第13話 木偶にな~〜れ

 最後の復讐相手、父親の居る場所はなんとなくだけどわかっていた。


 そこは父親がいつも使っていた書斎部屋。


 あの人はいつもここで仕事をしていた。


 アリスの記憶の中で、彼女の父の情報はそれだけだけだった。



「感傷に浸る事すら出来ないレベルよね」



 自嘲してドアノブに手を伸ばす。


 ガチャ。


 回らない。 


 予想は出来ていた事だ。だからこそ、先程ダートの死を確認した時に鍵を抜いていたのだ。


 鈍色に輝く鍵を使ってロックを外し、もう一度ノブを回す。


 が、開かない。


 確かに鍵を開けたのに、ドアはうんともすんとも言わなかった。


 そう、玄関扉と同じ状態だ。



「やっぱり、この部屋を守る為の結界だったか」


 呟き考える。


 自分のスキルは、復讐する為なら因果すら捻じ曲げるモノではあるみたいだ。


 兵士たちがこぞって剣に向かって死んでいたのも、この街が必然的に賊を滅する為の場所に選ばれたのも、たぶんそういう事なんだろ。


 でも、完全な万能というわけでもないらしい。


 なにせこんな結界に簡単に阻まれているのだから。


 中から開けてもらうか? 


 とも考えたが、勘当した娘が突如現れたら不審にしか思わないだろう。なにせ、あのスポンジ頭の妹ですら、この現状がアリスのスキルが原因だと思ってたくらいなのだから。


 黒い煙が下から上がってきたのは、そんな時だった。 



「……あの馬鹿、本当に火をつけたのね」



 これで結界が解けなければ、無駄に死期を早めるだけになるって考えなかったのだろうか?


 そんな事を考えて、あり得ないなっと苦笑するアリス。


 さて、考えなしの所為で使える時間が極端に少なくなってした。


 仕方なく、アリスは一つ考えていた方法をためしにやってみる事にした。


 つまり、この『復讐ざまぁ』のスキルの対象が人間だけかどうかって、事だ。


 大きく拡大解釈すれば、この結界も人の思いで形成されている。それに対して、自分が復讐の対象と認識すればスキルが発動するんじゃないか? そんな考えだ。


 まぁ、私の復讐の邪魔をするモノだ。


 ましてそれを守ろうとする結界なのだ。


 アリスの目が真紅に染まる。


 剣を高く振り上げて、ドアに、その手前の空間に向かって振り下ろす。


 ギン!


 そんな音と共に、なにかを斬った手応えが柄から伝わってきた。



「ふふ、ざまぁないわね、ダート。貴方と思いは紙切れを斬るよりも簡単だったわよ」


 薄く笑い、アリスはゆっくりとノブを回してドアを開けた。


 しかして、望む復讐相手はそこに居た。



「ご機嫌麗しゅうございます、お父さま。街があんなにひどい有り様になっているのに、領主がこんな狭い部屋で縮こまっていてよろしいんですか?」


 

 綺麗な装飾が施されたアンティーク机に腰をかけ、ただ虚空を見つめていた父親に、アリスはお辞儀をして部屋に踏み入った。


 アリスの声に反応して、父親はぎこちなく娘をみる。


 けれど、その目に力はなく、焦点すらあっていなかった。



「…………アリスティル?」



 ポツリ呟く。


 しばらくアリスを眺めて、急に椅子から立ち上がると、驚愕の表情を浮かべた。



「お、お前は、なんて非道な事をやって来たのだ。あの時、家族の情で放逐などせず、この手で殺しておけば……ダートも死なずにすんだのだな」



「いきなりずいぶんな言い草ですね。一体私がなにをしたというのですか? 私はただ、街が族に襲われて大変だと聞いたから戻ってきただけですよ?」



「馬鹿者が、私にそんな戯言が通じると思ったか!」



 怒号を浴びせてくる父親に、アリスはクスクス笑って返事を返す。



「あぁ、そういえばお父さまのスキルは『過去視』でしたね。その力の所為でずいぶんと苦労させられた記憶が残っていますわ。やれ、努力が足りないといつも口を酸っぱくしておっしゃられてましたよね」



