第21話
4月?日
あの時から、9カ月ほどの時間が経った。
あの後、すぐに救急車が駆け付けた。
犯人はあのまま捕まり、近くに住む三十代の無職の男ということが分かった。反抗の動機は世の中の理不尽さに耐えかねて、だれでも良かったから人を殺したかったという残酷な理由だった。取り調べの結果、一週間前の放火についてもこの男の仕業だったことが分かった。
この事件はこの後、全国的に報道されるほどのニュースになった。もちろん当事者のひとりであった私も一週間ほどは警察や学校で事情聴取をされた。
どうしてあの場所に、彼と一緒にいたのか。本当の理由を話すことできなかった。仮に話したとしてもあの現象を信じてくれる人は誰もいないのだ。
結局私は優秀な生徒から一転、不良生徒として、さらに一週間家で頭を冷やすように言われ、謹慎処分となった。私のことを何と言われようとかまわなかったが、あの場で英雄と言えるだろう活躍をしたをした彼を言う大人たちに私は常に辟易としていた。
とはいっても、その後の私の学校生活が大きく変化することなく、無事高校を卒業した。ただ、『あの時』から、変わったこともある。
私はこの春から大学生になった。今は、千葉県内に国立大学の医学部生だ。オリエンテーションも、そこそこに授業が最近始まった。ただ、一年生のうちはほぼ教養科目だけどという。
そして、もう一つ『あの時』から変わったことがある。私はあの『夢』をあの日以来見なくなった。つまり、私はその時以来、ただの女子高生であり、今は女子大学生というわけだ。
晴れて、普通の女子大学生の私なのだが、私にとってあの事件は、あの現象は完全に終わってはいなかった。
まだ、彼は言葉を交わしていないからだ。
あの時、幸いにも彼が刺された腹部の傷は致命傷には至らないものであり、迅速な処置の結果、彼は一面を取り留めた。
ただ、彼は意識を取り戻していない。担当の先生によれば、いつ意識を取り戻してもおかしくはないが、逆に言えばこのままずっと眠ったままである可能性も否めないという。
彼は今も、あの時に運ばれた浜松市の病院で眠っている。本来は移動しても良かったというのだが、何かが起こった時のリスクを考えて、当面はそこにいるのだという。
『夢』を見るというあの超常現象を終わらせることは、当時の私たちにとっては大きな目標の一つであり、あの旅の目的の一つでもあった。
しかし、当時の私たちの思いとは対照的に、私はこのことがひどく怖くてたまらなかった。なぜなら、『夢』をみることが私と彼を引き合わせ、そして唯一、彼と私をつなぐものであったから。
もしかしたら、今も眠っている彼には、あの『夢』が見えているかもしれない。私はこの異常ともいえる私の妄想のせいで今も恐怖を感じる。
逆に言えば、この恐怖が私と彼を繋ぎとめてくれているとも考えられた。もしかしたら、私がこの恐怖を忘れたときが、私と彼を分断してしまうのではないかとも思えた。
絶対に彼を忘れることはない。ただ、見えない恐怖がそれを私に保証させなかった。
結局、この『夢』について、本質的な意味で原因を突き止めることはできなかった。けれども、ある種の仮説のようなものを私の中で見つけることができた。
そのきっかけをくれたのはあの後、彼のお母さんが渡してくれた彼の手紙だった。
あれはあの事件が起きてから1カ月が経たないくらいの8月の最中だった。私は取り調べと謹慎期間を終えて、彼のいる浜松に向かった。あの時とは違って、私は一人で東京駅へ行き、新幹線に乗り、彼のいる浜松市内の病院へ向かった。
何回も一人で来ているはずの浜松なのに、彼がいない列車に乗ることは当時、違和感があった。それはそうだ。あの一週間ほどの旅の中で私たちは何回一緒に、新幹線や特急列車に乗ったのだろうか。
私は緊張した面持ちを隠せぬまま、彼のいる病室の戸をトントントンとノックし、ゆっくりと戸を引いた。
扉の先には、一人の女性が佇んており、さらにその先のベットには人工呼吸器といくつものチューブに繋がれた彼が横たわっていた。
私は思わず視線を逸らしてしまった。だが、こういう状況を招いた私にはこの現実から背く権利はなかった。
私は彼の前に立つ女性前へゆっくりと移動する。おそらく彼女は彼のお母さんなのだろう。私はが軽くお辞儀をすると彼女の方から私に話しかけてきてくれた。
「もしかしてあなたが佐倉さん?」
「はい」
私は不安だった。今彼がこうなってしまった要因は私に大きくある。だから、きっと彼のお母さんは私のことをよく思っていないだろう。わたしは手を挙げられても、どんな罵倒を食らっても何も文句も言えない。
「そう、それは良かった。私は成田の母です」
意外にもことに彼のお母さんは全く起こる様子もなく、軽く微笑んで私に挨拶をした。
「この度の申し訳ありませんでした」
私は深く深く、謝罪をした。
すると、彼のお母さんは優しくを私の肩を抱えて、私を起き上がらせた。
「あなたが謝る必要はないわ」
彼女はそう優しく私に告げた。
「でも・・・」
「むしろ、ごめんなさいね。あなたを危険目に巻き込んでしまって。この子、時たま突拍子もないことしちゃうから」
彼女はそう言って、私を励ますように微笑んで見せた。私のせいで彼はこうなってしまっているに・・・。私は、彼と彼のお母さんに申し訳なくなって、涙を流してしまいそうになったが、何とか抑えた。本当に泣きたいのは彼女のお母さんの方なのだから。
「あっ、そうそう」
彼のおかあさんは何かを思い出したようにベットの上に備え付けられた書類棚の中から私に一つの白い封筒を渡した。
「これこのがあなたにって」
私は彼のお母さんからその封筒を受け取り、尋ねた。
「これは?」
「この事件の後、あの子の部屋を掃除していたら、机の上にぽつりと置いてあってね。あなたの名前が書いてあったから、渡さなきゃとおもっていたんだけど・・・。渡すの遅くなってしまってごめんなさいね」
「いえいえ、そんな・・・」
「じゃあ、私は一旦、部屋を出るわね。あと、それと。あなたは気に止む必要はないわ。今は、あの子に話しかけてあげて」
彼女は私にそう話すと、扉の外へ出ていってしまった。私は彼のお母さんの優しさに申し訳なくなってしまった。きっと、彼の優しさはこの人から受け継いだんだと思った。
私は彼のベットに備え付けられた丸椅子に座り、彼女のお母さんから受け取った封筒の中身を空けた。
中を開けると、一枚の紙があり、私はそれを広げて、そこに書かれている内容を目で追った。
『
佐倉さんへ
佐倉さんが、この手紙を読んでいるということは、きっと僕は死んでしまったみたいだね。でも、それを気に止む必要なない。たった一週間ほどの関係だったけれども頭の片隅にでもこんなやつがいたと入れておいてくれた僕はそれで満足だよ。
はじめに、佐倉さんに謝らなくてはいけない。さっき、とはいってもこの手紙を読んでいる佐倉さんにとっては随分前のことになっているかもしれないけど、千葉みなとで君と話した時、ぼくは君に伝えなかったことがある。
僕は今日、といっても分かりずらいか7月7日の朝に見た『夢』はおそらく君の見た夢とは違っていると思う。
ぼくが見た夢は、僕自身が通り魔に刺される夢なんだ。
このことを君に伝えられずにごめん。でも、起こらないで欲しい。だって、このことを伝えたら君はきっと、僕を浜松に連れ行かないでしょ。
あと、もう一つ伝えておきたいことがある。これはあくまでも僕の推測なんだけど、多分、僕と君の見ている『夢』は本質的には違うものなんだと思う。
僕と君のみている『夢』には一つ違いがあった。それは君の見ている『夢』には僕がいなかった。このことと君がいう神様の説を勘案すると、僕の『夢』は僕らの予想通り『正夢』で、君の夢はそうではないんだと思う。
思い出したことがあるんだ。僕は昨年の冬、弁天島の近くにある辨天神社にいった。その当時は、怪我をして、サッカーを辞めてどん底だったんだ。僕は子どものころからの『夢』を失ったんだ。
だから、お願いをした。『僕に夢を見せてください』って。苦い思い出だったから、きっと思い出したくなかったんだと思う。
でも、このことを思い出させてくれたの君なんだ。最初あったときは勉強ができるだけのただの真面目ちゃんだと思った。けれども君は全然そうじゃなかった。頭が良くて、容量も良いいいのに、ただ、ひたむきに人を助けたいという願いだけで、行動する。
まっすくで、優しくて、そして普通の女の子だった。
僕はきっと、そんな君を見て羨ましいと思ったんだと思う。そして、同時に自分が恥ずかしくなった。理由ばかりつけて、夢から逃げて、目の前の現実から逃げている自分が。
だから、もし僕のこの行動が誰かの助けになって、君のように少しでもなれたのなら、僕はそれで満足だ。
だから、君はこのことは忘れて、君の『夢』であるお医者さんになって、これからも色んな人を助けてほしい。これが僕の願いであり、夢。
後、最後にこれだけは君に伝えたい。
僕は君が好きだ。
』
彼の手紙を読んで、私は悲しみよりも怒りが湧いてきた。
勝手に一人で抱え込んで、一人でやり切って・・・。私に相談して欲しかった。悔しかった。彼が悩みや苦悩を抱えてかげるほど大きくない自分が。
彼の手紙から気が付いたことがあった。それは、私が見ていた『夢』は、きっと夢ではなくて、未来の私そのものだったんだと。私は前に、辨天神社で願ったことがある。『早く、大人になりたい』と。多分、神様が私に見せてくれたんだと思う。大人の、正解言えば少し先の未来の私を。
でも、現実では少し違う未来になった。それは成田くんと私が意図せずに出会ったことが原因なんだと思う。それで、本当だったら助けられなかったはずの人たちを、君が助けて、わたしに助けさせてくれた。
だから、私に『夢』を諦めさせないでくれたのは君なんだよ。君が私を助けてくれたんだよ。
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