「……きれいなおねえさん」

 数日降り注いだ雨も、ようやく止んで宿をあとにしたアレスの耳へ、また厄介事の話が聞こえてくる。


「……まさか、あの橋がな」

「そしたら、迂回するしかないのかよ」


 聞きたくない言葉の数を無視して川へ向かったアレスは、盛大なため息を吐いた。

 雨のときに現れる大型で蛇のようなの魔物によって、橋は真っ二つに割れている。当然、自警団の姿もあって近づいてきた。


「あー……もしかしなくても、橋を渡って隣町を目指してたか?」

「……そうだ」

「悪いな……こんな感じだから、迂回して向かってほしい。地図は配ってるからさ」


 良く出来た地図を渡されると、あからさまにアレスの顔が歪む。地図など見たことのなかったアレスは、見方が分からなかった。


 最強と謳われた元神アレスが世界へ降り立つとき。考えることなく、地理も頭に入ってきていた。空を飛べたら大体把握出来るが、人間のアレスにそれは出来ない。

 人間の目線では山など大きいものは分かっても、川のように地面から近いものは判別出来ないからだ。


 自警団や町人が作業をする傍らで、悶々として立ち尽くすアレスの耳に知らない女の声が聞こえてくる。


「あの……もしかして、地図を読めないとかでしょうか?」


 振り返った先にいたのは、腰まで伸びた金色の髪を一つ結びにした翡翠色の目を向ける、アレスに負けず劣らずの美少女だった。ただ、亜人種なのは一目で分かる長い耳。


 人種に関しては知識豊富なアレスは瞬時に亜人種のエルフだと理解した。

 人里にはあまり出てこないと言われているが、この世界は様々な人種で溢れている。他の人間も気にした様子はないことから、アレスは上から下まで吟味した。


 なぜか照れた様子の見知らぬエルフは、両手で顔を隠す。


「あ、あの……! そんな、綺麗なお顔で、見られると……目のやり場に困ります」


 何を言っているんだこの女は……と言わんばかりに据わった目を向けるアレスだったが、ズボンを引っ張られて下を向いた。

 身長差が六十センチもある幼女は、エルフを見て目を輝かせている。そして、町で買ってもらった革袋からペンと紙を取り出して、必死に文字を書いていた。


 エルフも幼女に気づいた様子で、顔を赤くしたまま口を押さえている。


「か、かか……可愛い」


 隠しきれない言葉が口から出ても、気にしない幼女は書けた文字を見せてきた。


「……キレイ? このエルフか」

「ひゃい⁉ あ、すみません……!」


 動揺して変な声が出たエルフは、ゆでダコのようになってその場でしゃがみ込む。

 首をかしげる幼女と呆れた眼差しで立ち去ろうとするアレスに「待ってください‼」と叫んだ。


 周りにいた自警団も驚いた顔を向けていて、また無駄に時間を奪われることが頭に浮かんだアレスは、エルフを引っ張るように連れて行く。

 

 ただ、道が違うと言われて手を離してすぐ逆の方へ手招きされた。地図の見方もおかしかったようで、反対向きだったのを直されてしまう。


「あの……わたしも次の町へ行くので、そこまで一緒に行きませんか?」


 素直に好意を受け入れられないアレスは、グイグイとズボンを引っ張る幼女の顔を見て首を縦に振った。

 エルフが教えてくれる道は地図に沿ったもので、半分ほど歩いた頃にはアレスも見方を覚えていく。


 幼女はまだ少しの単語しか書けず会話は出来ないが、エルフはアレス以上に理解しているようで笑いあっていた。


「こんなに幼いのに、貴方の護衛だなんて凄いですね!」

「……ああ。このわらべと会ったときに、力の差を思い知らされたからな」


 武器があっても倒せなかっただろう巨大な魔物を、口から吐いた炎で一瞬のうちに灰へ変えてしまう魔法とは異なる、亜人種の能力ちから。幼女とはいえ、人類の最強種であることは間違いない。


 しばらくして、川辺の近くで昼食をとることになった。木陰で休んでいると、幼女は土を掘って虫を食べ始める。

 最初は驚きのあまり開いた口が閉じなくなったエルフも、自然界に住むだけあって幼女へ色んな知識を与えてくれた。

 エルフは精霊と似ていると言われるだけあって、保有魔力量が多い。亜人種も、この世界では魔法が使えないため、エルフの背中には弓がある。


 幼女も土だけじゃない虫の居場所を知ってから、木は抉らないようにして自然と空いた穴を漁ったりしていた。


「まさか、こんなに可愛らしい子が、虫を主食にしているのは驚きました……」

「コイツは、味覚が分からないからな。一飲み出来ない物は口にしない」

「そう、なんですか……。それなら、木の実とかも栄養あるので! お姉さんと一緒に探しましょう」


 アレス以外の人間と長い間行動を共にしたことがなかった幼女は、雛鳥のようにエルフの後ろをついて回っていく。


 最初は不審に思ったが、エルフのおかげで食べるものも増えたからか、少しだけ幼女の腹部が膨らんだ。


 山道を抜けると丘の上から小さな町が見えてくる。

 地図を見返して、自警団がくれた目的地だと分かった。


 横目に見るエルフは少し寂しそうな顔をしていたが、町へ入るとブンブンと手を振って別れる。

 互いに名前を名乗ることもしなかったことを思い出しながら、日が暮れる前に宿屋へ向かった。


 ポツポツと照らされる明かりに導かれるように、煌々こうこうとした宿屋へたどり着く。小さな宿屋は残り一部屋で、宿泊のため鍵を受け取るアレスの耳にカランと扉外の鈴が鳴った。視線を向けることはなく、カウンター前で悲しみに打ちひしがれて床へしゃがみ込む、先ほど別れたエルフの少女がいる。


「……また、野宿……ですか」


 エルフは別れて別な場所へ行ったのか、空き部屋を確保出来なかったらしい。

 先ほどまで一緒だったのに、見て見ぬ振りをして通りすぎるアレスのズボンが、大きな力で引っ張られてよろめく。

 下を向かなくても犯人は一人しかおらず、眉を寄せるアレスにブンブンと指でエルフをさした。


 幼女の言わんことは分かっているアレスだが、面倒くさいとばかりに移動しようとしても足は動かない。

 本領発揮した幼女の力でズボンが破れそうな勢いに、ため息混じりで鋭い切れ長の双眸を向けた。


「おい。そこのエルフ」

「……ひゃい? あっ、先ほどの!」

「相部屋で良いなら、一晩使わせてやる」


 男女の概念もないアレスの言葉だったが、エルフは顔を真っ赤にして動揺する。

 だが、エルフが着ている緑色のスカートを掴む幼女は満面の笑顔を見せてきて、気づいたら首を縦に振っていた。

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