「見えるぞ、お前が喜々として兵士たちを殺してのが。あんなにもこの家に尽くしてくれダートを笑って殺していたのを」



「ふふ、残念ですね、お父さま。過去視ではなく、未来視を持っていたのなら、なにかも違っていたのかもしれませんね。しょせん過去が見えたところで、それはすべてを終わった事なのですから、お父さまになにか出来――」


 そこでアリスはなにかを思いついたように、面白そうに顔を歪めた。



「いま、思ったんですけど。この街をこんなにめちゃくちゃにしたのは、そのお父さまのスキルが原因なんじゃないですか?」



「なにを馬鹿な事を」



「だって、誰にも知られたない事だって見えてしまうのでしょ? それって、普通に考えて一番迷惑ですよね。もしかして、お父さま、貴方誰かの見ちゃいけない過去でも覗いたんじゃないですか?


 たとえ、どこぞの伯爵さまの記憶とか、ね?


 その結果、この街の住人たちはとばっちりを受けてしまった。

 あぁ、なんて可哀想な街の人たちなんでしょうね」



 クスクス笑って、アリスは流れていない涙を拭うフリをする。



「なにを! これはお前のスキルが!」



 机を強く叩き抗議する父親に、さらにアリスは我慢出来なくて吹き出した。



「あははは、それこそお父さまの所為じゃないですか。馬鹿な妹にも言いましたけど、復讐って意味がわからないほど耄碌はしてないんですよね? それとも、私が気づかない間にそんなに歳を取っていたんですか? なんでも家畜は一年で数回お誕生日が来るみたいですけど、お父さまもその口ですか?」



「親を馬鹿にするな! それにあの御方、伯爵さまは、品行方正で優れた方だ。今回の作戦も急に決またが、ちゃんと対策はとっていると、そして出た被害の保証はすると事前に連絡をもらっている」



「もう、もうやめてください、お父さま。私を笑い死にさせるつもりですか?」



 お腹を抑えて笑い続けるアリスは、本当にこぼれてきた涙を拭う。



「それでこの結果ですか? 街は壊滅。いったい、伯爵さまはこの街のなにを補償してくれるんですか?

 家ですか? 住む者もいないに? 

 それともその人ですか? こんな死体が溢れた場所に、誰が来たいって話になるんです?」



「うるさい! すべては上手くいくはずだったんだ! 私はそれで賊の退治に一番貢献した者として称えられるはずだったんだ。

 それを! それを、お前が! お前のスキルが――」



 父親の怒号を遮るように、猛火がドアの向こうから侵食してきた。


 アリスは舌打ち一つして、ドアを閉めて侵攻を一時的に防いだ。


 その背中に父親が、


「お前、まさかこの屋敷に火を放ったのか! そこまで、そこまでするのか! この悪魔が!」


「はぁー、お得の過去視はどうしたんですか? 私が屋敷に火をつけるところでも見えました? もし見えたのなら、眼科にでも行った方がよろしいですよ。その目、使い物になってませんから。

