天狼妖魔譚

まっちゃん

第1話 焼き焦がすもの

 年が明けて三学期。雪がちらつく季節。


――――――――――


 ちょ~こんちゃ~。あたし、あやっぺ。

ねぇ、聞いて、聞いて! あたしのクラスに超イケメン登場!

でもお父さんの都合で数ヶ月しかいられないみたい。つらたんぴえん。


天野光一あまのこういちです。短い間ですがよろしく」

しかもイケボなの!ガチ惚れ案件発生!しかも隣の席って神でしょ。


「えっと…あの…」

「よろしく」


 話しちゃった!マジマジ卍!


「ち、近いの?」

広井町ひろいちょう


隣町だぁ。うおっしゃぁぁぁぁ。


「ひ、一人で帰れる?」

「スマホがあるし。迷わんとは思う」


チャンスか?チャンスなのか?


「い、一緒に、帰ろうか。私の家、途中にあるの。」

「…そうだな…それもいいだろう…」


 やったぁぁぁぁ。あれ?光一君、どこ向いて話してる? あたしを見てないよね?肩見てるの?肩の向こうなの?壁らへんには誰もいないよね?


 帰り道、彼にいっぱい話かけた。でも彼ったら「うん」とか「ああ」とか、素っ気ない返事ばかり。聞いてないのかな。時々、川の土手とか草むらを見てブツブツ言ってる感じ。いつか光一君を振り向かせてやるんだからぁ。今日から女子力アゲアゲのアゲでいくぞぉぉ。


 あ、いいもの見つけた。チャンスは何だって使うのだ。


「光一くん、あれ。一番星、見ぃつけたぁ!」

「…」

「一番星、見ぃつけたぁ!」

「…さっき、あっちに夕日が沈んだよね。ならこっちが東。おおいぬ座のシリウスだな。」


 え、えっ。


「えっ。光一君、星、詳しいの?」

「まぁな。シリウス。この季節の一番星。太陽を除いて一番明るく見える恒星。」


 やば、やばやばやば。ロマンチストじゃないの。これは惚れる。まぢ惚れる。


 そうこうしているとあたしの家の近くに来た。ここで家を教えておいてポイント稼いでおこう。

 「あのマンションの5階、角っこの部屋、見える?あそこがあたしの家なの。何かあったらよろしくね。」

 我ながら積極的だわぁ。お父さんとお母さんには買い物に出てもらってぇ、二人っきりになる状況をむりやり作ってぇ、それからっ。それからっ。

「おい」

強く話しかけられた。

「えっ?」

「今、メシの準備中だったりする?」

「え、あ、いや、わかんないけど。たぶんお母さんが作ってるところだと思う。」

「…」

え、何? いきなり何なの?

「電話しろ。たぶん鍋が焦げてる。」

わっけわかんない。

「え、あ。」

「早くしろ!」

怒鳴られてびっくりして、わかんないけど、電話した。そしたらまたびっくり! お鍋焦げてて、危うくボヤになる所だったって!

「ね、ね、ね。どうしてわかったの? なんで?なんで?」

「…匂いでわかる、といっても解らんだろうな。」

 そうなの?そんなもんなの?

「…まずいな…」

何? また何かブツブツ言ってる。光一君、もしかしてヤバい人?

「おいっ!」

また怒鳴られた。

「え、あ、はいっ!」

「お前、さっきの河原でなんかしただろ!?小さい時とか。」

そんなの覚えているわけないじゃん。彼がますますヤバい人のように思えてきた。

「よく覚えてないけど、あの河原、小さい頃はよく遊んでたよ。」


「…おまえ、とんでもないに好かれたな…こんな所にもいやがる…」


 と、いきなり彼の唇があたしの唇に重なってきた。あたしの中で何かがはじけたような感じがあったけど、そこから先


――――――――――


  光一は気を失った彼女を背負ってマンションの入り口に運び、階段に座らせた。


(さて、残った雑魚どもを片付けに行くか)


 マンションの地下、人から忘れ去られた時間が過ぎている事が判る。照明が届かない、コンクリートに囲まれた空間にカビとヘドロの混じった空気が漂う。どす黒い灰色の物体がそこにあった。コポコポと泡立ち、呼吸しているかのように脈打って、表面から粘液が垂れているようにも見える。それがこの世の由来でないことが判るのは光一だけだった。


 (粘性強酸性生物スライム…)


 シャーッ! スライムは光一に向かって黒い液体を吐きつけた。

 (来る方向が分かってりゃ、簡単なんだよ…)


 光一はすぅっと身体を捻った。液体は背後の壁にべったりと粘りつき、そこからはしゅうしゅうと音を立て、溶けるはずのないコンクリートがどろりと液体化していた。


(B(ビー)!)


