第13話

 目を開けると何やら右肩に偏った重力を感じた。正体は僕に寄り掛かった彼女の小さな頭だった。左手で時計を確認すると京都駅まではあと十五分ほど時間がある。

 到着までそこまで時間があるわけではなかったので、起こしてしまっても良かったのだが、少し疲れた彼女の横顔を見て、あと十分ほどはこの苦行を、いやある意味でこの心地よさを感じておくことにした。

 それから十分ほど経って、到着まで後五分ほどというところで軽く彼女の肩を揺らした。

「ん~」

 彼女は軽く目を開け、状況を確認したのかしばらく止まったままだった。少しして、彼女は焦って自らの体を窓側に寄せ、窓の方に顔を向けたまま僕に話かけた。

「ごめん。重かったよね」

「別にそんなことはないよ」

 彼女の焦ったところを見たのは初めてかもしれない。なんだか新鮮で意外な感じだ。


 僕たちは一時間余り特急列車の旅を終え、日本人が故郷、京都の地へ降り立った。

「さて、時間までどうしようか?」

「もう少しでお昼になるし、先にご飯食べちゃおう」

 僕たちは彼女の提案の通り、ひとまず京都駅構内でお昼を食べることにした。

『わぁ~』『おぉ~』

 僕たちは目の前の机いっぱいに広がる料理に思わず声を上げてしまった。湯豆腐に豆腐田楽、さらには天ぷらまで何とも京都らしい料理だ。

『いただきます』

 僕たちはあまりに美味しい料理の軍勢にしばらく『おいしい』という語彙しか持ち合わせなかった。

 しばらくして、料理を食べることにも落ち着いてきた僕たちはこれからどうするか話始めることにした。

「この後、どうする?適当な時間までカフェかなんかで時間でもつぶしていく?」

「はぁ~。成田くんはすぐ、のんびりしたくなるんだから困っちゃうよ」

「僕だって、好きでのんびりしているわけで」

「でものんびりするのはきらいじゃないんでしょ」

「まぁ、嫌いではないけど・・・」

「せっかく京都に来たんだから外へ出よう!もしかしたら何かの手がかりを得られるかもしれないし」

「手がかり?」

「だから、私たちが今まさに経験している『夢』を解決するための糸口だよ」

「それは分かるけど、京都を回ったところでそんな手がかりどこに・・・」

「ここは京都だよ。神社もお寺もたくさんある」

「あくまでもそっち路線なんだね・・・。いやぁ、でも外暑いし・・・」

「それが本当の理由か」

「・・・」

 図星だった。


 結局、外に締め出された僕はます、彼女と伏見稲荷大社に行くことにした。理由は彼女曰く、鳥居がたくさんあって神妙高いからであるそうだ。何か一周回って失礼な気がしてきた。