 ルイスですよ、どうも私とお父さまを一緒に亡き者にしたいみたいですよ。なんでもあの娘、男爵の爵位が欲しいみたいですから」



 なにが良いんでしょうね? そうアリスは首を傾げる。



「爵位なんて、つまるところ幻想でしかないのに」



 ドアの向こうから伝わる熱波が、長くは保たない事を告げてくる。


 もう少し遊びたかったが、仕方ない。


 アリスはため息一つ吐くと、両の目を紅く染める。



「……そうか、確かにルイスはそういう娘だったな」



 父親の前でルイスも良い子を演じていたのだが、過去が見えるからこそ、父親はルイスの性格をちゃんと把握をしていた。


 そして彼が知る娘は、平然とそんな事をやる人間だった。


 それを悪だとは思っていなかった。


 多かれ少なかれ、人の上に立つ者なら狡猾でなければ生きていけない。



「フッ、もう私に残っているのもは、なにもないのだな。アレもお前を追放した事に怒り、何処かへ行ってしまった」



 父親は力なく、椅子に座り込んでしまった。



「お母さまなら、私の部屋で自害してましたよ」



 アリスは父親に向かって、一歩、一歩、ゆっくりと距離を詰めていく。



「……」



 まるですべてを諦めたかように、父親は椅子に深くもたれて目を閉じた。


 アリスはそんな姿に、肩を竦めるが歩みは止めない。



「なにもないだなんて、そんな悲しい事を言わないでくださいよ。


 お父さまにはまだ、私の復讐があるじゃないですか。


 抵抗されないのはつまらないですが、まぁ良いです。ちゃんと痛くして、生きてるって事を実感させて上げますからね」



 アリスは父親の髪を慈愛に満ちたように優しく撫でると、力の限り掴み、上を向かせた。



「なにを? ――」 



 目を開けた父親に見えたのは、満面の笑みで剣の柄を自分に振り下ろす娘の姿だった。


 ガン!


 前歯に激痛が走る。


 が、その痛み反応する前に、また激痛が襲う。



「ふふ、大丈夫ですよ。どんな死にそう痛みが襲おうとも、私のスキルが絶対にお父さまを死なせませんからね」



 言って、アリスはなんども剣の柄を父親の口向かって振り続ける。


 ドアが炎の侵攻に負けて、部屋は瞬く間に炎が支配をする。


 けれどアリスは気にせず父親を嬲り続けた。


 歯をすべて打ち砕き終わった。



「ふぅ、なかなかの重労働ですね」



 額の汗を拭って朗らかにアリスは笑う。


 父親は脳を突き抜けるよう痛みに、意識を今すぐにでも手放したいの何故かそれが出来ず、はっきりとした意識のまま痛みを享受するしかなかった。


 抵抗しようとする、そんな意識は不思議と湧いてこなかった。


 逆に、受け入れのが正しい事だと――そんな事は絶対にあり得ないと強く心で思っているのに――考えてすらいる。



「歯が使えないのだから、その舌もいらないですよね。でも、触りたくないな。気持ちわる」



 そんな事を言いながら、アリスは無造作に口に手を突っ込み舌を引き出すと、躊躇いなく剣で斬り取る。


 アリスが舌を投げると、炎にのまれ肉の焦げた臭いが鼻をつく。


 すでに長い時間をかけているのに、まるで見えない壁でもあるかのように、炎はアリスの側には近づいてこなかった。


 アリスそのまま、父親の右手を掴む。



「出来れば私もこんな事はしたくないの。本当はお父さまを苦しめるのは本望じゃないのよ、信じて。


 でも、ここでお父さまを殺してしまうと、ルイスの望み通りになってしまうから、それは面白くないでしょ」


 親指から順に一本、一本を斬っていく。


 その度に、父親は体にを仰け反らせるが、叫び声は当たり前だがあがらない。


「だからお父さまには生きていてもらないとなの。


 でも、それだと私がつまらない。


 ふふ、だからお父さまには木偶になってもらうの。喋る事も、字を書く事も出来ない。自分で歩く事すら出来ない木偶に」



 今度は左手。



「あぁ、こんなお父さまを見たら、あの娘はどんな事を思うかしら」


 クスクスとアリスは笑う。


「可哀想と死ぬまで面倒をみてくれるかしら?


 それとも邪魔だと、殺すかしら?


 どちらにしても、お父さまはあの娘にとっての枷になるわ」



 気づけばアリスの服は返り血でひどい有り様だった。


 最後にアリスは足の腱を斬ると、引きずってすぐ側の窓から父親を放り投げた。


 続けてアリスもその窓から外に脱出する。


 轟々と燃える屋敷を背に、アリスは父親を門まで引っ張ってくと、耳元でそっと囁く。



「残念ですが、お父さまのその傷は魔法でも治りません。そして、ルイスが自ら手をくださない限り、お父さまが死ぬ手段は寿命だけ……そう、私のスキルが呪いをかけました。


 どうか末永く、苦しんでくださいね」


 

 アリスはそのまま、父親にも、この場所にも用がないという素振りで街に消えていった。


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