 光一が念を込めると彼の体から銀色の陰が飛び出した。その刹那せつな、スライムは音もなく崩れ、黒い灰色の固まりに戻った。


 (おつかれさん、B。)


彼がB(ビー)と呼んだのは銀色の毛を纏った狼だった。もっとも、Bも常人には見えることがないが。


――――――――――


 あれ、あたし、何してたんだっけ。たしか家のマンションじゃなくってあの辺で、あ。あ!光一君にキスされた~!ちょ、いきなりってかなり強引だけど、顔は正義。あたし的にはモーマンタイ。むしろあたしのすべてを…って。あれ…あたしの身体が火照…って…る。


 あつい…からだが…あつくなってる。な…何…これぇ…こんなの…あたしじゃな


――――――――――


 「!!」


 光一はマンションの随分上階で異変に気がついた。これまで幾つかしてきた異物たちより強いを感じたからだ。


 (…まさか…別に隠れて…間にあえぇぇぃ!)


 光一はベランダを乗り越え、ジャンプした。目撃者がいたらそれは飛び降り自殺に見えたはずだ。

「パンッ!」

光一はベランダの手すりで落下速度を落とし、

「バコッ!」

壁をクッションにする姿はパルクールのようであった。

「パンッ」

「ガコッ」

「ドサァッ!」

最後は植え込みに飛び込み、身体を丸めて転がった。


 (痛てぇ…最近落ちトレがひらいてたな…)


光一が臭いの元に目を走らせると、そこにはあられもない姿の彼女がいた。


 「光一君?…ねぇ…光一君…さっきみたいにキスして…。」

目は魂が抜け、ダラダラと涎を垂らしている。


 「ほらぁ、これでもぉ?」

彼女は身体をくねらせ、妖しく光一を誘う。光一は彼女に近づく。

 「おい、お前が本体か」

 「…」

 「その子を離せ」

 「…」

 「おいっ!」

彼女は先程とは全く異なるゆがんだ声を出した。

 「いやぁだねぇぇ。こんな旨いニンゲン、300年ぶりだもんなぁ。コイツが川に入った時からいい味してたんだぁ。オレのモンだぁね、どこのどいつか知らんが、おめぇにやるもんかぁ」

 

 (人語を発する妖魔か。さて、実力は)


 シュ、シュ、と光一の周りを黒い影が取り囲んだ。それは先程処理をしたスライムと同じ種類の塊だった。それぞれ光一に向かって液体を吐こうとしている。

 (ふん、小賢しい。頼むぞB。)

 光一の身体から銀色の影が飛び出し、間もなく、光一を取り囲んでいたスライムが崩れた。


「え? え? え?」

「なんだ、お前の力はたったこれだけなのか。」

「な、なにをした?」

「もうすぐ消えるんだ…教えてやろう」

光一は彼女の肩をがっしり掴んだ。

「天野は仮(かりそめ)の名、我は天狼家の末裔なり。Bは我が友、伴星なり。天狼とはこれ即ちシリウス。その意味する所は…」


       『焼き焦がすもの』


「ぼえぇぇぇぇっ!」


 彼女の身体から白い煙が上がったが、それが見えているのも光一だけ。彼女はすうすうと静かに寝息を立てている。


(さて…悪いけど、記憶を消させてもらうよ)


――――――――――


ちょ~こんちゃ~。あやっぺだよん。

昨日マンションの階段で寝てたって、あたしがなかなか帰んないって騒ぎになって、おかぁさんにバチギレ説教喰らって萎え。今、ガッコ帰りに秒で一番星ロックオンして、エモすぎ案件発生。だけどなんか妙な感じすんだよね。


 考えてもわっかんね~し、明日は光一くんとデートだし。まっ、いっかー。


(2025.08.13)

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