「……びしょびしょ」

 人間の世界に興味がないアレスだったが、封印関連の魔法具を知って読み途中で本を閉じる。重要な呪いについて話は聞いていたが、奴隷の実験で植え付けられた能力ちからに興味をそそられた。


 椅子から立ち上がって一人で出て行こうとするアレスのズボンが強い力で引っ張られる。下を向かなくても分かる小さな手は「離さない」とばかりに、力が籠もっていた。


「……おい。王都は安全だから、貴様は文字を書いていろ」


 小さな赤い頭に二本の角が横へ動く。意外と我が強い幼女にため息をつくと、強引に腕を掴んで外へ出た。

 強引な態度でも、幼女の顔は幸せそうで短い尻尾が左右に揺れている。


 いまでは瑠璃色の細剣を手にしているアレスも幼女がいなくても戦えた。剣を使うのは初めてだったが、手に馴染んで手刀のような使い心地の良さを感心するほど。


 広い街を観光気分で歩きながら、道に迷って噴水広場にたどり着くと、不運の呪いは消えたはずの幼女が誤って水に落ちて散々だった。


「――クソッ。どうしてオレが、わらべの世話なんて……」


 近くにいた子供連れの女がタオルを貸してくれて、ブルブルと自分で体を振って水飛沫を出す幼女を拭いていく。

 不意に何かを捉えたような幼女が指差す方へ視線を向けた。噴水広場から見える大きな倉庫に、いくつもの木箱が積まれている。その中で、一つだけ大きな麻袋があり、生き物でも入っているのかような動きを見せた。


 幼女は革袋から取り出した魔法紙に『おにんぎょうさん』と意味深なことを書いて見せてくる。


 人形が動くはずはなく、魔法具の類かと思案しているうちに別な場所へ運ばれていった。

 ただ、麻袋があった場所は幼女のように濡れている。


「……人形って、玩具か?」


 なんとなくした質問に対して幼女は首を横へ振った。そして『タレイアおねえちゃんみたいな、きれいなおにんぎょうさん』と書いて見せてくる。


 水を弾く肉体なのか、服は濡れているが、頭や体は乾いたようで、アレスの代わりに頭を下げる幼女を連れて後をつけた。


 重いものや、かさばる物を運んでいるため足は遅い。しかも、荷車の音がかなり響いている。ただ、追いかけている道中で、目的の魔法具店が見つかり足を止めた。


「……わらべ。貴様が見たのは、タレイアじゃないんだろう?」


 少しだけ見つめ合ったあと、首を縦に振る。顔見知りで、名前を教え合った仲だと他人に興味のないアレスも考えた。

 だが、赤の他人であるなら優先すべきは目の前にある。

 グイグイとズボンを引っ張ってくる幼女を軽く抱え上げて強引に店内へ入っていった。


 後ろを振り返る幼女の大きな瞳はどこか悲しそうに見えたが、元々冷淡なアレスの興味は魔法具へ注がれる。


 静けさの漂う店内は薄暗く、アレスの好む雰囲気を演出していた。

 店員の姿もなく、入ってすぐの棚に置かれていた魔法具の値段を見た者は驚愕するだろう。


 外装も他の家屋と少しだけ作りが変わっていた。青い屋根に白い壁は同じだが、他の家より細長いのに後ろに長いわけじゃない。二階建てが多い街中で、四階建てほど高く感じられた。


 それなのに、店内は広く、天井もそこまで高くない。仄かに紫色の魔導灯が光っている中、幼女を降ろして店内を散策する。


 雑貨屋と違って店内には誰もおらず、高級品で溢れていた。


「……この店、不用心だろう」


 不思議な魔法の力は感じていたアレスは、試すように呟く。しかし、店内は静まり返っていて返事はない。もう一歩、何かないかと店内を回って目的の物を発見する。


 【従属の首輪】と書かれたいかにもそれらしい黒い首輪が置かれていた。しかも、丁寧なことに使用方法まで書かれている。


 『従属の首輪は、使用者が触れるだけで発動する――』


 とても危険で魅力的な言葉だった。わざとらしく手を伸ばすアレスの腕に向かって、暗い奥から何かが伸びてくる。

 ガシャンと音を立てて手首の自由を奪ったのは、拘束具のような輪っか状の金属だった。


 すぐに反応した幼女が金属を掴んで壊そうと試みる。だが、幼女の力をもってしても砕けない。金属に繋がった鎖が前に引かれると、体は横へ動かざるを得なくなる。


「――客に対して、強引な店主だな?」


 暗闇に潜む黒い影はハッとした様子で鎖を緩めた。

 貫かれるような視線は、アレスのことを上から下まで凝視しているほど熱く感じられる。それは、幼女に対しても同じだった……。


 アレスに特徴的な部位はない。【従属の首輪】に書かれている説明には続きがあった。


 『――ただし、使用者は亜人種に限定される』


「……封印の魔法って言うのは、思った以上に細かく定められるんだな」


 手首を拘束されているにも関わらず勝ち誇ったような笑みを浮かべるアレスは、グイグイ引っ張られて奥の方へ歩み寄る。

 幼女は最終手段とばかりに自分の鋭い牙を剥き出しにして、金属へ齧り付こうとしたところで知らない声が飛んだ。


「ちょっ! 待って! 噛んで壊そうとしないで!」


 うろたえる声が聞こえてきた直後、金属部をぐいっと思い切り引っ張り返す。鎖の部分を腕に絡めていたようで、バランスを崩した金髪の優男が飛んできた。

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