第19話
僕は家に戻った。ゆっくり扉を開け、誰もいないことを確認すると、急いで自室へと急いだ。はじめに、もはや物置と化している収納スペースから小学生の時に使っていた野球のバットをケースとともに机に立てかけた。今となってはだいぶ短く感じる。
そして、机からできるだけ綺麗な紙を探して、それを机においてから、ペンを探した。
一通り、支度を済ませて、僕は懐かしさというか、しみじみするような気分を感じていた。これを何と表現するのか僕にはわからないけれども、僕はゆっくりと靴に履き替え、扉に手を伸ばした。
「いってきます」
僕は誰もいない家で、嚙み締めるようにそういった。
ぼくは千葉みなと駅に、当初より2・3分遅れて到着した。
「ごめん。待った?」
「今度は本当に待った」
彼女は不満そうに僕を見つめた。
「そこは、嘘でも『待ってない』って、言って欲しかったんだけど」
「あんなに時間あったのに、いったい何したの」
「仕方ないじゃん。いい演技でできるように少し練習してたんだから」
「演技?あー、電話ね。上手くいったの?」
「それはもう・・・こうやって」
僕がが鼻をつまんでそう答えると、彼女は冷めたような目で僕をみた。
「それ、絶対上手くいってないじゃん」
「というか、佐倉さんこそ何それ」
「何って?」
僕は彼女の横にそびえる縦長の大きなケースをじっと見た。
「あぁ、これ?成田くんが『武器を持ってきて』っていうから」
「中身は?」
ぼくは何となく検討がついていたが一応、彼女に尋ねてみた。
「ゴルフバック」
「もしかして、お高い?」
「さぁ?」
彼女は両手を広げてそう答えた後、そのゴルフバックを背負った。
「さぁ、いこう」
彼女は少し重たそうにそのバックを抱えながら、改札に入っていく。僕は少し戸惑いながら彼女についていく。
列車に乗って、彼女は座席の目の前に『ドスン』とゴルフバックを置いた。
「僕はそんなとんでも兵器を持ってきてなんて言ってないんだけど」
「えっ、わたしは持ってきて言っているかと解釈してた。まぁ、いいじゃん。あるに越したことはないんだから」
僕にはなんともわざとらしく聞こえる。
「まぁ、そうなんだけど、当方は破損の際の損害は負いかねますとうか・・・」
「ははは、そんなこと気にしなくていいよ」
彼女は何事もないように笑っていたが、僕は自分の頬を引きつった。
「僕にとっては全く笑いごとじゃないんだけど・・・」
列車が発車してしばらくして、景色が開けてきた。ショッピングモールや工場ばかりの計s気から一転、青一面の東京湾が広がった。なんだか、泣いてしまいそうなくらいきれいな景色だ。普段はこんなこと思わないのになんでだろう。そういえば最近は、この景色を見てなかったな。そうだ、彼女と東京駅に行くときはいつも特急列車を使っていたからだ。先週の事のはずなのに、なんだか懐かしいな。彼女とまともに話したのは特急列車の時がはじめてだったけ。しっかり覚えていないや。
僕は、そんな今となっては意味のない、今だから感じたであろう感傷に浸っていると、すぐに東京駅に着いてしまった。時間というのは早く進んで欲しいときに遅く進み、遅く進んでほいいときに、すぐに進む。そんな人生で何度も感じたことを今になって思い出した。
新幹線ホームに向かうまでもそうだ。今まで長く感じた道もこういう時だけは、足取りが軽く感じてしまう。
「持とうか」
対して、大きいゴルフバックを背負い、足取りの重そうな彼女に僕はそう尋ねた。
「だ、大・・・丈夫」
僕は、全然大丈夫に見えない彼女の背後に回った。
「ひゃあ」
彼女は黄色い声を上げた。
「急に何?」
「いや、重そうだから持とうと思って」
ぼくがそう言うと、彼女は少し不満そうに顔を膨らませた。
「だからって、持ち上げないでよ」
「ごめん」
「なら、反省の証と持って、そっちの方は持つから」
ゴルフバックを床において、僕のパットの入ったケースを持って
「重っ」
彼女のゴルフバックを持っていると見た目以上に重くて、のけ反りそうになってしまった。彼女はその様子をみて、口元を抑えて笑みを隠す。
「なんかこんなこと前にもあったよね」
「そうだね」
僕はその時のことを思い出して思わず少し笑ってしまった。
「さぁ、行こう。遅れないでね」
身軽になった彼女が僕そう言いて前を進んだ。僕も遅れまいとゴルフバックを背負い直して彼女に付いていく。
僕たちは通学路のようにスイスイと道を進んでいく。もう何度も歩いた道だ。僕たちはあっという間に新幹線の券売機売り場についた。
「どうするせっかくだし、グリーン車でも乗っていく?」
僕の少し調子に乗ってそう彼女の提案すると、呆れた様子での僕に言った。
「道中であんまり調子に乗っていると、運がどこかに行ってしまうかもしれないでしょ」
「それは最悪だね」
僕は反省して、いつも通り、普通席のチケットを買った。
僕たちは足早にホームについて、しばらく待っていると、もう見慣れた列車が僕たちの前を通過した。僕たちはささっと乗り込んで、席を見つける。
