第8話

 そんな会話をしていると約三十分間の旅はあっという間に終わり、東京駅に到着した。僕たちは息をつく間もなく新幹線改札へ向かう。僕たちは、人混みをかいくぐって券売機へたどり着く。

 金沢までは一万四千円弱。大分持っていかれるな。

「僕はバイトしてるから何とかなるけど、佐倉さんはお金大丈夫なの」

「大丈夫。心配しないで。お父さんからこのカード自由に使っていいって言われているから」

 彼女はドラマでしたみたことのない黒いカードを僕に見せつけてきた。

「あーそうですかー。」

 彼女の僕の反応を見て、心底不思議そうな表情をしていた。どうやらあの黒いカードはブルジョア層にとっては常識らしい。

 僕たちは北陸新幹線ホームから列車へ駆けこんだ。またしてもカバン一つの僕たちは、席を見つけると手早く座席を倒し着席する。

「ふぁ~」

 僕たちは席に座ると思わず眠気をこぼしてしまった。

「もしかして成田くん、寝てないの?」

「寝てないわけではないけど、いつもよりかは必然的には短くなる。逆に眠くないの」

「別に多少、睡眠時間が減っても大したことはないよ」

「そっか」

 佐倉さんはすごいな。とてもではないが、僕にはこの眠気は耐えられそうにない。僕は背もたれに体を預け、腕を軽く組み、目を閉じようとした。対する彼女はなにやらカバンをごそごそやっている。どうやら参考書とノートを取り出して、座席の机の上に広げ始めた。

「今から勉強?」

「まぁ、その他にやるかもとないし」

「それにしても・・・。僕には無理だね。佐倉さんは行きたい大学とかあるの?」

「特にいきたい大学とかはないけど・・・」

「ないけど?」

「医学部には入りたいと思っている」

「へ~。それは、すごいね」

「別にすごくはないよ。まだ受けてもないし」

「僕からしたら受けるだけすごいよ。そもそも何教科も勉強できるほどのキャパないし」

「まぁ、こういうのは積み重ねだからね」

「それを言われると痛い・・・」

「ふふっ。だから、こういう隙間時間に勉強するんだよ」

 彼女は少し笑みをこぼしながら僕に正論を振りかざした。対して僕はため息を吐いた。

「でも、少し怖いの」

 彼女は持っていたシャープペンをノートの上においた。

「受験が?」

「違う。受験は全く問題ない。模試もA判定だし」

「全く問題ないって・・・。じゃあ、何が心配なの」

「私に・・・、私に人が救えるのかなって」

「救えるんじゃない、医者だし」

 彼女は僕の少し投げやりな僕の回答に不満そうだ。

「そういう問題じゃないよ」

 僕は彼女にさらに鋭い視線を注がれ、自然と背筋を伸ばして答えた。

「でも、佐倉さんは実際に人を助けたじゃん」

「でも、それは君が・・・」

 僕は彼女の言葉を自分の声を被せた。

「でも、佐倉さんが助けたことには変わりない」

 僕は断言した。佐倉さんは軽く俯いた言った。

「・・・ありがと」

「それは、どういたしまして」

 しばらくして、話を逸らすように佐倉さんが僕に尋ねた。

「それより成田くんは夢とかないの?」

「別にないよ」

 僕は思わぬ彼女の質問に溝内をぎゅっと押されたような気持ちだった。それとなく答える。

「でも、小さい頃はあったでしょ」

「まあ・・・」

「なになに」

 どうやら彼女は僕の弱点に興味があるらしい。僕としては何かと不都合であるが、ここで答えない方が面倒くさいことになりそうだったので、できるだけ端的に答える。

「・・・サッカー選手」

「へえ~、じゃあサッカーやってるんだね」

「いや、一年前に怪我をして部活を辞めてからはやってないんだ」

「そっか、ごめんね。変なこと聞いちゃったね」

 何となくこうなることは予見していた。僕は彼女の申し訳なさそうな顔を見て、声色を一つ上げた答えた。

「別にいいよ。随分前のことだし。それに今のバイトしてお金を貯めて旅をする生活も結構楽しいし、。将来は旅ブロガーにでもなろうかな」

「いいんじゃない。成田くん、そういうの詳しそうだし」

 彼女がニヤリと笑ったそういったので、僕は不器用にも笑みをこぼして頷いた。

 その後、佐倉さんが再びシャープを持って参考書に向かったのを見て、僕は体を背もたれに預け、ゆっくりと目を閉じた。

「成田くん、成田くん」

「んぁ、ふぁ~」

 目を開けると、人の気配がしない。目の前にいる彼女くらいだ。

「もう着いたよ。早く準備して」

 彼女の仕方がないなぁと呆れたようすだった。

 ぼくは彼女にいわれるがまま新幹線おりた、寝ぼけた目を擦りながら、駅構内を歩き、改札を抜ける。出口の方へ向かうと、何十メートルほどだろうか、凄く高い天井いっぱいに鉄骨がくまれ、その後ろはガラス面一杯の屋根が僕らを迎えた。

