第12話 面倒くさい事後処理はやらせよう


 さて、妹を追うにしてもどこに行くべきか?


 そう考えてるところに、玄関の方から怒号が聞こえた。



「あの声は、ルイス?」



 とりあえず、アリスはまた玄関ホールに戻る事にした。



「なんで! なんで開かないのよ! 早くしないと、あの悪魔が来るのに!」



 なぜかメイド服を着ているルイスが、玄関扉を必死に叩いてた。



「……なに、やってるの? ルイス」



 思わずアリスはそんな言葉をかけてしまった。


 驚き振り返ったルイスは、姉の姿を見ると露骨に顔をしかめる。



「くそ! もう来たんですか、あの男、使えやしない」



 吐き捨て、どこから持ってきたのか剣を構えた。



「まるで様になってないけど、なに? それで私のやり合うつもり? 別に手っ取り早くて私は助かるけど、容赦はしないわよ?」



 冷めた目と口調でアリスは剣すら構えずに、ルイスに向かって歩き続ける。



「馬鹿にして! どうせ私を殺すんでしょ! そこのダートみたいに! なら、容赦しないとかふざけた事を言わないでよ!」



「まぁ、そうね……いや、そうなんだけど、さ。なんでここまで来て逃げてないわけ?」



「ムカつく。ワタシなんて簡単に殺せるって余裕をみせてるつまり? やるならさっさとやりなさいよ!」



 ルイスは自暴自棄にデタラメに剣を振って突貫してきた。


 アリスはあっさりその剣を弾く。



「せっかちな妹ね。まぁ、頭がお花畑で、あんな男に股を開くくらいだのもね。仕方ないか。でもまさか妹が私よりも早く大人になるとは思わなかったわ」



 床に倒れてルイスはアリスを睨む。



「誰の所為で! 誰の所為で、あんな男の体を許したと思ってるんですか!」



「誰って、私を追い出した貴方たちが原因でしょう。いくら頭がスポンジでも復讐って意味くらいはわかるでしょ? 文句をいうなら、私に復讐されるような事した、自分に言うのね」



 アリスは妹を馬鹿にした表情を浮かべ、律儀にルイスはそれに反応してしまう。



「それは! 私じゃなくて、お父さまが決めた事よ! 復讐するならお父さまだけにすれば良いじゃないですか、街全部を巻込むなんてあり得ないし! それよりなにより、私を巻き込まないでよ!」



「清々しいくらいにクズ発言するわね。私の知っているルイスと違い過ぎて違和感がすごいんだけど、どれだけ猫被ってたのよ、貴方」



 呆れたため気と共にアリスはノブを回した。


 確かにノブは回るが、扉は微動だにせず動かない。

 


「うるさいわね。そういうお姉さまだって、良い子ちゃんの性格はどこにいったのよ」



 噛み付いてくる妹を無視して、すぐ横に転がっていたダートを見た。


 しゃがんで確かめる。


 もう息はしておらず、すべての血を絨毯に染み込ませたのだろう、真っ白な顔と濁った目で虚空を見つめている。



「ルイス、貴方ダートのスキルってなんだか知ってる?」



 スキルなんて十五歳になれば誰も持っているモノで、身近にある当たり前のモノだ。


 普段の生活で必要かと言われれば、そうでもない。


 スキルを重要視してるなんて、主に戦闘職に就いてる人たちだけだ。


 無くても困らないが、有ればまぁ便利ってだけのモノ。


 それにアリスは、スタンホォード家を継ぐと進む道が決まっていた。


 だからそこまでスキルというモノに興味がなかった。


 母親のスキルを知っていたのは、幼い頃に自分たちをあやす為に魔法を使っていて、どうしてそんな事が出来るの? と子供心に聞いたからだ。



「知らないわよ。召使いがどんなスキルを持ってたってどうでもいいでしょ。それがなんだってのよ?」



 まぁ、自分も人の事は言えないと思ってアリスは話をザックリと進める事にした。



「私、貴方に会う前に似たような現象に合ってるの。そこから推察するに、結界が張られてるわね。だから、私も貴方もここから出れない。で、それをやったのはダートってところかしらね」



