「……しろくてきれい」

 優男がぶつかりそうになるのを受け止めるでもなく、横へずれて避けると顔から地面に激突して悲鳴が上がる。

 だが、アレスは一瞬だけ見た顔に対して眉を寄せた。不機嫌な態度を感じ取った幼女は、顔を押さえて騒ぐ優男の脇腹へ指を突き刺す。


「ぐぉぉぉお‼」


 悪い部分でも押したのか、転げ回る優男と目が合った。

 嫌そうに目をそらすアレスとは違い、勢い良く立ち上がって姿勢を正す優男は胸を張る。

 二人の様子に首を傾げる幼女は、おもむろにアレスの前へ立った。


 その様子を見た優男は口を押さえて笑いだす。


「貴様も堕ちたものだ。いや、天界から追放されたのだから……既に堕ちているか?」


 自分の言った言葉に疑問を持つ優男は、アレスの数少ない知り合いだった。


「――なんのようだ。。オレを笑いに来るほど暇じゃないだろう?」


 ヘリオスと呼ばれた優男は、内側に巻かれた首が隠れるほどの髪を、手の甲で払ってみせる。そして、何かを言おうとして口を閉ざし、正面に立つとアレスを凝視した。白い衣しか纏っていない姿のヘリオスの方が凝視しされそうな服装である。


 一通り確認したあと、おもむろに鎖を引いて顔を寄せた。吐息がかかるほどに近い顔で、盛大なため息を吐きながら下を向く。


「……まさか、人間堕ちしているのは聞いてなかったぞ」

「――顔が近い。貴様は昔から距離感がおかしいぞ」

「なんだその髪と目の色は! まるで、人間……いや、そうなのか。最強神が、非力な人間なんて笑い話だ」


 勝手にがっかりして肩を落とすヘリオスだったが、顔を上げると再び前を向いた。じっと見ているのはアレスの顔で、表情が緩む。


「いや、顔はそのままだな。私より美しい顔立ちなのは昔から腹立たしく感じていたが……嫌いじゃない」


 自己愛者でもあるヘリオスは自分の顔と比べて評価し、アレスは怪訝な顔をした。いつもの光景なのか、大して気にすることがないアレスは、鎖を揺らして音を立てる。


「縛られるのは好きじゃない。外せ」


 神力で強化された鎖と金属の輪っかなのは分かっていた。きっと幼女の牙でも歯が立たなかっただろう。悪趣味ではないヘリオスも言われるまま解除すると、自慢げに白い羽根を広げて見せた。


 それを見た幼女は警戒心をすべて捨て去ったように目を輝かせる。白い目で見るアレスに対しては鼻を高く上げるよう顎を上へ向けた。


「貴様が失った純白の翼だ。こんな幼女を連れているところを見ると、父神様から何か試練を与えられたんだろうが、危険な遊びはやめろ」

「……危険な遊びか」


 後ろに視線を流すと、先ほど触れようとした【従属の首輪】がある。あれは、亜人種以外に効果はない。

 それを分かってやった行動だったが、アレスには危機感が足りなかった。他人の命は勿論、自分の命すら興味が薄い。だからこそ、危険な行為に興味をそそられてしまう。

 人間にされた最初の頃は極力回避してきたが、慣れてきた頃合いの現在いまは一番危険だった。


「貴様は命の重さが分かっていないから、本能のまま幾つもの世界を壊したんだろう」

「――オレに壊せないものはない……まぁ、いまはだが。そんなことより用件を言え」

「用件は……特にない。私が不在のときに、貴様が天界から追放されたと聞いて腑抜けた面を拝みに来ただけだ。まぁ、相変わらず食えないだった」


 ヘリオスは忠実でいて、誰に対しても公正を貫く神である。心配されるほど仲が良い覚えのなかったアレスは、なぜか幼女へ視線を向けた。


「……貴様に心配される義理はねぇ。すぐに最強神に返り咲くから、天界で見物していろ」


 再び前を向いて不敵な笑みを浮かべるアレスに対して、華やかな笑顔へ変わるヘリオスは白い翼を広げて飛び上がる。


「その言葉、忘れないでくれよ?」


 一瞬だけ太陽のような眩しさを受けて瞼を閉じると、次に開いたときにはヘリオスの姿が消えていた。


 自分の言いたいことだけ伝えて世界に干渉してきた優男へため息を吐く。何事もなかったように、目の前へ現れた店主が驚いた顔をしてアレスたちを凝視していた。

 ヘリオスのおかげで興が冷めたアレスは、無言のまま店を出る。


 店から出て一歩を踏み出した瞬間、幼女に誰かがぶつかった。


「きゃっ!」


 短い悲鳴に振り向くと、見覚えのある金髪の翡翠をした瞳が大きく見開かれる。謝ろうとした幼女に、色白の手が肩を抱いた。


「また会えるなんて! 嬉しいです‼」


 長い耳が特徴的なエルフの少女、タレイアだった。名前を呼ぼうとして呼べず、口を尖らせながら代わりにアレスの名を口にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る