第5話

 しばらくして、警察と消防車が来て、辺りはドラマでみるような黄色いテープと赤いコーンが囲んだ。さらにもう少し時間が経つと、旅館から出てきた人と近くのテレビ局の報道関係者が野次馬のようにそのテープとコーンの周りを囲んだ。対する僕たちはパトカーの中で三十分とその後、浜松警察署でもう三十分超の事情聴取を僕たちは受けた。

 人生で初めて乗ったパトカーの居心地はいいことをしたはずなのに、悪いことをしたみたいで最悪だった。

 それもそのはずだ。取り調べを受けてすぐの時は僕たちが火遊びをしたと疑われていたのだから。警察署で荷物検査を受けて初めて容疑が晴れて、僕たちは解放されることとなった。

 さすがの彼女もまだ、むっとした表情のままだった。

僕たちは最終的に浜松駅前までパトカーで送ってもらい、浜松駅に着いたのが十九時近くだった。

「もう完全に日が暮れちゃったね」

「そうだね。とりあえず帰ろうか」

「うん」

 僕たちは浜松駅の新幹線口に行き、電光掲示板を確認した。

「次の東京行きは十七分発のひかりだね。家につくのは十時過ぎか・・・」

「仕方ないよ。とりあえず切符を買おう」

 僕たちは券売機の画面を慣れた手つきでポチポチを操作していく。

「意外に席埋まっちゃているね」

「そうだね」

「あっ、九号車の七番のDとEが空いている」

「じゃあ、僕がDを取るから佐倉さんはEを取って」

「分かった」

 僕は改めてバイト一日分の給料を券売機に入れ、チケットを取り出した。

 僕たちは予定通り、ひかり号九号車に乗車した。

「七番、七番」

 僕は席番号を口ずさんだ。どうやら前を進む佐倉さんが先に席を見つけたみたいだ。

「ここだね。どうする、帰りは窓側にする」

「いや、いいよ。佐倉さんが窓側座って」

「分かった。ありがとう」

 席に座ってようやくリラックスできたような気がした。隣の席に座る彼女も強張った表情を崩し、安堵の様子だった。

「成田くん、お疲れ様」

「うん。佐倉さんこそ」

「私は別に大したことはできなかったし」

 佐倉さんはどこか申し訳なさそうにこう答えた。

「それは僕もだよ。結局あのおじさんが火を消してくれたし」

「でも、最初に火を消そうと動いたのは成田くんだった。対して、私は・・・。あの時、目の前の状況を理解できずに動くことができなかった・・・」

 今にも泣きだしそうな彼女に対して僕は客観的な事実を述べた。

「でも、あの時、正確に対処できたのは佐倉さんのおかげだよ。僕だったらもっと悪化させていたからかもしれない」

「それは・・・」

 彼女が続けて何かを言おうとする前に僕が彼女に伝えた。

「だから・・・ありがとう」

「えっ、それはこっちの台詞だよ・・・。ありがとう。」

「だから、お互い様」

 彼女は僕の返答を聞いて、少し頬を緩ませて笑みをこぼした。

「でも、本当に奇妙だよね。見た夢が現実になるなんて」

「そうだね」

「私思うの。何か見えない力が働いているじゃないかって」

「見えない力?」

「そう、その力が今回起こるはずだった火事を阻止するために私たちに夢を見せたんじゃないかって」

「さすがに映画の見すぎじゃない」

「ふふっ、そうかもね」

 彼女はさきほどよりも砕けた笑顔をこぼした。ぼくもそんな彼女を見てつられて笑ってしまった。

「それより、もうこんな時間だけど、ご両親は心配してないの」

 佐倉さんはしばらくの間の後、僕にこう尋ねた。

「あっ、忘れてた」

 ぼくは急いでポケットから携帯を取り出した。案の定、母からすごい数の着信とメッセージが届いていた。

「はぁ」

 僕は思わずため息を漏らしてしまった。

「大丈夫?」

 佐倉さんはそんな僕の様子を見て苦笑した。

「うん。・・・多分大丈夫」

 僕はもう一度ため息をついて、適当に理由を付けてその内容をメッセージに送った。佐倉さんは僕の様子をみてまだニヤニヤしている。

「な、何」

 僕は佐倉さんに尋ねた。

「別に~」

「佐倉さんこそ、ご両親は心配しないの」

 彼女は表情を保ったまま、いや少し寂しそうに答えた。

「私は・・・、特に心配する人はいないから大丈夫」

「どういう意味?」

 僕は彼女にこう尋ねた後なんとなく後悔した。何か聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。

 彼女は一息飲んで話始めた。

「別に、なんてことはないよ。私、小さい頃にお母さんが死んじゃって、家族はお父さんの一人しかいないの。そのお父さんも外科医で家に帰らない日が多くて・・・。だから、単に家で待っててくれる人がいないってだけ」