ぼくは先に大きなゴルフバックを荷物置きの上に乗せ、続いて彼女から受け取った添えるように小さなバットの入ったケースを置いた。
ゆっくりとスピードを上げていき、新横浜を超えると、速度は二百キロを優に超えた。この高揚感だけは毎回変わらない。
新幹線に乗った僕たちは東京駅までに来るまでとは打って変わって、あまりを言葉を交わさなかった。
窓の外をじっと眺める彼女の本心は僕に分からないが、彼女が見たこの先起こり得る未来を考えれば無理もないだろう。ぼくもだいたいは彼女と気持ちだ。
緊張感・焦燥感、おそらく色んな感情が入り混じったような気分なのだろう。僕はこの気持ち悪い言葉にできない感情を受け止めず寝てしまおうかと思ったけれども、今日は、今日だけはそれを受け止めようと、彼女の横顔ごしに景色を眺めた。
例のごとく九十分余りの乗車を終えると、僕は彼女のゴルフバックを背負って電車を降りた。当たり前だが、一週間前に見た風景と全く変わらない。僕たちは案内表示を見るなく改札を抜けた。
「ねぇ、見て」
彼女が指さすほうに目をやると、笹の木にいくつもの短冊が掛けられている。そう言えば、今日は7月7日、七夕だ。
彼女は少し高揚したように笹のようの下へ向かった。僕が追い付くと、笹の下に置かれた机の上に短冊用の色鮮やかな紙の塊が大雑把に置かれていた。
彼女は短冊用の紙を2枚を手に取り、そのうちの一枚を僕に渡した。
それを受け取った僕が唖然としていると、彼女は追い打ちをかけるようにペンも渡してきた。
「せっかくだから、書いていこうよ」
「もう遅いんじゃない」
「願いを祈るにのに遅いことなんてないよ」
彼女はまっすぐな目で僕にそういった。僕にはそんな彼女が眩しかった。
とはいえ、例のごとく僕の願いを覗きみようとする彼女に対し、僕は離れた笹の上の方に短冊を飾り付けることでそれを回避した。
「お昼過ぎてるし、どこかで食べていく」
「そうだね」
僕たちは駅構内に繋がる飲食店街へ歩いた。飲食店の一覧が記載された壁に一通り目を通していく。
「何か食べたいものある?」
「ん~、せっかくだし鰻なんていいんじゃない」
「あら、珍しい。自分から選ぶなんて」
「僕は佐倉に優柔不断な男だと思われていたんだね」
「別に、そういうじゃないよ。まぁ、とりあえず行こうか」
僕たちは少し立派な引き戸式の扉を開け、店内に入った。
『じゅ~』と音を立てる厨房から香ばしい匂いが流れてくる。
「お待たせしました。ひつまぶし2人前になります。ごゆっくり・・・」
蓋をあけるとふわぁ~と鰻の匂いがより濃厚に浮かび上がってくる。
「ん~、いい匂い」
彼女は心底幸せそうな顔をしている。
『いただきます』
ぼくたちは『おすすめの食べ方』に書かれている通り、『一杯目をそのまま、2杯目を薬味で、3杯目はだし茶漬けで』いただいた。
「いや~ここにしてよかったね」
「本当にそうだね」
だし茶漬けに旨味がしみ込んで本当においしい。最高の晩餐だ。いや、晩餐にしては少し早いか・・・。
『御馳走様でした』
時計を見ると時間は午後2時を過ぎたころ。少し遅い昼食を食べた僕たちは少し早いが、弁天島に向かう事にした。
改札を抜け、東海道本線のホームへ降りた。
「弁天島へ向かう列車は今さっきでちゃったみたい。次は20分後だって。間に合うかな」
彼女は僕の座るホームのベンチの横で時刻表を見ながら僕に言った。
「多分大丈夫だと思う。『夢』の中の景色は夕方近かったとから」
「そっか、なら良かった・・・」
それから、僕たちは不思議なくらい言葉を交わさなかった。それは20分後に来た列車の中でもそうだった。そういったちぐはぐさが今日の僕たちは少ながらずあった。
列車の座席に向い合せで座り3分ほどが経ったころだろうか。彼女が口を開いた。
「ねぇ、成田くん。怖くないの?」
突然だが、何となくわかっていた問に僕は少し間を置いて答えた。
「どちらかというと、怖いね。そういう、佐倉さんは?」
「私も、どちらかというと・・・怖い」
「本当は?」
「そういうのひどい」
彼女は向かい合った、斜め前の座席から僕の横に移動した。そして、膝においたぼくの右手の甲にゆっくりと彼女の左手を重ねた。
「少しだけ、電車が到着するまでこうさせて」
重なった彼女の手は小さくて、少し冷たくて、・・・震えていた。そう言ったまま、窓の外をただひとすらに彼女は見ていた。
そんな彼女にどんな言葉をかけてあげればいいのか、どういう言葉をかけてあげるのが正解なのか僕にはわからなかった。分からないなりに僕は、今彼女に伝えたいままの気持ちをそのまま伝えた。
「きっと、大丈夫だよ」
むしろ、僕はこの言葉を伝えるためだけにここに来たのだと再認識した。そして、この一方通行の約束を守るためだけに今自分はいるのだと確信した。
彼女の震えたままの手で、ただ一言僕にいった。
「・・・ありがとう」
十分と少しの乗車を終えた僕らは一週間ぶりに弁天島駅へ降り立った。
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