世、妖(あやかし)おらず ー虚偽声(うろうそのこえ)ー

銀満ノ錦平

虚偽声(うろうそのこえ)


 ねぇ、あそこのくらいところからこえがする


 そう私の娘が問いかけてくる。


 愛おしい愛おしいわが娘。


 そんな愛おしい娘だが時折、不可解な発言をしてきたり非現実的な現象をあたかも先程起きたかのように必死に私に強く訴えかけてくる。


 恐らく私の気を引きたいのか、それともただいたずらに私を掻き回したいだけなのか…。


 さっき私に告げたこの発言も今、私が食事の準備をしていて取り合ってくれないから嘘を付いてこちらに気を向かせたかったんだと思う。


 私は「そんな事があるわけない、こっちで忙しいから適当に遊んどいて。」と適当に娘に投げかけた。


 この歳はまだ10にも及ばないので気を引きたいという気持ちがある訳なので、仕方ない節もある。


 いくら小学生とはいえ、親に甘えたい年頃な訳でそれを知ってはいるのものの、私も忙しく構ってやれる時間が中々起きない。


 偶に学校生活に付いて聞くこともあるが何処か初々しく答えたり、そうかと思えばいきなり友達と沢山遊んだと自信満々に笑顔で答えたりとそれを見ていると愛おしい筈の娘が何を考えているのか、何を思って発言しているのか…。


 更に奥に突っ込むならば、娘の発言自体が本当か嘘かも分からず答えが返ってきてもついそっぽ向いた様な反応になってしまいそこで会話が終わってしまうなんてことがもう日常として習慣づいてしまっていた。


 正直、今の娘の感情を読み取ることなんかする暇が無く、帰宅したら食事の準備から始まり、食事を終わらせたら娘に宿題を強いり、私はそのままお風呂の準備に入る。

  

 その間は夜に仕事の続きを行う為の準備を始め、風呂を止めたらそのまま入るが、その間も仕事の内容を復習しているのでここまででも娘の事を考える余裕が一切ない。


 風呂から出て、娘に入るように促した後、漸く私の休息時間が与えられる。


 しかし娘も20分経たずに風呂から出るので、その後少し娘と勉強が出来てるかの確認をし、そのまま私はデスクワークに勤め始める。


 別に仕事場でしてもいいとは思うものの、そんなまちまちやっていると昇格、出世、周囲の人望…諸々が後手後手に回ってしまい、結局出世が遅れてしまって結果娘を養う事どころか、現状の生活さえままならなくなる将来をどうしても見据えてしまい、部屋の向こうで寝ているであろう娘の生活が今後も維持できるのかという心配が脳内に入り浸っていく。


 それを打破する為には兎に角働く。


 将来の為に働く。


 働いて働いて働いて働いて働いて…


 だから娘にどうしても携わる事が出来ない。


 ただ、ちゃんと勉学に励みやすいように塾に置いたり勉強をしてる姿を眺めたりしているが、私としてはこれがこの家庭でのコミュニケーションだと思っているし、それを娘も認識しているんだと信んでしている。


 これが私と娘の家族としての絆なのだ。


 でなければ私の精神が耐えられない。


 娘の将来の為…私達の今後の生活の為…キャリアを上げるため…何もかも将来に向けて後が楽になる為…。


 上手くいく…必ず上手くいく…。


 そう頭に叩き込みながら、私は今日も夜遅くまで部屋で仕事に取り込む。


 脳をPCの画面に集中させ、様々なデータを入力していく。


 カチャカチャ…と部屋に虚しく響くキーボード音が耳の中を機械的に反響する。


 きっと今の私の顔は虚ろで目が死んでいて、正に生きているだけの機械と化してるんだろうが、それでもやらなければならない使命感に駆られ、今だけだ…今だけだ…と心を納得させ、ひたすら作業していく。