「ごめん。変なことを聞いちゃったね」

「別に、成田くんは全く悪くないよ。こっちこそなんかごめんね」

 僕たちの間に少し長い沈黙が流れた。窓の外の暗闇をただ眺める彼女に僕はどのような言葉をかければ良いか分からなかった。

 そんな沈黙を破るように彼女は言葉を発した。

「でも、今日は嬉しかった」

「えっ」

 彼女の脈絡のない言葉に僕は少し困惑した。

「久しぶりに浜松に来れたから。私、昔は浜松に住んでたんだ。でも千葉に引っ越してからも良く来てたけど、最近は忙しくていけてなくて・・・。だから、今日は嬉しかった」

「そっか。それは良かった」

彼女はそう言って、軽く微笑む様子を見て僕も思わず笑みをこぼしてしまった。

「それに・・・」

「それに?」

「いや、やっぱりなんでもない」

 彼女は何かを言いかけたが、口ごもると少し照れ恥ずかしそうにしてこういうと唇をかみ、再び窓の外を眺め始めた。

 僕は彼女が何を言いかけたか気になったが、特に深掘りはしなかった。

 この後、ただひたすらに眺める彼女に対して、僕はただ新幹線の天井をみつづけた。特に意味はない。ずっと彼女の方を見るもの気まずいし、眠るには落ちつきが足りなかった。体はすごく疲れているはずなのに、頭は冴えっぱなしだ。きっと、まだ興奮と緊張感が入り混じった奇妙な余韻が抜けていないのであろう。一切目を閉じる素振りすらしない彼女もそんな理由なのだろうか。

 ときたま彼女の横顔を通して見える外の景色にたんだんと都会の喧騒もといビル群の光が目立ちはじめたとき、車掌さんのアナウンスが車内に流れた。

『次は終点、終点。東京、東京。本日も・・・。』

 あっという間に一時間三十分が過ぎると、僕たちはようやく東京駅に戻って来た。帰りの京葉線ホームに向かう間、昼間あれだけいた人の数もだいぶ少なく感じた。すれ違う人は某有名テーマ―パークから帰って来た女子高生かカップルくらいだ。

「思ったよりホームまで長いんだね」

 僕より少し歩幅の狭い彼女は、足取りが悪そうだ。

「僕も足が棒のように固まっている」

 僕は少し誇張してテクテク歩いて、足の疲労をアピールする。

「それって、棒というよりロボットなんだけど」

 苦笑する彼女に、僕はよりロボットらしく歩いて見せると、彼女は今度はクスクスと笑って見せた。

「そんなに僕の芸は面白かった?」

 僕は冗談半分で彼女に尋ねた。

「成田くんって意外に面白いんだね」

 続けてクスクス笑う彼女に僕は不満を投げかける。

「意外って、こう見えても僕は見えてユーモアに溢れた人間なんだけどなぁ」

「本当にユーモアのある人は改まってそういうことは言わないんだよ」

「そうですか、そうですか。猛省します」

「成田くんって、思ったよりも変な人なんだね」

「変な人って」

「なんか、もっと真面目な人かと思ってた」

「変な人ではないけど、真面目な人でもないよ。本当に真面目だったら、ちゃんと受験生をして、勉強しているよ」

「それもそうだね」

 なんだかんだ中身のない会話をしながらも僕たちは京葉線の地下的ホームにたどり着き、ガラガラも車内に足を運ぶ。選び放題な座席に対して、僕たちは端に並んで座った。

「全然、発車しないね」

「この時間だと二十分置きしか電車、出てないからね。あっ、でももうすぐ発車しそう。」

 結局、二人しかいない車両はそのまま発車した。

 発車した列車は、一つ、二つと地下鉄のホームを通過して、地上へ上がって走り続けた。

 地上に上がった列車の窓に広がった景色はポツポツと点々とした光が見えるだけだった。その後、列車が進むごとに車窓から見える景色は暗くなっていき、一面暗闇となった。

 僕は知らなかった。昼間は鮮やかに広がる東京湾が、夜になると全く見えなくなることを。きっと今日、この半日足らずの短い旅をしなければ知らなかっただろう。

 なぜか感傷的な気持ちになってしまう。きっと疲労のせいだろう。

 しばらく流れる景色を目で追っていると、車内アナウンスが入る。

『次は、千葉みなと、千葉みなと・・・』

 車内アナウンスが終わると、彼女はぽつりと呟いた。

「・・・」

「ん、今何か言った?」

「いや、別に・・・」

 気のせいか。

「いや、やっぱり言った」

 彼女はまっすぐ目を見たままだった。

「今日は、その、ありがとう。成田のおかげで火事を未然を防ぐことができたし、誰も怪我をせずにすんだ。」

「でも、さっきも言ったけどそれは佐倉さんのおかげでもあるでしょ」

「そう・・・かもしれない。それでも君がいなかったら助けられなかったかもしれない。私嬉しかったんだ。間接的にでも人を助けることができて。だから、ありがとう。」

「・・・うん」

 僕は素直に彼女の感謝を受け取った。

「私、ここの駅だから」

 彼女はそう言って立ち上がった。

「送っていこうか」

「いいよ、駅からすぐ近くだし」

「そっか、気を付けて」

「うん。おやすみ」

 彼女はそう言って微笑むと開いた電車のドアからホームに移した。電車のドアが閉まるとと誰もいないホームで歩く彼女の後ろ姿は僕の目から遠くになり消え去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る