「……おはなし、むずかしい」
部屋に入ってから、終始ぎごちない動きで幼女の勉強を見ていたエルフは、チラチラとアレスを気にしていた。
風呂も済ませて、前の宿で購入した着流し姿のアレスは破壊力が尋常じゃない。
エルフも容姿端麗ではあるが、自分なんて比じゃないとばかりに絶賛した。容姿を気にしたことのないアレスは終始面倒くさそうで、話を聞き流して借りた本を読んでいる。
この世界を物語にした童話だった。
子供向けにしては様々なことが書かれていて、知識を増やしていく。一つ、気になる点があった。どの本でも、魔法で一番弱いとされる【呪い】の話が出てくること……。精霊の魔法と異なる枠であっても、多すぎる。
そろそろ就寝時間か、決まった時間に眠くなることを覚えたアレスは欠伸をして窓際のベッドへ寝転がった。
椅子に座っていたエルフが立ち上がり背後からボソボソと話す。
それは、どこに寝たら良いかと言う話で、考えたら分かることを聞いてくるエルフへ振り返ったアレスの顔は面倒くさそうだった。
「
「そ、そうですね。えっと……彼女の名前は?」
今更ながらの問いかけに寝たまま沈黙が流れる。
そして再び背中を向けたアレスの放った一言は「ナナシ」。
名前がないのは明らかで、エルフは何も言えなくなって固まった――。
自然と同じ時間に起きることを覚えたアレスが体を伸ばして隣へ顔を向ける。エルフの姿はなく、幼女もいない。
上半身を起こして横へ視線を投げる。椅子に座ったまま寝息を立てるエルフと、ペンを走らせる幼女がいた。
野宿は嫌だと言っていたが、せっかくあるベッドを使わず眠りこけているエルフは、ハッとしたように起き上がる。
固まった体に悲鳴を上げながら、隣で黙々と勉強している幼女に驚愕して見えた。
「おい。エルフは椅子で寝るのか?」
絶対そんなことはないだろう問いかけをわざとらしくするアレスに、大きく首を横へ振るエルフが駆け寄ってくる。
「ちょっ……あの子、もしかして寝てません⁉」
「……そんなはずないだろう。おい、
黙々と勉強していた幼女が振り返って、首をかしげたあと横に振った。
青ざめる顔のエルフはゆっくりと首を曲げる。
「あの……異常じゃないですか?」
恐る恐る問いかけてくる疑問にも、自由人のアレスはゆっくり体を起こしてベッドの上であぐらをかいた。睡眠を取っていないと聞いても無反応のアレスに、エルフは引いている。
「この世界にいる亜人種のことは詳しくないが、竜人はそうなのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか‼」
エルフの叫び声が木霊したあと、ようやく幼女の異常に気づくことになった。
睡眠の呪いは、
朝食をとったあと椅子に座りながら曲げた指を立てて何かを考えているアレスは首をかしげる。
「……不運、
呪文でも唱えるような呟きに聞き耳を立てているエルフは、両手に幼女を抱きしめながら怪訝な表情をしていた。
明らかに怪しんでいる視線を感じても、当のアレスは動じていないどころか、なんとも思っていない。
問題を抱えているはずの幼女もエルフに抱きしめられたまま、気にせずペンを走らせている。
思わず幼女を抱きしめる手に力がこもるエルフは、アレスの質問で拍子抜けする。
「おい、貴様。亜人種の獣化について教えろ」
「ひゃい? ……亜人種の、獣化……ですか?」
「エルフは人に近いらしいが、人間よりも獣化を知っているだろう」
亜人種も人間の枠ではあるが、この世界で言う人間は主になんの特徴もない者のことを言っていた。
ハッと我に返ったエルフは、簡単に説明してくる。
獣化とは、二つの姿を持つ亜人種が変身出来る能力らしい。
主に二足歩行の人型か、四足歩行の獣へ変身出来るが、稀に制御出来ず暴れ出す者もいる厄介な能力でもあると。
基本的に出来ないことが出来ると亜人種の中では重宝され、人間から怖がられる。
認知はされているが、人間社会で生活をしている亜人種は滅多に獣化しないため、特に規制もなかった。
「つまり、獣化すると身体能力だったり、得意分野が強化されるわけか」
「はい! えっと……竜人も、獣化はします。亜人種の最強種と呼ばれるだけあって、三段階あるらしいです」
隠せていない二本の角と短い尻尾がある。最強種の竜人は、人間と変わらない見た目に変身出来ると本に書いてあった。
ベッドから降りたアレスは、幼女へ近づいていくと改めて上から尻尾まで眺める。二人の話が理解できない幼女は首を傾げていた。
「ほぅ。この
二本の角と尻尾を見て「あー」と声を上げるエルフは捕捉する。
「確か、獣化出来るのは十歳以上だったと思います」
「だから中途半端なのか。だが、羽根はなかったぞ」
「えっ……。あ、お風呂ですか……彼女は推定年齢六から七歳くらいに見えるので、羽根は体内にしまわれているのかも?」
体内を調べることは出来ないため憶測ではあるが、基本的に竜人は飛べるとのことだった。
大器晩成型の幼女は聞くのを止めて、勉強を再開する。
獣化の呪いは分からないまま宿を出ると、再びエルフが寂しそうな顔をしていた。
アレスは当然無表情で、幼女も悲しい素振りはなく笑顔を向けている。
「はぁぁ……また、会えたときは宜しくお願いします!」
「またがあったらな」
離れがたそうに幼女を抱きしめるエルフは思い出したようで立ち上がった。
「あっ、ずっと名乗っていませんでした! わたし、タレイアって言います。あの、貴方は……」
「――オレは、アレスだ」
名前を教えてもらうと嬉しそうな笑みを浮かべて、先に出口の方へ歩いていく。残されたアレスは店主に借りた本を返してから外へ出た。
あの雨が嘘のように、今日も晴れている空を見あげる。だが、この世界ではいつ雨が降るか分からないらしい。
幼女が大事そうに肩からかけている革袋を見て、アレスもようやく重い腰を上げたようで、エルフの少女とは違い町の服屋へ向かって歩いて行った。
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