第3話

 しばらく走って、県庁前駅についた僕らはそのまま千葉モノレールに乗り込んだ。ガラガラのモノレールの中は冷えてきっていて、僕は息を吹き返した。冷房で体力を多少回復させた後、僕は改めて彼女に尋ねた。

「目的地は?」

「浜松。成田くんは」

「同じく」

 彼女はかばんからペットボトルを取り出し、一口、いや二口ほど口に水を含んだ。

「取り合えず、詳細は新幹線の中にでも」

 彼女は手で顔を仰ぎながら僕にそう言った。

「分かった」

 目的地は一緒だった。もしかしたら彼女も・・・。

 景色に都会感が増してくる。県庁前駅から千葉駅まで、五分足らずで到着した。僕はドアが開くというところで席を立つと、佐倉さんが不思議そうに僕に尋ねた。

「どうしたの。急に立ち始めて」

「乗り換え」

「乗り換え?」

「とりあえず行こう」

 佐倉さんは心底不思議そうな表情を浮かべていたけれども、僕は彼女にそう言って、着いてくるよう促した。

 モノレール駅からJR駅構内に移動する道中、時計を見て走る僕を見てなのか、佐倉さんはまだ不思議そうな様子だった。

「あのまま千葉みなと駅に行って、京葉線に乗り換えればよかったんじゃ・・・」

 彼女はきっとモノレールの電光掲示板に掲載されていた路線図「県庁前駅→・・・千葉駅→・・・千葉みなと駅」を見てそう言ったのでだろう。

「確かにそれでも行けるけど、東京駅の京葉線ホームから新幹線ホームまで結構離れてるし」

「じゃあ、総武線?」

「それもいいけど、もっと早く行ける方法がある」

 JR千葉駅の改札前に着き、電光掲示板を確認した。どうやら間に合いそうだ。僕は券売機のボタンをポチポチを押していく。

「えーっと、千葉駅から東京駅・・・」

「えっ、何しているの」

「ちょっと、待って・・・」

 僕は二枚分のチケットを買い、そのうちの一枚を彼女に渡した。

「えっ、何これ。特急?」

「もうすぐ出そうだから、急ごう」

 僕たちは多少の人混みをかき分け、特急列車のホームに降りていった。すると、ちょうど特急列車はホームにやってきたところだった。僕は、僕たちが乗車する十号車の前まで彼女を誘導し、扉が開くと同時に列車へ乗り込んだ。

「2のC・・・」

 僕はチケットに書かれた番号を口ずさみ、自分たちの座る席を探した。席を見つけ、窓側の彼女を通してから僕も席に腰を掛けた。

「こんな特急あったんだね」

「本来は空港と首都圏を結ぶための特急なんだけど、千葉から東京に行くには便利なんだよ」

「何分くらいで東京駅に?」

「三十分くらいだと思う。新幹線口からは遠くないだろうし、十四時三十分の新幹線には乗れると思う」

「分かった。でもそこまで急ぐ必要あった?」

「早いに越したことはないよ」

「それもそうだね」

 僕は彼女の質問にひと通り答えた後、かばんからペットボトルを取り出し、喉を潤す。そして、僕がそのペットボトルをカバンに戻すのを、彼女は横目で確認すると、一呼吸おいて改まって僕に再び尋ねた。

「本題、さっき成田くんが言っていた『夢』の件なんだけど・・・その・・・」

 佐倉さんは聞いてみたはいいものの、その後具体的にどのように僕に聞いたらいいか悩んでいる様子だった。

「僕は昨日、見たことが現実になる夢。おそらく『正夢』を見た。佐倉さんもそうなの?」

 僕はそんな彼女を見て、単刀直入に尋ね返した。彼女がどのように聞いたらいいか悩むのは当然だ。僕が、そして恐らく彼女も経験したであろう出来事はまさに高校三年生が冗談で話す域を超えた非現実的な体験なのだから。だから僕は、単純に僕の聞きたいことをそのまま彼女に尋ねた。

 彼女は僕が言ったこと・尋ねたことを聞いて何かに取りつかれたような恐ろしい表情を浮かべた。彼女もこの正夢を薄々は察していたのだと思う。だけれども実際に自分と同じ奇妙な体験を人が身近に存在した事実を聞いて、そしてその現象が現在進行形で起きていることに薄気味悪さを感じたのだろう。当然だ。僕も彼女が『夢』に反応した際、この暑さとは対照的に肌寒さを感じたくらいなのだから。

