第3話 ピノキオⅡ
僕は浮かれていた。
嬉しい気持ちにせかされるようにして、走って家に帰っていた。
お母さんに教えてあげなきゃ。今日、面白い女の子と会ったって。
女の子は明るく元気で人懐っこく、『まどろみ図書館』でシショミナライというものをしているそうだ。 将来、メリーという名前のシショのお手伝いができるようになりたいのだと、楽しそうに話してくれた。
女の子は名前をドリーといい、帰り際に、みんなに配ってるからよければと、『読書卵』をくれた。
乳白色のつるりとした楕円形のそれはとても手触りがいい。
お母さんに見せなくちゃ。
そう思ってドアノブに触れたのに、僕はそこで固まってしまった。なぜかはわからないのだけれど、家にいるお母さんの顔が頭に浮かんだ途端に、嬉しい気持ちがすっと消え、正体の分からない不安がぎゅっと胸を締め付けてきたのだ。
僕はそっと卵を服の中に隠した。
そういえば、僕は今日、テストで満点が取れなかったんだったっけ。
お母さんに謝らなきゃ。
ため息を一つついてから、僕は今度こそドアを開けた。
玄関にはお母さんがいつものように立っていて、にっこりと目を細めている。
「おかえりなさい。今日は学校、どうだった? ちゃんとやれた?」
ぎゅっと手を握り締める。今にも泣きそうになりながら、僕はお母さんに頭を下げた。
———————————————————————————————————————
ベットに横たわりながら、布団をかぶって声を押し殺して泣く。
お母さんは何度も僕に、あなたのために言っているのに、なんでわかってくれないの、と悲しそうに言った。
僕がちゃんとできないせいなのに、僕が泣く資格なんてないのに。
後から後から涙があふれて仕方がない。
明日こそは。
泣きつかれてぼうっとした頭で、僕は考える。
明日こそはちゃんとしないと、僕自身のために。
決意新たにして、僕は目をつむった。
その瞬間、ぐんと頭がどこか深いところへ落ちていく感覚がある。
体が重いような、むしろ感覚がぼうと広がっていき重さが消えていくような、そんな、いつもと同じ眠りに落ちる直前の感触。
夢の中でも、僕は泣いていた。
鼻が伸びて伸びて、止められない。
お母さんが悲しそうな顔をして僕の鼻を切り落とす。
これはあなたのために必要なことなの。だってそうでしょう? こんな鼻、あっても困るだけでしょう?
僕は何度も何度も鼻を切り落とされながら、僕のためにありがとう、こんな鼻があっても困るだけだから、迷惑かけてごめんなさい、とお母さんに言い続け、僕がしゃべるたびに鼻はしつこく伸びていこうとする。
足元に転がるたくさんの鼻の切れ端は、まるでウインナーみたいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます