第22話

 春になっても彼が起きることはなかった。

私は、できるだけ多くの時間、彼に会いにいくために浜松へいった。それは、彼のためではなく、多分私自身のためだった。できるだけ、彼と私をつなぐ何を途切らせないために。


 4月の中旬の日曜日。私は、例のごとく彼のいる浜松市内の病院へ向かったていた。4月も中旬ともなろうと、既に桜は散り始めてきている。

 私は足元に落ちた桜を見て、ふと彼のことを思い出した。そういえば、もう去年の夏の頃からだいぶ時間が経っていた。あわただしかった受験シーズンから入学式シーズンのせいで、そういう時間の感覚をどこか忘れてしまいそうになっていた。

 あの夏の一週間の中でいろいろなところにいったな・・・。金沢でお昼を食べたとき、二人で桜を見に行こうっていってたのに・・・。

「もう、散っちゃいそうだよ」

 私は桜を目一杯見上げるように、顎を高く上げた。


 病室に着くと、彼のお母さんが彼のベットの前の丸椅子に座っていた。成田くんのお母さんは私が病室に入ったに気づいて、振り向いた。

「あら、いらっしゃい。悪いわね、忙しい時期なのに」

「いえ、私が来たいだけなのね」

 私はそう言って軽く会釈をした。

「ゆっくりしていってね」

 成田くんのお母さんは気を利かせてなのか、しばらくしてから病室を出ていった。

 私は彼の前の丸椅子に座って、だた彼をただじっとみた。よく顔が見えるように、自分の顔を少し彼の顔に近づけた。すると、突然、がたがたと音がした。音の先は病室の窓ガラスだった。その窓ガラス越しに見える桜の木から、たくさんの桜が今の風で飛ばされてしまったようだ。

 私はその様子を見て、何故か涙を流してしまった。私はこの涙を止めようと目元に手をあてたが、私の意思に反して、涙は頬を伝い、彼の顔にこぼれてしまった。

 私は止まらない涙をぬぐい、表情を崩した。

「一緒に桜をみようっていったのに(旅の途中で伏線?をはっておく)。このまま、あなたが起きないと成田くん、あなたが私にいってくれた言葉がうそになっちゃうよ。だから、お願い。お願い、起きてよ」


彼女の涙が成田の頬を伝った時、成田は深い、深い夢を見ていた。



ここは、サッカースタジアム。多くの観衆の声が聞こえる。「成田シュート」とという声が聞こえた。同時に僕の足元にボールが届いた。パスの主は秀だった。僕はボールを受けると、咄嗟にゴールの端へシュートを放った。弧を描いたボールはきれいに相手ゴール上の右隅に決まった。ゴールが決まると、チームメイトたちが僕をつぶしてしまうくらいの勢いで喜びの声を上げて集まってくる。そして長い笛が三回吹かれると、仲間たちがさらに声をあげ喜ぶ。

「よっしゃー、県大会優勝だ。これで全国だ。」

そう言って、秀は成田の肩に手をかけた。

「やったな!」

僕も秀に対して喜びの声を返した。と同時に何かを忘れているような気がした。

僕は別の何かを別の誰かに伝えたかったはずだ・・・。誰だ。誰だ・・・。あたりを見渡しても思い当たる人物は見当たらない。勘違いか。僕は額について汗をぬぐう。

すると後ろから秀が僕に声をかけた。

「おい、成田整列だ。ヒーローがこっちにこないでどうするんだよ」

「今、いく。」

僕はそう言って、秀たちがいるほうに行こうとすると、小さくも儚い声がどこからとなく声がする。確かに聞こえる声の主を探そうと、辺りを見わたしても、観客の多さにみつけられない。

「声がする。誰だ。誰なんだ。」

さらにボルテージの上がる観衆、そして後ろから聞こえるチームメイトたちの声。

でも、聞こえるんだ。確かに声が聞こえるんだ。そのとき、まっすぐ目線の先に、ずっと奥だけど、女の子の姿が見えた。顔ははっきりに見えないけれど、確かにその女の子から声が聞こえた気がする。すると、次に瞬間、スタジアムに日が差した。眩しくて目を閉じた。そして、しばらくしてゆっくりと目を上げると、ぼんやりとした彼女の顔の輪郭が見えてきた。

成田の目に映った彼女の顔は泣いていた。喜びとも悲しみとも言えない、その中間みたいな表情だった。

「佐倉さん・・・」

僕は気が付くと目から涙を流していた。同じだった。喜びでも悲しみでない。今まで感じたことない感情だった。成田が彼女に気づいたことに彼女は気づくと、彼女はゆっくりと横を指さした。そこにはさきほどまでにはなかったゲートがあった。先は暗くて何もみない。それくらい真っ暗闇だ。ぼくらそこに行くのにとまどった。何が正しい選択であるのか知っているはずなのに足は動かない。足を動かすことのできない僕に、後ろから僕の名前を呼ぶ声がした。秀だった。

「成田」

秀は僕の名前を呼んだあと、一転して静かに言った。

「・・・行って来い。」

僕は秀の声を聞いた後、振り返り彼女の方をみた。そして、一呼吸おいて彼女に言った。

「僕を助けてくれてありがとう。そして、さよなら。」

僕は彼女に向かって小さくそう言うと、消ええていないはずの彼女は、その言葉を聞いてさらに涙を流していたが、その表情は笑っていた。

僕は走った。ただ、まっすぐ暗闇に向かって。暗闇に差し掛かってもただ走った。


目が覚め、瞳を開けると僕の頬には涙が流れていた。涙と光でぼんやりとしていた僕の瞳には彼女が映っていた。彼女は驚いた表情を見せてが、途端に顔をくしゃりとさせ僕の胸で嗚咽をあげるように涙をながしていた。

「よかった。よかった」

そういって泣きわめく彼女につられて僕も涙をながしてしまう。

しばらくして、起き上がった佐倉さんに僕は声をかけた。

「ごめんね。心配かけたね」

「本当だよ。ずっと、このまま起きないのかもってずっと不安で・・・。」

「本当にごめん。でもありがとう。夢の中で君に助けられた。君の声がしたんだ。」

「うん。ずっと声をかけてた。」

「本当にありがとう。」

「・・・でも、ありがとうを言うのは私。あのとき、また私は助けられた。・・・ありがとう。」

 そういって佐倉さんは、唇を僕の唇に重ねた。ファーストキスは涙の混ざった少ししょっぱい味がした。



 夏になった。あの旅をした時と同じ季節だ。でもなぜか、暑いけれども空の青さのような涼やかな爽やかさを感じた。

 ぼくは、目を覚ましてから最初の一か月、自由に外をでるどころが、思ったように体を動かすこともままならなった。それでも、リハビリを終えると、不自由ないくらいには動けるようになった。

 そう言うわけもあって、目を覚ましてから1カ月半ほどはこの浜松の病院で暮らしていた。だから、僕はその間、リハビリと病院の先生とたまに尋ねてくる母と秀、そして彼女の会話との会話くらいしかやることがなかった。

 今の僕の社会的な立場は一応、高校生ということになっているらしい。だから、十九歳になった僕だが、夏休み明けからは制服を着て、一学年下の子たちと同級生として授業を受けることになるらしい。なんだか、すごいお互いに気まずいような気がするのだが。

 それはさておき、「高校生」の僕は、国立大学医学部生の彼女とはだいぶ身分が違っている。

僕は今、過ごすことのできなかった高校三年生の夏休みを満喫中というわけだ。

といっても特別何かをしているわけではない。時たま大学受験に向けた勉強をするくらいだ。

ただ、きょうはそんな日常の合間を縫って、彼女と浜松市の弁天島に来ている。彼女曰く、お礼参りだという。

 僕たちは苦くも懐かしい景色を堪能した後、辨天神社の鳥居を潜った。

 僕は手を合わせて、お辞儀をした。

「何をお願いしたの?」

「別に大したことじゃないよ」

「教えてよ~」

「ん~、夢を見せてくれてありがとうございましたって。」

「ふーん」

 彼女はどこか不満そうだ。

「まぁ、後は、僕たちはもう大丈夫ですって」

「どういうこと?」

 彼女は不思議そうに僕に尋ねた。

「僕たちは自分で夢を追う事ができるってこと」

「僕たち」

 彼女のニヤリと頬を上げて僕にそう言った。

「だって、そうでしょ」

 彼女は僕の言葉を聞いて軽く微笑んで後、僕の手を取った。

「よし、行こう」

「行くって?」

「どこかへ」

 僕は彼女の言葉に頷いて、彼女と鳥居をくぐった。

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特急列車、秀才少女と夢の中 佐藤太郎 @taro_sato

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