「多分、そう。概ね成田くんが言っているその『正夢』を私も見た」

 佐倉さんは僕が尋ねてから再び一呼吸おいて返答した。そして、続けて彼女は僕に尋ねた。

「具体的には今日どんな『夢』を成田くんは見たの?」

 彼女はまさに次に僕が聞きたいことを適格に尋ねてきた。

「夢の中で、僕たちは浜松市の弁天島にいた。そして、しばらく経った時、後ろの建物から煙が上がっていて・・・そこで夢は途切れた」

「私もそう。ほとんど同じ。だけど、なぜ浜松市の弁天島だって分かったの」

 佐倉さんは本当に適格に僕に質問を尋ねてくる。学校の先生に怒られている時のようだ。

「僕は前にたまたま弁天島に来た事があったんだよ。だから確実にそこだとわかったんだ。他にはないような場所だしね」

「確かにそうだね」

 彼女は納得した面持ちだった。

「ということは佐倉さんも」

「うん。私は良くここに来るからちゃんと覚えている」

 彼女は良く弁天島に行くらしい。だが、そう話す彼女が表情が少し芳しくなかったので僕はそれ以上は聞かないでおくことにした。

 それから十数秒経った頃だろうか。彼女は何かを思い出しかのように僕に確認をした。

「そういえば、さっき成田くんは『夢の中で、僕たちは・・・』って言ってたよね」

「う、うん」

 唐突な彼女の確認に対して、僕は事実確認を自分の中でする前に『うん』と答えた。ただ、何度思い出しても彼女も一緒にいた事実には変わりはないのだが。

 同じく、彼女もこめかみに手を当てて何かを思い出しているのか、また考えて混んでいる様子だった。

「多分だけど・・・、私の夢には成田くんはいなかった気がする。」

 佐倉さんは僕ではなく、斜めのしたの地面を見ながらそう言って、まだ何かを言うために感が混んでいる様子だった。

 どうやら僕と佐倉さんの見ていた『夢』の内容は少し違っていたらしい。佐倉さんの夢に僕がいなかったということを聞いて僕はどこか引っ掛かることがあるような気がした。そうだ。

「佐倉さん。じゃあ、佐倉さんが昨日見た夢にも僕はいなかった?」

 佐倉さんは少し考え込んで答えた。

「確か・・・いなかった、いなかったと思う。いや、というより、確かに私は階段が落ちてしまった夢をみて、昨日実際に落ちて成田くんに助けてもらった。でも、夢は、落ちた瞬間で途切れてしまってその後夢の中でどうなってしまったか分からない・・・」

「そっか・・・」

 それから僕たちは少し考え込んで、お互いにそれ以上この夢について確認することはなくなった。

 このことが一体何を意味しているのか僕たちには分からなかった。

 ただ、今はこの後に起こるかもしれない出来事に対して、まず僕たちは対処するしか選択肢はないことを知っていた。だからこれ以上特に何も話すことはなくじわじわと感じる緊張感をただひたすらに感じるしかなかった。

 それから、彼女はこの特急列車の中で移り行く景色を見ていた。列車は、どんどん普通車停車駅を通過していき、江戸川・荒川を超え、窓から東京スカイツリーも見えた。

 窓から見える通過駅のホームには高校生の姿もちらほらと見え始める。中には都内から千葉県内へ帰宅する人もいるだろう。僕はその光景を見て自分がいや、僕たちが置かれた状況がいかに異質なのか痛感させられているような気がした。

 今もまだ窓の外を見続けている彼女は一体この状況をどのように考え、感じているのだろう。そんなこと僕が考えてもどうしようもないのだが、少し気になる。

 僕の彼女の対する印象は、昨日と今日で少し違っている。昨日は、誰にでも優しい、ある種ダブルミーニングで八方美人という印象だったが、今日僕が受けた彼女の印象は、思ったよりも芯のある女の子ということだ。これは恋愛感情とかではなく、単純に彼女のことが気になった。

 こんなとりとめもないこと考えているうちに、列車は地上から地下へ入り、『次は東京、東京。お降りの方はお手荷物の準備してお待ちください』とアナウンスがなった。僕はスマホに映る現在時刻と新幹線の発車時刻を照らし合わせた。

「ホームについたら少し急ごう」

 僕は新幹線のチケットを買う時間を勘案し彼女にそう告げた。

「分かった」

 特急列車が東京駅のホームに着くと、あらかじめドアの前に待機していた僕たちは新幹線ホームを目指した。

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