第14話
「んん~」
彼女はかき氷のスプーンを片手に、もう片方の手をこめかみに当て悶絶する。
「そんなに早く食べるからだよ」
「でも、そんなにゆっくり食べると溶けちゃうよ」
彼女は食べると悶絶を繰り返す。
「まぁ、確かに暑かったからエアコンの聞いた部屋でかき氷は最高だね。でも、わざわざ頂上までいかなくてもよかったんじゃない」
「それだよ、成田くん」
「一体どれなの」
彼女の取り留めのない文脈に僕は戸惑ってしまう。
「やっぱりこれは神様のご加護なんだよ」
「ご加護って?」
「私たちが見ている『夢』のことだよ。神主さんも言っていたでしょ。お願いは強く願えば願うほど叶えやすくなるって。昨日の尾山神社の神主さんもそう言ってたし」
「ご加護っていうか、いたずらじゃないの?」
「あんまり卑屈なこと言っていると、バチがあたるよ」
「それにそんなに言うなら思い当たることでもあるの?『正夢』、見てみたいって、お願いしたとか」
「そう言われれば、ないけど」
「そうでしょ」
「じゃあ、逆に成田くんは思い当たるかこととかないの?」
「ん~、『正夢』はさすがにないよ」
「本当?今、変な間があったよ?」
「本当だよ。それよりそろそろ清水寺に向かおう」
僕は時計を見て、彼女に準備をするように促した。
僕たちは電車とバスを乗り継ぎ、清水寺まで向かった。ただ、清水寺の最寄りのバス停から清水寺までは十五分ほど坂道を登らないといけないらしい。
「まだつかないの~」
「あと、もうちょっと。あっ、でも『清水寺の玄関とも言える仁王門から清水の舞台がある本殿までは十五分ほどかかります』だってさ」
僕は彼女がどこからか持ってきたパンフレットをそのまま読み上げた。
「え~」
僕はパンフレットを読みながら、不平を述べながら歩く彼女を案内する。
「佐倉さん頑張って、ほら色々なお店が見えてきたよ」
バス停から清水寺の入り口までだらだらと続く坂道、清水坂をしばらく歩き、産寧坂と五条坂に合流するとよくニュースでみるようなお店がたちまち並ぶ景色が広がる。
僕が視界の先を指指し、彼女に声をかけると「わぁ~」と声を漏らし、急に元気になる。
「成田くん、ちょっと見ていこうよ」
彼女は駆け足で坂を上り始めた。
「あんまり時間ないからねー」
僕は急いで彼女を追いかけた。
普段は大人っぽく振舞おうとする彼女はこういう時ばかりは幼く感じてしまう。
結局、狐のお面を見て、僕にかぶせようとしてきたり、変わった味の八つ橋を買ったりで僕たちは、予定ぴったりくらいで清水寺・本殿にたどり着いた。
「まだ、夕日の沈む前、大丈夫そうだね」
「そうみたいだね」
あたりを見渡してみても、夢に出てきた女の子は見当たらない。僕たちは本殿の屋根の下で日よけをして待つことにした。
まだかまだかと目を凝らして待つ一方で、僕は時たま大きなあくびをしてしまう。昨日は夜遅く、朝もそこそこ早かった。眠いのは当たり前だ。さすがの彼女も目をぱちぱちとさせて、時たま目をこする。
しばらくして、彼女が突然立ち上がった。
「成田くん」
僕は彼女の声に反応して、立ち上がった。そして、彼女を追いかけて走った。
屋根を出ると、僕らに夕陽が差し込んだ。一瞬の眩しさを手で遮り、その手を下ろすと、目の前には、僕らと同じくらいの女の子が清水の舞台と宙を遮る小さな柵の前に。夢で見た景色そのものだった。
彼女がスピードを緩め『あの』と声をかけるも、女の子の体は地面に対して水平方向へと進んでいく。
「間に合わない」
僕はできるだけ急いで女の子に近づこうとした。しかし、女の子と僕の間にはまだ距離があった。
「間に合わない」
僕は一瞬目を閉じた。そして、瞼を開くと女の子の手を引く彼女の手を引く彼女がいた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
佐倉さんに引き上げられた女の子は足を崩し、驚いた表情で地面に視線をやり、ただ一点を見つめた。