 僕たちは京都駅から伏見稲荷大社の最寄り駅・稲荷駅へ移動し、目の前の大きな鳥居をくぐり、本殿へ向かった。

 本殿へ向かい合って、僕が十一円、彼女が五十円をお賽銭へ投げ入れ、手を合わせ祈りをささげた。

「で、成田くんは何のお願いをしたの」

「教えないよ」

 僕はそう言って、来た道を戻る。

「いいじゃん、教えてよ~」

 彼女はそう言いながら僕の影を追いかけてきた。

「この後、どうする。清水寺に行くにはまだ早いと思うけど」

 僕がそう尋ねると彼女はこの神社の上の方へ指をさした。

「もちろん」

 彼女はにやりとして頬を吊り上げた。

「登るのか」

 僕はため息混じりに言葉が漏れてしまった。

 僕は重い足を参道へ向けようとすると神主さんらしきお爺さんが僕たちに話しかけてきてくれた。

「そこの若いお二人さん、これから上の方まで向かうのかね」

「はい、そうする予定です」

 僕がそれとなく否定してこの流れを変えようとすると、彼女が急に僕の前に立った。

「はい、そうする予定です」

 彼女は一片の迷いなく答えた。

「そうか。では、しっかり水分を持っていくんだよ」

「大丈夫です。しっかり入れています」

 彼女はカバンを神主のお爺さんの方へ向け、軽く叩いて見せた。

「それは良かった」

 神主のお爺さんがうんうんと首をゆっくりと振り彼女へそういった。

 僕が軽くお辞儀をして、立ち去ろうとすると彼女は一歩前に出て、神主のお爺さんに質問を投げかけた。

「あの、一つお聞きしてもいいですか?」

「何かね?」

「伏見稲荷大社って、何でこんなに鳥居がたくさんあるんですか?」

「江戸時代の頃くらいから、願いが「通った」御礼を示すために奉納し始めたことが始めりと言われているよ」

『へぇ~』

 僕たちは思わず声が出てしまった。

「それに鳥居をくぐることは神様の領域へ足を踏み入れることなんだよ」

「神様の領域?」

「そう。鳥居は神様の世界と我々の世界の境界線とも言われているんだよ」

「じゃあ、ここはたくさん神様の世界に入ることになるんですね」

「ははは、そうとも言えるね」

 神主のお爺さんの言葉を聞いて彼女は目えのめりになって、さらに質問をした。

「じゃあ、神隠しとかの都市伝説ってこのことが関係していたりするんですか?」

「近からず、遠からず。だが、正解ではない。神様は人の願いをただ純粋に叶えてくださる。その願いがより強いものであれば、さらに。だから、そういった現象はあくまでも人の願いの裏返しなんだよ。もちろん神様のなされることだ。我々人間が想像もできない意図がおありなのだろう。いずれにしても我々はただ、神様に願いを祈る。そして、その願いが叶ったのであれば、神様に感謝を伝えにお礼参りにくるのだよ。」

 神主のお爺さんはそう言って、はははっと笑ってみせた。

「はい、必ずまたきます」

 僕も彼女の言葉の後に頷いた。

 結局、願いを叶えてくれるかは神様次第。でも、だからこそ、今からこの時まで、神様と人との関係は続いてきたのだろうか。

 僕たちは本殿からしばらく歩き、いくつかの鳥居をくぐった。そして、千本鳥居と言われる無数に連なる鳥居をさらにくぐると彼女が「あっ」と言って目の前を指さした。彼女が指さす方向に目線を向けると『おもかる石』と書かれた看板と左右隣りに小さな灯篭が置かれていた。

「成田くん、願いを込めてからその石持ってみてよ」

 左側の灯篭へ向かった彼女にそう言われた僕は少し心の中で願いを込め、石を持ち上げた。

「重っ」

 こんな小さな石なのに、意外と思い。僕は思わず声を上げて石を離した。

「あ~」

 彼女はいたずら心を混ぜた声色だった。

「えっ、何かまずかった」

「いや~、まずくはないんだけど、その石は思っていたよりも重く感じると願いが遠のいて、軽く感じると願いが近づく石なんだけど・・・」

 彼女は僕にそう言った後に、ひょいと石を持ち上げた。

「はぁ~、そうですか」

 僕はため息混じりに不平を募らせながら参道の続きを早歩きで進み始めた。

「待ってよ~、私が悪かったよ~」

 僕はそこまで起こっていなかったのだが、面白いのでそのまま進んでいくことにした。

 しばらくすると参道は山中になって、傾斜が強くなってくる。

「待って~」

 だんだんと彼女の僕を呼ぶ声が荒くなってくる。

 確かに彼女の気持ちも分かる。この暑さも相まってこの何段もの階段を上るのも一苦労であろう。僕は何度も手で汗を拭った。

 だが、僕はまだ大丈夫そうだ。この時ばかりはサッカーをやっていて良かったと感じる。対する彼女はぜぇはぁと息を荒げ、閉じた両膝に手を添えた。

「ちょっと休憩」

「山頂まではまだまだ距離があるよ」

「分かっているけど足が。なんで昔の人はこんな山の上に神様を祀ろうと思ったのかなぁ」

 彼女は不平を漏らし、僕は階段をさきほどよりかはゆっくり登る。

 もうしばらく歩みを進ませ数段上がると、段々と視界が開けてくる。

「佐倉さん見て!」

「なに~」

 倦怠感を纏った声を唸らせながら、彼女は思い足を一段一段上がって来た。

 僕は目の前に広がる景色に思わず声を出してしまった。参道の途中、木々が開けており、そこから京都市内が一望できた。

「すごーい、成田くん、あれ京都タワーじゃない?」

 彼女は空に指をさした。

「えっ、どれどれ」

「だからあれ、あれだよ」

「あっ、ほんどだ。」

 僕も思わずテンションが上がってしまった。

 一度絶景を見た彼女は息を吹き返したように階段を駆け上がっていき、僕は彼女に付いていく格好になった。

 ここから、しばらく階段を登り、いくつもの鳥居をくぐりぬけると、ひとまわり大きい鳥居が見える。山頂だ。

 僕たちは上社神蹟と刻まれた鳥居をくぐり、手を合わせる、神様の祀られる神蹟にお願いをした。

 凝りもせずに僕にどんなお願いをしたのか聞いてくる彼女を無視しながら僕は来た道を戻り、彼女も横に並んだ。

 入口の鳥居まで戻って来た僕たちは、伏見稲荷大社の近くにあるお茶屋さんに休憩も兼ねて入ることにした。

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