第14話 味気ないデザート


 頭がクラクラする。


 視界は歪み、立っているのも億劫で仕方なかった。


 思わずアリスは地面にしゃがみ込んでしまう。



「……あぁー、これはスキルを使いすぎた弊害かな」



 目を瞑り、真っ暗な世界でなお、自分がぐるぐると回っている気がしてくる。


 もの凄い睡魔も襲ってくる。


 このまま仰向けに倒れて眠りたい衝動にかられるが、流石にそれは出来ずフラフラと立ち上がって歩き出す。



「にしても、…………お腹減った」



 グルルルっと、盛大にアリスお腹の虫が鳴った。


 働かない頭でなにか食べ物でもと……それに血まみれの服をどうかしたかった。

 アリスは半壊している近くの家に入った。


 中は荒らされ放題であるのは死体くらいな物で、食べ物なんて一つも残っていなかった。


 タンスを開ければ、着れそうな服を見つけたので適当に取り出して着替えた。


 食べ物は荷馬車に積んであるから、北門が壊滅している事がバレてなければ取りに行けば良いか、とりあえず北門に頼りない足取りで歩き出した。


 ふと、アリスは足を止めた。


 ブレる視界の中で、誰かが地面に蹲っているのが見えたのだ。



「……なんだ、生きてたのか」



 呟いてアリスはそっち向かう。


 近づけば、その人物が泣いている事に気づいた。


 アリスの足音に、振り返った顔は涙でひどいモノになっていた。



「アリスさん? 無事だったんですね。服装が違うから誰だか一瞬わかりませんでしたよ」



 一瞬怪訝な顔をしたが、それがアリスだと理解すると少しだけ安堵したような、嬉しそうな顔をする。



「ハンプトンさんも、斬られた腕は大丈夫ですか?」



「えぇ、アリスさんが応急処置をしてくれたんですよね」


 血で染まる布切れで巻かれた腕を、ハンプトンは軽く撫でる。


 当然、痛みはあるのだろう。

 顔をしかめるが、ハンプトンは何事もなかったように話を続ける。



「私、痛みで気を失ってしまっていたらしくて、気がついたら兵士さんたちがみんな死んでるし、アリスさんの姿はどこにもないしで、何がなんだかだったんですけど、とりあえず街に入れそうだったので……」


 ハンプトンは言葉を切り、視線でアリスはどうしていたのかを聞いてくる。



「……私、ハンプトンさんに謝らないとですね。

 あれから、なんて説明すれば良いのか……私も襲われそうになったんですよ。それでハンプトンさんの事も心配だったんですけど、我が身可愛さに逃げちゃいました。ごめんなさい

 この格好はその時に汚れて、それに一応は変装のつもりだったんですけど、意味なかったみたいですね」



 まったくのデタラメだからこそ、アリスは心底申し訳無さそうな表情を作って頭を下げる。



「そうだったんですか。あんな状況だったんです、気にしないでください。 きっと私が同じ立場でもアリスさんを置いて逃げていましたよ」



 先程までの復讐劇とは違って、その緩急の落差にアリスは毒気を抜かれるように肩を落とす。


(はぁー、この人。こんな性格でよく商人なんてやってられてるよ)


 そう呆れるが当然顔には出さず、安堵したように柔らかく笑ってみせる。



「そう言ってもらえるとありがたいです。

 ところで、ハンプトンさんはここでなにを? 

 なんだか、泣いているようでしたけど?」



 ハンプトンは顔を伏せその場にしゃがむと、足下に転がっていた死体の頭を優しく撫でた。



「ここに娘が居るんですよ。 

 見てください。子供を抱いているでしょう。きっとこの子を助けるために行動していて、でも……なにも…………」



 ハンプトンの言葉は途切れ、そこからは嗚咽だけがアリスの耳に届く。


 アリスはふらつく足でハンプトンの隣に座る。


 確かに一人の少女が眠るように倒れている。

 外傷はどこにも見えず、本当に眠っているように死んでいる。

 そしてその腕の中にはとても大事そうに、小さい子供が抱かれていた。


(こんな状況で、ずいぶん綺麗な死体。

 これもスキルの影響かな? まぁ、私が望んだ親子の対面だもんね)



「ハンプトンさんの娘さんは、本当に凄い人ですね。こんな状況で、他人の為に動けるのはよっぽど人間できてないなければ取れない行動ですよ」



「……あ、ありがとうございます。本当に、心の優しい娘でした。わたしには……もった、い……ない…………」



(どうしよ、あまりにも基本に忠実な展開すぎて、全然面白くない)


 それに、っと、アリスは泣き続けるハンプトンをチラリと盗み見る。


(はぁー、なんだろう、あまりにもなお人好しすぎる所為か、はたまた変に知ってしまった所為なのか…………、百歩譲らなくても私のスキルが原因だ。でも別に悪いとは一切思わないが、気も乗らない。

 なるほど)

 アリスは苦笑する。

(これは自分のスキルに良いように使われている私に対してのざまぁないかって事か)


 一人頷き、アリスは立ち上がった。


 いつまでも、ここで長居してる暇はない。

 他の門の兵士も遅かれ早かれ、北門の門の異変には気づくだろう。

 それになにより、この街の領主の屋敷が燃えているのだ。それを流石に無視はしないだろう。



「さぁ、ハンプトンさん、いつま――」

「――お前たち! そこでなにをしている!」



 どうやら一歩遅かったらしい。


 アリスは露骨に舌打ちしてから、声の方を振り返った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る