「はぁ? 結界? なんでダートが私たちを閉じ込めるような事をするのよ? 結界ってのは、普通なにかを守る為に張るモノでしょ?」



 ルイスはもっともな疑問を口にしながら、持っている剣でダートの死体を突いてみる。どうやら生きているかの確認らしい。



「だから守りたかったんでしょ。ダートにとって一番重要な人だけを」



「それってお父さまって事よね?」



「どちらかと言えば、スタンホォード家ってところじゃない。ダートは亡きお爺さまの時から仕えてたみたいだしね」



「ふん。なら、私を一番の大事にするべきでしょ。このスタンホォード家を継ぐのは、もう私しかいないのだから。ねぇ、お姉さま」



 フフンと笑うルイスに、アリスは馬鹿を見る目を向ける。



「ルイス、もしかしてスタンホォード家を継ぐ気でいるの?」



「当たり前でしょ。せっかくの爵位を無駄にする馬鹿はいないわ。お姉さまはお父さまを殺すつもりでいるんでしょ? 私を見逃してくれるなら、家を継いだあかつきには勘当を解いてあげるわよ。お姉さまのそのスキル、結構有能そうですからね」



 この提案を否定させるとは思っていない、自分は支配者だと傲慢に笑うルイス。



「……私ね、妹として貴方を愛していたけど、今のクズみたいな性格も嫌いじゃないわ」



「私も良い子ちゃんのお姉さまよりかは、今の方がまだマシですね。

 それで? 私の提案は受けいれてもらえたと考えて良いんですよね、お姉さま」



 嬉しいに笑うルイスに、アリスは合わせて笑う。



「そうね。確かに貴方は生かしておいた方が、面白そうだしね」



「ふふふ、お姉さまは賢くなったわね。それじゃ、まずはこの屋敷から出る事を考えましょ。お父さまはその後で、殺せばいいわ」



 簡単に信じて、安心して近づいてきたルイスに、アリスは無造作に剣を斬り上げた。



「えっ?」



 驚くルイス。


 着ていたメイド服はもとより、ルイスを体を真っ二つするように傷がはしり、そこを伝って赤い血が絨毯を汚していた。



「な、何するのよ」



 痛みと血という現実を与えられて、ルイスは力が抜けたようにへたり込む。一気に死を隣りに感じて、ルイスは震えた声で、怯えた目でアリスを見た。



「なにって、馬鹿な妹に復讐よ。まぁ貴方はそれだけで許してあげるわ」



「……ほ、ホントでしょうね? こんな傷なんて、魔法で簡単に消えるんだから、消したら…………殺すとか言わないでしょうね?」



「言わないわよ。だって貴方、スタンホォードを継ぐんでしょ。なら、それこそが最大の罰になるんだもの。だから、それで十分よ」


「ど、どう言う事よ」


 分からなくて間抜けヅラを晒す妹に、アリスはため息を吐く。


「本当に頭がスポンジな妹ね。自分が治めていた領地を、こんな地獄のような場所に変えた無能な領主。これから先、スタンホォード家と言えば、世間ではそう囁かれるでしょね。社交界でも一緒よ。誰も彼もが、コソコソと指を指して笑い合うでしょね」



「でも、それは伯爵の策略だって、お父さまが言ってたわ」



「だから、眼の前の現実を見なさいよ。男爵なんて爵位になんの力もないのよ。上の爵位の人に逆らえない。伯爵が違うと言えば、誰もがそれを信じるでしょね。たとえ、それが嘘だとわかっていても、みんな信じたフリをするわ。だって、二の舞いにはなりたくないものね」



「……そ、そんなの私の美貌でなんとでもしてみせますわ」



 強がる妹に、アリスはクスクス笑う。



「まぁ、好きにしなさい」



 アリスはくるりと踵を返した。



「どこに行くのよ!?」



 アリスは振り返らずに、肩越しでルイスを見る。



「どこって、貴方の望み通りお父さまに復讐しに行くのよ」



「結界はどうするの? 私にあてなんかないわよ!」


 

「あぁ、そうね。私も魔法の知識なんてそんなにないの。この復讐が終わったら、少しは勉強しようと思ってるの」



「そんな事聞いてない!」



「ホントに面倒くさい。少しはそのスポンジ頭で考えろよ。燃やせば? 屋敷という形が壊れれば結界も崩壊するんじゃない。確証はないけど」



 それだけ言うとアリスはまた歩き出したが、ふと思い出したように振り返った。



「そういえば、なんでメイド服なんて着てたの?」



 その質問に、ルイスはわかりやすい程に顔を歪める。



「うるさいな。こんな服しか見つからなかったの。流石に裸で外に出ていこうとする程のハレンチじゃないわ」



 そりゃ、命がかかってるかもしれないのに、呑気な考えだな。流石はスポンジ頭か。


 アリスはそう納得して、今度こそ妹に背を向けた。



「覚えないなさい。私が手に入れるスキルはきっと凄いモノのはずだから、今度は私がお姉さまに復讐してあげるから!」



「そう、楽しみにまってるわ」



 アリスは手だけをあげて答えて、玄関ホールを後にした。

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