第18話

7日目 7月7日(月)


 僕は目が覚めると同時に体をおこした。体中が汗ばんでいる。これは暑さのせいではない。目覚まし時計の時刻をみるとまだ6時30分過ぎ。僕は急いで彼女に連絡を取ろうとスマホを手に取った。ただ、すでに彼女からメッセージが届いていた。

『これから会えるかな』

『大丈夫。場所は?』

 僕は急いで返信を返した。すると、すぐに既読マークがつき、早速彼女から返信がきた。

『私はどこでも』

『じゃあ、一時間後、千葉みなと駅の改札前で』

『分かった』

 彼女から返信が来ると僕は支度を始めた。シャワーで汗を流し、とりあえず制服を着て、外を出た。

 清々しいほどの快晴だった。ただ、今の僕には何だか皮肉めいた何かとしか感じようがなかった。集合時間より、少し前に千葉みなと駅の改札を抜けると、既に彼女が待っていた。

「成田くん、早かったね」

「佐倉さんこそ」

「家、すぐ近くだから・・・。とりあえず行こう」

 僕は目を歩く彼女にただついていった。

 駅の構内を出ると、先程以上に眩しく光る日差しが僕を差した。咄嗟に閉じた瞼をゆっくり開くと南国のような木々が所々に立ち並び、視界の先にはわずかに海が見えた。

 左手には結婚式場だろうか、白い建物が印象的に佇んでいる。構わず先を行く彼女にさらについていくと、さきほどわずかに見えた海がだんだんと横長く水平線上にずっと先に広がっていく。厳密には言えば東京湾なので、ずっとその先にあるのは三浦半島だ。

 ただ、少し濁った水も右手に映る大きな船も僕は嫌いじゃなかった。

 僕は、彼女が腰かけたベンチの隣にそのまま座った。彼女はどこか悲しそうに俯いたまま、しばらく黙ったままだった。

 彼女はようやく口を開いた。

「金曜日はごめんね」

 彼女から発せられた意外な言葉にぼくは少し驚いた、だからこそ、僕は彼女に対して、それっぽい言葉でしか返答することができなかった。

「僕の方こそ」

「私はたぶん勘違いしてたんだと思う。私には人を助けられる力があるって、特別なんだって。悦に浸っていたんだと思う。でも、冷静になって考えてみれば、私は何一つ自分の力で成し遂げていない。理由も・いつなくなってしまうかもわからない力で少し先の世界を知り、自分で稼いでもいないお金でそこへ行き、誰に頼まれているわけでもなく人を助けたような気でいて、そして君を巻き込んだ。恥ずかしいよね。見っともないよね」

 彼女は、だんだんと声を震わせ、大粒の涙を頬に流した。彼女の言う言葉を完全に否定することができなかった。それはたぶん僕自身の弱さを否定することになるし、何より彼女はそれを望んでいないのだろう。

「正直、僕にはわからない。佐倉さんの言っていることが百パーセント正しいとも、間違っているとも。ただ、少なからず言えることはある。それは先週佐倉さんが助けた人たちは、先週の佐倉さんにしか助けられなったということだよ。だから。その過程がどんなに醜いものだったとしても、そこに必ず意味はあったと思う」

 彼女は僕の言葉を聞いてさらに大粒の涙を流した。

 彼女がしばらくして、落ち着いた後、僕も彼女に謝罪をした。

「僕の方こそ、ごめん。勝手に目の前の現実から逃げだそうして、」

「逃げ出す?」

 彼女は不思議そうな顔で僕に見つめた。

「僕は無意識に逃げていたんだと思う。自分が見た夢に、現実に。多分、ダメだった時の言い訳が欲しくて、はたまた、そんな現実を受け止めたくなくて。でも、君が、佐倉が切り開いてくれたからこそ、先週色んな人を助けられたんだと思う。佐倉さんには、きっと多くの人を助ける力がある。・・・だから、ありがとう」

 僕は佐倉さんへただ率直に感謝を伝えた。

「・・・うん」

 彼女は笑顔と涙が混在した、そんな表情で答えた。


 彼女は一通り、涙を拭き終えると、僕に本題を尋ねた。

「夢は見た?」

「うん」

「私、いくよ。今度はただ目の前の人を助けるために」

「・・・。・・・そっか。僕も同じ意見」


 この時、僕は一つの違和感と、そこから一つの確信を得た。


「どうしたの?」

 彼女はしばらく黙ったままの僕を見て、不思議そうな顔で僕を見た。

 僕は彼女に悟られぬように、平然を装い、彼女に提案をした。

「多分、今回は一筋縄ではいかないと思う。一度準備してから出直そう」

「準備?」

「そう、準備。とりあえず家にある武器になりそうなものを持ってきて」

「武器?そんなもの物騒なもの・・・あるかも」

 彼女は困惑した表情を見せたが、少しして、思い当たる節があったのだろうかニヤリと頬を上げた。こういう彼女のこの表情を見ると、何だか安心する。ただ、なんだか不安も感じる。

「・・・まぁ、いいや。じゃあ、持ち物を揃えて十一時に朝と同じく千葉みなと駅に集合で」

「十一時?まだだいぶ時間あるけど」

「あ~、そう。警察にも一応連絡しておこうと思って」

「でも、話通じるかな」

「正直、普通に話したら通じないと思う。だから、公衆電話から、犯人を装って、非通知で連絡してみる」

 彼女は僕の言葉を聞いて一方後ろへ体を引いた

「わぁ~。もう、それ、半分犯罪じゃん」

「仕方ないだろ、ことがことなんだから」

「嘘だよ、分かってる。じゃあ、十一時千葉みなと駅改札前ね」

「うん」

 ぼくは来た道へ急いだ。

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