「うぉー」

 僕は思わず声を上げてしまった。

「もてなしドームって言うんだって」

 彼女はどこから取って来たのか、パンフレットを広げ、僕に説明した。

「で、その先に見える朱色の門みたいな建物が『鼓門』なんだって」

 彼女は行く先に見える建物を見て続けて説明をした。

「へぇ~。なかなか凝ってるね」

 僕があっけにとられて感心していると、彼女はふむふむといった具合にパンフレットと風景を目で行ったり来たりしている。

「金沢は雨や雪が多くて、観光に来た人に傘を差しだす意味でこの建物をつくったんだって」

 やはり頭のいい人は知識欲があるのか、それともひけらかし癖があるのか、聞いてもいない説明を彼女は饒舌に説明する。僕としては、聞きごたえがあるので全く問題なのだが。

 僕らはバスロータリーへやって来た。

「どうする。これから?」

 早く来たものの特に予定を考えていなかった僕は取り合えず、彼女に尋ねることにした。

「そうだね、お昼時だし、先に昼食を済ませよう。ここなんてどう?」

 彼女はパンフレットを指さしながら提案した。

「じゃあ、そうしよう」

 僕には宛てがなかったので彼女言う通り、彼女が指さす場所へ向かう事に、頷いて同意した。

 僕たちは十分ほどバスに乗って、近江町市場という市場や飲食店が連なる場所へたどり着いた。彼女の持つパンフレットの情報によれば、日本海で取れた海鮮を使った金沢らしい料理が食べられるのだという。

 僕は結局、彼女の後をコバンザメのごとく付いていき、彼女の選んだお店に入店した。門構えは老舗感があり、店内も木目調の落ち着いた雰囲気だ。お昼を食べるだけなのに少し緊張してしまう。

 僕は例のごとく、彼女の選んだお寿司のランチセットを選択した。地元だからなのか千円ほどで新鮮なお寿司が千円ちょっとで食べられるという。だが、お昼からなんだか贅沢した気分だ。

 食事が来るまでの間、僕がそわそわとしていると、彼女が僕に話しかけてきた。

「金沢は桜が有名なんだって」

「どうしたの急に」

「ほら」

 彼女はそういって、桜の特集が記載されたチラシを指さした。

「もう春は過ぎちゃったのに、まだ貼っているんだ」

「あんまり、興味なさそうだね」

「別にそんなことないよ。嫌いじゃない」

「じゃあ、好きではないってこと」

「そんなことは言ってないよ。どちらかというと好き」

 彼女は僕の言葉を何やら不満そうに受け取っていた。

「ふ~ん。じゃあ、来年見に行く?」

「・・・えっ」

 僕は彼女の突拍子のない提案に驚いてしまった。

「別に変な意味はないよ。でも、少なくても私たちは奇この妙な関係を持ってしまったわけなんだし、そのくらいはしてあげてもいいよ」

「あくまでも選択を与える側なんだね・・・」

「当然でしょ」

「まぁ、機会があれば・・・」

彼女の上から目線な提案を僕はそれとなく流した。

「あと、今日行きたい場所があるんだ」

 彼女はさきほど持っていたパンフレットを机の上に広げて指さした。

「尾山神社?」

 ぼくはそのまま読み上げた。

「そう、尾山神社」

「なんで急に」

「あくまでも私主観なんだけど、この現象は神様の力とかが関わっているじゃないかと思っているの」

「え、えっ」

 僕はこれまで以上に突拍子のないことを言う彼女に耳を疑ってしまった。

「言いたいことは分かる。どうせ非科学的とかそういうことを言いたいんでしょ」

「近からず、遠からず・・・」

「でも、逆に言えばこんな超常現象、そういう風に解釈しないと説明がつかないよ」

「まぁ、一理あるとは思う。時間もあるし、食べ終わったらいこう」

 事が起こるのは、日が暮れてから。僕は少し熱を帯びた彼女の持論に完全に同意することはできなかったが、時間もあったので彼女の提案に同意することにした。

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