第9話
僕たちは美味しいお寿司を堪能した後、この近江市場からそう遠くない尾山神社に歩いて行った。
鳥居を潜り、境内入る。目の前には神社には少しそぐわない洋風な建物が佇み、僕たちはそこもくぐり抜け、本殿へ向かった。
僕たちはお財布から小銭を取り出しお聖戦に投げ入れた。そして、間髪を入れずに手を合わせお願いをした。
「ねぇ、成田くんはお願いしたの?」
「まぁ、とりあえずは『今日何事も起こりませんように』って。佐倉さんは」
「内緒」
「くそ、答えなきゃよかった」
佐倉さんは僕の反応が面白かったのかくすくすと笑っていた。
しばらく、僕たちは境内をぐるりとしていると、神主さんらしきおじさんが見えた。彼女は躊躇せずに神主さんの方へ向かった。
「あの、すみません」
「おや、学生さん二人とは珍しいね」
さすがに、平日の昼間に制服を着た男女は違和感があったか。
「いや・・・、修学旅行にきてまして、途中で別れてしまいまして・・・」
彼女はとっさに取り繕っていたが、神主さんはどこか見透かしていたような顔をしていた。
「それは、それは・・・。それで、私に尋ねたかったことは何かな?」
「ここは前田利家公をその奥さん・お松の方をを祀っているですよね」
「そうだよ、よく知っているね」
「それで、あまり関係はないのですが、日本には『夢』を司る神様とかはいないんですか?」
神主さんは少しだけ頭を抱え考え込んだ。
「う~ん、あまり聞いたことがないね。ごめんね」
「いえ、こちらこそ唐突にすみません」
少し落ち込んだ様子を見せる彼女を見て、神主は少し興味深いことを教えてくれた。
「ただ、お願いをするときに、神様にしっかり感謝を伝え、自分もそのお願いに対して努力することを誓えばきっと神様はあなたを助けれくださる。お嬢さんのお願いが何かは分からないけれども、神様へ前向きに努力する人を見捨てないと思うよ」
「はい!ありがとうございます」
彼女は笑顔をこぼして、お辞儀をした。僕も軽くお辞儀をして、尾山神社を出ることにした。
「なんか残念だったね」
「まぁでも、聞いて見て分かったこともあるし、無駄ではないよ」
彼女はあくまでもポジティブに振舞っていた。
「取り合えず、次は現場を見に行こう。いって見てだと何があるか分からないし」
「そうだね」
僕も彼女意見に賛成だ。僕たちは尾山神社に隣接する金沢城公園を中に入り、そのまま事故が起こると思われる県道101号線沿いに向かう事にした。
「ここか」
「確かに交通量はそこそこ多いね」
彼女言う通り、普通車に加え、バスや観光バス、「わ」ナンバーのレンタカーなど、観光名所ならでは車通りだった。
「まだ3時だね。どうする戻る?」
「今から戻ってもすぐまだ来るだけになると思う。隣の兼六園に行ってみない?すごい綺麗な庭園らしいよ」
僕は彼女の提案を受け入れ、彼女がいう『兼六園』という金沢では有名な庭園に向かった。
一時間ほど兼六園で、庭園巡りをしたり、お茶をしたりした僕たちは、再び県道10号沿いに戻ってきた。
僕たちは警察官顔負けの張り込みを行った。しかし、夕日が沈む頃になっても、夢にでてきた親子が現れる様子もトラックが出てくる様子もなかった。
「ここに来てからどのくらい経っだんろう」
佐倉さんが一人事なのかそれとも僕に言っているのか分からないくらいの声量で呟いた。
「まぁ、二時間くらいは経ったんじゃないかな」
「はぁ、そうだよね~」
「夢を見させるだけ見せて、実は起きませ~んっていうパターンだったりするのかな。もしそうだっら金輪際、神様ってやつを信じることができそうにないんだけど」
「それは今回の現象がそういう仮定だったらっていう前提があってからこそでしょ。それにそういう可能性もなくはない。とりあえずもう少し粘ろうよ」
「そうだね」
お互いに飲み物を買いにコンビニにいったりはしたが、二時間以上もほどんどこの暑い中にいると次第に調子が狂ってくる。そういう意味では華奢な見た目に反して忍耐強い彼女には驚いてしまう。
夜の八時近くになっても三十度近くの気温を保つ野外で僕は思わず何度もペットボトルの水を口に含む。道路沿いの石台に手を後ろにやり腰を掛けていると、佐倉が立ち上がって僕の名前を呼んで立ち上がった。
「成田くん」
僕は彼女の行く先を目で追っていると、夢の中で見た例の小さな女の子が母親を追いかけて、横断歩道を渡ろうとしている。彼女は母親の先にいる女の子のもとへ駆け足で向かった。彼女が母親とすれ違った時、僕は彼女に向かって叫んだ。
「佐倉さん、トラック!」
左に大きなトラックが、減速はしつつも左折しようとしている。おそらく、女の子の身長では大きなトラックの死角に入ってしまっているのだろう。
彼女は僕の声を聞いて、トラックの存在に気づくと、迷う事なくさらに走る速度を上げて女の子を抱きかかえるように宙へ飛んだ。と同時にトラックのブレーキ音が「キィィィ」と鳴った。
「佐倉さん!」
僕と横断歩道の真ん中に止まったトラックを右手から避け、彼女のもとへ向かった。彼女は半身を右にやり女の子を抱えたまま地面に寝込んでいた。
「佐倉さん、大丈夫」
彼女は僕の声に反応し、目を開けると抱きかかえた女の子の様子を確認した。
「大丈夫?」
「うん」
女の子はまだ状況が掴めていないようだった。彼女は体を起こし表膝を地面につけると、女の脇下に手を当て、立たせてあげた。
「怪我はない?」
「・・・うん」
「そう、良かった」
彼女は女の子を見て安心した様子で微笑んだ。ほんのしばらくして女の子の母親が女の子を抱きかかえた。
「ちゃんとついてこなくちゃだめじゃない」
「だって、だって・・・、お母さんが先に行っちゃうから~」
女は泣き出してしまった。
「そ、そうね。ごめんね。ごめんね・・・」
女の子のお母さんも今にも泣きそうな様子だった。
しばらく女の子を抱きかかえた後、女の子のお母さんが女の子を下ろし、佐倉さんに話しかけた。
「本当にありがとうございます。なんとお礼したらいいのか・・・」
「いえいえ、結局大事にはならなかったんですから・・・」
「でも、娘を助けていただいて、何とお礼も申し上げたらいいのか。お姉さんにお礼を言って・・・」
女の子は女の子のお母さんから軽く背中を押されると、涙を小さな手で拭った。
「お姉さん・・・、ありがとう」
彼女は少しかがんで、手を膝にやり、目線を女の子の目線に合わせた。
「どういたしまして」
彼女は少し照れ臭くも、自信に満ち溢れた表情に見えた。
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