪飾りがついている。

 そして、細い首には良く見なくても分かる、魔法具店にあった黒い首輪がついていた――。


「ま、ま待ってください……! あれって、おとぎ話で出てくるくらい希少な『人魚』じゃないですか⁉」


 タレイアが両手で口を塞いだまま興奮した様子で訴える。

 世界を跨ぐアレスは人魚に対する知識もあった。世界によって様々な形を見せる種族代表とも言える。人魚の肉を食べたら不老不死になれる……見た目の美しさから奴隷として捕獲されることもあった。

 今回は明らかに後者だろう。


 しかも人魚はタレイアと変わらない見た目の美少女で、両手で大事そうに何かを抱えていた。


「あれは、なんだ?」

「えっ……あれって、もしかして――卵……」


 衝撃的な言葉を口にするタレイアへ視線を向けたあと、丸い塊へ注視する。


 水と同化することのない丸くて少しだけ空色をした塊。どことなく有名な魔物である粘体生物に似た核のようなものがある。魚の卵を思い浮かべると、大きさ以外は一致した。


 【従属の首輪】以外にも、手首にアレスがされたような金属の輪っかと鎖が水槽から出た状態で吊るされている。少しでも引っ張ったら卵を落としてしまいそうだ。


「あの女の定めだろう。【従属の首輪】をつけられた以上、介入するのも面倒だ」

「えっ⁉ 見捨てるんですか⁉ アレスさんの人でなしぃぃい!」


 本来は人じゃないからなと、突っ込みを入れないアレスが踵を返す。だが、足は重い足枷をつけられたように動かない。

 威圧するように睨みつける相手は当然、幼女だった。力いっぱい両手で強く握っている。身体能力は人より上でも腕力や握力は人並みなアレスに振り解くことは叶わない。


 そうこうしている間に奥へ運ばれていく人魚の美少女が、こちらを向いた。一瞬だけ重なる双眸は憂いを帯びたようなまなこで、すぐ諦めたように目線を下げてしまう。


 どこか見覚えのある目をしていた……。期待を露わにしたあと、諦めたように曇る瞳――。


 視線を下へ向けて分かった。初めて出会ったときの幼女と同じ瞳。それを見たアレスの頭に疑問が浮かぶ。【従属の首輪】を嵌められた時点で、服従させられた証だと思っているからだ。


「……おい、貴様。【従属の首輪】は、付けられただけじゃ服従したことにならないのか?」

「えっ……? あ! 封印の魔法具は、最初の言葉と魔力が肝心なんです。魔力認証のように、個人を登録する感覚ですね! あれは確実に奴隷商でしょうし……商品は購入者が『従属せよ』と言って魔力を流したときから始まります……」


 説明しながらも苦しそうな表情へ変わるタレイアは下を向く。少し待って、アレスが幼女を抱き上げると倉庫へ走っていった。あとを追うようにタレイアも走ってくると、倉庫の中は誰もいない。空っぽだった。

 幼女を降ろしてから水に濡れた地面へしゃがみ込む。なんの変哲もない地面だが、アレスは僅かな魔力を感じていた。


「……此処だな」

「へ? 何も、ないですけど……あ! 魔力認証⁉」

わらべの力なら破壊も可能だが、得策じゃない……ついてこい」


 何か思うところがあったアレスは、二人を連れて街外れへ向かって歩きだす。

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