第6話

2日目 7月3日


 はっと目を覚ますと、『ピピっ、ピピっ』と目覚まし時計のアラームが鳴り響いていた。アラームを止め、時計の時刻を見るとAM07:03と指し示していた。いつもはすぐに気づくはずのアラームに三分も気づかずにいた。相当、体は疲れていたのだろう。

 昨日は結局、家に帰ったのが十時過ぎになった。疲れていたので早くお風呂に入ってそのまま寝たいところであったのだが、そこからが長かった。玄関の前に立ち尽くして、不器用な・いびつな笑顔を浮かべる母がいた。浜松から帰る途中、友達と遊ぶという友達がいない僕が導き出した不相応な連絡を送っていたが、学校の先生が母に連絡していたらしい。案の定と言ってはそうなのだが。こっぴどく一時間ほど怒られたが、適当な理由をつけてなんとか一時間で収まったと言った方がいいだろうか。

 その疲れも相まって体をだるそうに起こしたが、それが目覚めの悪さの一番の原因ではなかった。一番の原因は、またしても生々しいほどのリアリティのあった映像が僕の頭に残っていたからである。ここまで来ると、驚きというより、この出来事が偶然ではないという納得の感情の方が大きくなっていた。とりあえず学校に行って、彼女に相談しに行こう。

 教室に着くと、まだクラスメイトがちらほといるだけだった。その中で一つ前の席に座る秀が珍しく話しかけてきた。

「成田、昨日はいきなりどうしたんだよ」

「別に、授業が面倒くさかっただけ」

「面倒くさいって、まぁ、それは分かるけど、寝てればいいだけじゃん」

 秀は汗を拭いながら半身を後ろの席へ向け、正論を僕に振りかざす。

「まぁ、そうだけど・・・。それより、今日も朝からご苦労なことだね」

 僕はとりあえず話を逸らそうと、別の話題を振った。

「あぁ、朝練のことか。今は夏の予選の最中だから簡単な調整くらいだけで大したことはしてない。それはお前も知っているだろ」

「さぁ、最近はどうなっているか全く分かりませんよ」

 僕は他人事のように答えた。実際はもう他人事なのだが。

「もう、足は治ってるんだろ。部活、戻って来いよ」

 僕が何か思わぬ方向へ進んでしまった話題に困っていると・・・教室の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「成田くん」

 教室の外の方を見ると、カバンを持ったままの佐倉さんが教室のドアの横からちょこっと顔を出している。少しずつ増えてきたクラスメイトが佐倉さんに視線を送り、次に彼女が名前を呼んだ僕に目線をやった。

 僕は彼女が僕を呼んだ意図を察したとのとりあえずクラスメイトからの視線から逃れるために一度机に置いた教科書をカバンに戻し、教室を出る準備をした。

「悪い、秀。先生に今日は休むって言っておいて」

 ぼく秀にそう言い残して、席を立った。

「おい、成田。待てよ」

 僕は秀の呼びかけに応じず、彼女の待つ教室の外まで向かった。

「成田くん、あの・・・」

 佐倉さんの言わんとしていることは何となく想像ができた。

「とりあえず、歩きながら話そう」

「わかった。」

 僕は彼女を引き連れ、靴に履き替え、足早に学校の外へ出た。駆け足で駅へ向かう僕たちを向かいから来る生徒たちが不思議そうに横目で流している。なんだか悪いことをしているみたいで罪悪感と変な高揚感が僕をおそった。まぁ、実際に学校をさぼって引き返している時点で悪いことをしているのではあるが・・・。

 駅を向かう途中、少し息を荒げながら佐倉さんは僕へ尋ねた。

「ねぇ、さっきの人と何か話してたけど良かったの?」

「大丈夫、大丈夫・・・たぶん・・・」

「そ、そう・・・」

 大丈夫かどうかは分からなかったが、僕としては都合の良い話題ではなかったので、あのタイミングで佐倉さんが来てくれたのはありがたかった。

「成田、今日も夢を見た・・・っていることでいいんだよね」

「そうだよ」

「そっか、私も。残念だけど、私はあの場所を知らないんだけど、成田くんは分かる?」

「えっ、じゃあ何でわざわざ呼びにきたの?」

「だから、相談しようと思って教室までいったんだよ―」

 彼女は不満そうに僕を見つめた。

 確かにそういえば、ここまで佐倉さんを連れてきたのは僕だった。つい急いで出てきてしまった。僕は足を止めた。

「どうしたの急に止まって?」

「ごめん。確かにそうだ。急ぐ必要もないかも。学校に戻る?」

「いいよ。とりあえず目的へ向かおう」

 佐倉さんがそういうので、僕たちはとりあえずもう一度駆け足で駅に向かう事にした。

 駅に着き、そのままモノレールに掛け込んだ。

 僕たちは昨日同様、モノレールの列車の中に入るとカバンから水を取り出し口に含んだり、手で風を仰いだりして熱を冷ました。今日も例に漏れず三十度超えの猛暑だ。

「それで、今日夢の中で見た場所はどこなの?」

 佐倉さんは列車にのってしばらくして僕に尋ねた。

「たぶん、石川の件の金沢だと思う。僕は今朝、そこで小さい女の子が車に轢かれそうになった夢をみた」

「私も・・・。やっぱり、昨日・一昨日と見た夢は偶然ではないっていうことみたいだね」

「うん・・・」

「それにしても不思議、一度や二度であれば単なる偶然や何かと片づけられなくもないけど、三日連続ってなると・・・。だれかに相談した方がいいのかな?」

「こんな都市伝説みたいなこと、相談したって誰も信用してくれないのがオチだよ。」

「たしかにそうだけど・・・」

 佐倉さんのいう事も分かる。こんな超常現象、高校生とはいえ子ども二人で解決するに手に余る。いささか心配そうな彼女に僕は言葉をかけた。

「大丈夫だよ。昨日だって結局どうにかなった。それに時間が経てばこの超常現象の糸口だっていつか掴めるはずだよ」

「そっか、そうだよね」

 彼女は完全に不安が拭えたようではなかったが、取り急ぎの僕の考えには同意してくれるようだった。

「それより・・・どうして、今日の、その、事件が起こる場所が金沢だって分かったの」

「前にテレビ金沢特集がやってて、たまたま夢に映った場所が映ったんだよ。場所はおそらく金沢公園跡と兼六園の間の道。上に二つを結ぶ橋があって、脇にお城みたいなものが見えたから多分そうだと思う。」

「すごいね。よくわかったね」

「本当に偶然だよ。テレビのなかで春になると桜がきれいだって言ってて、印象に残っているだけ」

「でも、本当にすごいよ。私も金沢に行きたいと思うときがあって、調べてたときがあったけど、ここまでは知らなかったよ」

「そ、そうかね・・・」

 僕は柄にもなく少し照れしまった。最近は褒められ慣れていないからむやみにほめないでほしものだ。

「この後はどうする。特に急いでいないけど、昨日みたいに特急列車で東京駅まで行く?それともこのまま千葉みなと駅まで行って普通列車に乗り換える?」

「何があるか分からないし、千葉駅まで行って特急に乗り換えよう」

「わかった」

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