彼女は女の子の手を引っ張った影響で体を後ろにそらし、乱れた呼吸を整えようとしていた。しばらくして、女の子の呼吸が整い始めたところで僕は女の子に声をかけた。
「あの、大丈夫・・・ですか」
「・・・はい」
彼女は多少虚ろな顔をしていたが、そう言って頷いた。
「佐倉さんも大丈夫?」
「うん。大丈夫」
彼女は多少虚ろな顔をしていたがそう言って頷いた。
「佐倉さんも大丈夫?」
「うん。大丈夫」
彼女は軽くスカートについた砂を払って立ち上がった。
「とりあえず本殿の方へいきましょうか」
僕は女の子と彼女を本殿の方へ連れて歩いた。
僕たちは本殿の端の段差に腰を掛けた。女の子は軽く深呼吸をして、息を整えると僕たちに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいで危うく危ないことに・・・」
「とりあえず皆無事だったんですから。それにお礼なら彼女に」
女の子はもう一度彼女にお礼を言って、頭を下げた。
「あ、ありがとうございました」
「ど、どういたしまして」
彼女は少し照れくさそうにそう答えた。
「でも、本当にごめんなさい。・・・私はすぐ近くの東山第二高校二年生の山科志保と言います」
「僕は千葉から高校三年生の成田透と」
「同じく佐倉咲です」
「でも、そうしてこんなに時間に一人でこんなところ?」
僕は率直に疑問に思ったことを山科さんに尋ねた。
「はい、少しいいにくいのですが、進路に悩んでいて・・・。それでここに気分転換も兼ねてお願いをしに来ました。その後、少しあそこで悩んでいたら、体のバランスを崩してしまって」
また、悲しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべる山科さんを見て、僕は唐突に違う話題を山科さんに振った。
「でも、すごいね。高校二年生なのにもう進路を考えているなんて」
僕の話に彼女はすかさず指摘を入れた。
「高校三年生の夏になっても全く勉強もしてない誰かさんと違って、普通は高校二年生でも悩むものなんだよ」
「うっ」
僕が彼女に不意を突かれているのを見て、山科さんは初めて僕たちに笑顔を見せた。
「ごめんなさい。何だか可笑しくて」
僕と彼女もつられて笑ってしまう。
なんだか少し距離が縮まった気がした。
「それでいきたい大学とかあるの?」
彼女は前のめりに山科さんに尋ねた。
「今は近くの大学の医学部に入りたいと思っています」
「私も医学部志望」
「そうなんですか!・・・でも、私は医学部にいけるほど賢くなくて、仮に受かったとしてもお医者さんとしてやっていけるのか・・・」
不安走で、悲観的な山科さんの横がおを見て、彼女は空を見て話し始めた。
「私も悩んでいた時があったな。不安で不安で仕方がなかった。自分がお医者さんになれるのかとか、人を助けることができるのかとか、そもそも医学部に入れるのかとか。こんな苦しい時間なんて、早く過ぎて過ぎてしまえばいいのにって。早く大人になって楽になりたいとも思ったりもした。でも最近気づいたの。もしかしたらこんな私でも人も救えるかもって。だから、もう少し頑張ってみよう。」
山科さんは彼女の言葉を着てぽろぽろと涙を流し始めた。
「あれ、私変なこと言っちゃた。ごめんね」
彼女がそう言いながらあたふたとしていると、山科さんは首を横に振る。
「違うんです。佐倉さんの言葉を聞いて元気でました。私頑張ってみます」
彼女は山科さんに笑顔で応えた。
僕たちはバス停まで一緒に戻り、そこで山科さんを見送った。
「ありがとうございました」
「またね」
お辞儀をしてバスに乗った山科さんに彼女は手を見って答えた。
「私はたちも帰ろうか」
「そうだね」
そう僕に話した彼女の横顔は安堵からなのか妙に落ち着いた、どこか奥ゆかしい表情だった。
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