 データを入力…まとめて次の作業へ…


 データを入力…まとめて次の作業へ…


 …何をしているんだ私は。


 本当はこんな事しないで娘と一緒に布団に入り、心も身体も娘も暖めなければいけないはずだ。


 それなのにこんな人の暖かみも知らない…知ろうとともしないこの冷たい意志のない機械と皮肉にも繋がって、私自身も冷たい人間になっている。


 だけど仕方ない。


 これが私なんだから。


 愛する娘の将来の為。


 私自身の今後の為。


 全ては今後の人生を明るくする為の礎なのだから…。


 寒くもない季節なのに肌が冷たく感じる。


 只々、気持ちが寒い。


 部屋は寒くない筈なのに…心が震えている。


 目頭を強く押して、眠気に耐える仕草をするがそんな事しても眠気は引くわけないし、覚めもしない。


 何が入ってるかも分からない、どういう構造かも分からないこの異様な機械箱にどれだけこの世界の情報が詰まっているのか…それに個人の情報を当たり前の様に信用し、この箱に入れていくのが正直怖い所もあるが、それをこの世の常識と認識されているし謂わば身体の一部としての見えないコードで繋がっている感覚に段々と陥るのがもう日常化していて、最早娘の顔よりもこの機械箱の画面が記憶に段々と刻まれていく。


 そういえば…娘の顔の特徴は何だったっけ?


 確か顔に付いてたホクロの位置は目の下だっけ…?それとも左のほっぺただっけ?


 娘の顔を浮かべようと脳内に働きかけているのに出てくるのはデータ、データ、データ。


デジタルの文字や線が脳のシナプスに感化し、家族の明るかった思い出さえもファイルの奥底に追いやり、デジタルな情報…パソコンの画面に映る私じゃない私の顔…怖い…怖いけどその恐怖さえもデジタル、機械、近未来という現実的体感による一定的な精神感覚に私の本当の感情さえ、デジタル化して整理されていくのではないか…そんな誰にも話せない黒い感情もきっと機械的に整理され、無限に秘めた感情の波さえ淘汰され、本当の機械になってしまうのではないか…そんな残り少ない本当の私の感情を何とか維持しながら向き合うしかない。


 そんな人として人ならざる人のごうや憂鬱、傲慢、嫉妬、冷血…この感情がなければ人は人として生きていけない。


 どんなにポジティブな性格で明るく正義感に強く健気で気前良く、そして人望も良い人間であろうとも自身の感情の片隅には必ずこの人を避け、人を貶し、人を何処か見下している自分というものが存在している筈なのだ。


 多分この善悪とも取れるがそうとも言えない歪みこそが人間の本質であり、それをどうバランスを取らせ自身の性格に反映され、漸く自分がどういう人間なのか認識し、今後の立ち振舞を熟しさせていく…これが私は本当の人間の資質だと考えていた。


 PCは感情もない、意地もない…ただ私に答えを求め、それに返してくれるだけ。


 だけどそんな無感情の機械と私は娘より向き合っている。


 本当に向き合わなければならないのは娘の筈なのに…。


 私はその時、何故か娘と向き合わなければならないという気持ちが昂り始め、娘と面と向かって話さなければいけない使命感がふと沸き上がり、娘がいる部屋に駆け寄り、ドアをノックすることも無く私は娘に抱き着いて安堵の言葉を投げかけ、娘の気持ちを安静させたいという心情で私は娘の部屋を扉を開けた。


 そんな気持ちは一瞬で吹っ飛んだ。


 娘は上半身だけを起こして、顔を前にある壁に向けて何か呟いていた。


 それだけなら寝ぼけているのかとか、もしかしたら寂しくて独り言を呟いていたとか思いついたかもしれない。


 違った。


 娘が見つめている壁に黒い人の姿をした影が立っていた。


 その影に向かってただ呟いている。


 あのひとはわたしのことばをしんじない


 あのひとはわたしをただのにんぎょうだとおもっている


 あのひとはわたしをいつわっているって


 ねぇ…わたしもそっちにつれてって


 おかあさん


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 




 


 


 


 


 

 

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