第16話

4日目 7月4日


『ピピッ、ピピッ』と音を鳴らす目覚まし時計を消して、僕は起き上がる。全身が痛い。だが、頭はどこかすっきりしている。

 何かを忘れているような気がする。妙に違和感を感じる自室。そうだ、昨日はホテルで起きたから。何で。『夢』を見たから。

 ぼくはぼやけた頭を覚ましながら気づいた。今日は夢を見てない。

 たった一日なのにすごく久しぶりに感じる登校にも違和感を感じながら、いつも通り僕は支度をして、家を出た。

 三日連続で見ていたあの『夢』を見ていないと、逆に違和感を感じるようになってしまったようだ。とりあえず学校についたら彼女に相談をしよう。

 教室に着くと、秀が不満そうな顔で僕を睨んでいた。僕は関係ない振りをしながら、とりあえず挨拶だけはした。

「・・・おはよう」

「『おはよう』・・・じゃねーよ。昨日、一昨日と何してたんだよ」

「何って、別に秀には関係ないだろ」

 僕は本当のことを言えるはずもなく、適当に返事をすると秀はさらにイラついていたように感じた。

「人に伝言係を頼んでおいて、それで納得すると思っているのか」

「それは悪かったよ。でも、本当に、たださぼりたくてさぼっただけ」

「お前嘘ついてるだろ」

「べ、別についてないよ・・・」

「お前は理由なしにどこかふらつくようなやつじゃないだろ」

「買い被りすぎだよ」

「百歩譲って、仮にそうだとしたら、そんことやっていないでサッカー部戻って来いよ」

「また、その話。どちらにせよ、もう遅いだろ」

「それはお前の決めることじゃない。それに、お前言ってただろ、サッカー選手になるのが夢だって」

 秀のトーンが高まってきて、少なからず教室に他のクラスメイトの視線が僕たちに向いた。

「おい、ちょっと落ち着けよ」

「それは・・・こっちの台詞だよ」

 秀は立ちあがり、僕のシャツの胸元をつかんだ

 そのとき、『ピコン、ピコン』と僕のズボンのポケットから音がなった。

 秀はイラつきながらも僕から手を離した。

「女かよ」

「別にそんなんじゃない」

 ぼくがポケットからスマホを取り出し、画面を見ると佐倉さんからだった。

『話したい事がある。屋上にきて』

『わかった』

 僕は彼女に簡単に返信を返した。

「ごめん、少し席はずす」

 僕は秀にそれだけ言って、教室を出て、屋上へいった。


 僕が屋上の扉を開けると後ろ姿の彼女が見えた。

「ごめん、待った」

「別に待ってないよ。それに呼びたしたのは私の方だし」

「いや、ちょうど良かった。僕も話したいことがあったし」

「要件は分かっている」

「僕は・・・」「私は・・・」

『夢をみていない』


 僕たちは屋上の屋根下に腰を掛けた。

「どういう事なんだろう」

「いや、僕にもさっぱり・・・。」

「でも、これで終わったとも言えない」

「確かに。ただ、仮に一時的なものだったしても毎日起こるものではないということは分かった」

 彼女はうんうんと頷いた。

「そうだね。とりあえずは、私たちで集められる情報を集めるしかないね」

「そうだね。でも、どっから調べればいいものか・・・」

「正夢に関係する古典を探してみるとか?」

「そんな曖昧なこと・・・」

「じゃあ、成田くんにはあてはあるの?」

 彼女は少しムッとして、不満を表にした。

「そういわれると・・・ないけど・・・」

「でしょ。それに批判ばかりで、自分の意見を言わない人は出世できないって朝のニュースで言ってたよ」

「いいよ別に。出世なんてするつもりないし・・・」

「冗談だよ。とりあえず、できることから始めていこう」

 僕が少しいじけたように見せると、彼女は笑ってそういった。

「でも、なんか不思議。ここ最近は『夢』を見ることが当たり前だったから、なんか味気ないというか」

「でも、いいことなんじゃないかな。悪いことが起こらない」

「そうだけど・・・、もしかしたら、今この瞬間でも危ない目に合っている人がいるかもしれないし」

「言いたいことは分かるけど、僕たちは全ての人を助けられるわけではない。本来、僕たちはこんなことするべきでないんだよ」

「・・・どういうこと」

「だから、高校生二人が対処するにはあまりにも手に余ることなんだよ」

「じゃあ、私たちたちが助けた人たちは、助けなかった方が良いって言っているの?」

「別にそういうことを言っているんじゃないよ」

「でも、そういう風にしか聞こえなかった。私はこのままこの生活が続いても良いって思っている。きっと、これは私にしか、私たちにしかできないことだから。でも、成田くんは違うっていうの?」

「だから、そうじゃない。じゃあ、佐倉さんはずっと、このままでもいいの」

「いいよ。私にしか助けられない人を助けられるなら、それで」

「このままこの生活が続いて、医者になれなくても?」

「・・・いいよ」

「もしかしたら、佐倉さんが医者になることでしか救えない人がいたとしても」

「そんな人いないよ。お医者さんは世の中に何人もいるけど、この『夢』を見ることができあるのは私と・・・君だけなんだから・・・」

 僕は何にも言い返すことができなかった。

「何か、ごめん。もうすぐホームが始まるからいくね」

 彼女は俯いたまま屋上の扉を開け、校内に戻った。

 しばらく時間たった後で『キーンコーンカーンコーン』とチャイムが鳴った。教室に戻らなければいけない。でも、僕はなんだか戻る気になれなかった。


 結局、僕は二限目の始まりに教室に戻った。担任には三日分と合わせて叱られたが、前の席の秀は僕に何も言わなかった。


 放課後にもなって、何もない僕はただまっすぐ家に帰った。不思議だ。何もない放課後が当たり前になっていたはずだった。変わらないはずの日常なはずなのに僕は何か大きなものを失ったような感覚に襲われていた。空っぽだ。

 でも、完全に空っぽなわけではなかった。心の端にモヤモヤとした感情が残っていた。押し殺しても消えてくれない気持ち悪さだ。

 きっと、秀に言われたことが、そして何より、彼女に言われた言葉がガラス片か何かのように僕に突き刺さっていたのだろう。




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