第13話 さくらvsあやね 路上キャットファイト
サクラは一瞬の隙を突き、素早く身を捩らせた。アヤネの力が緩んだ瞬間を見計らい、鋭い爪先で相手の脇腹を抉るように蹴り上げる。アヤネは思わず呻き声を漏らし、バランスを崩して後ろによろけた。
「ふざけんなよ!」
その機会を見逃さなかったサクラは、すぐさま体勢を立て直すと、倒れかけたアヤネの腕を掴んで思い切り地面に引き倒した。コンクリートの上に鈍い音が響く。アヤネの長い黒髪が乱暴に広がり、美しいドレスの裾が大きく捲れ上がった。
「離しなさいよ!汚い手で触らないで!」
激しく罵りながら、アヤネは片脚を持ち上げてサクラの胸元を狙った。ヒールのかかとがサクラの白いブラウスを裂き、肌が覗く。鮮血が一筋走ったものの、サクラは痛みを感じていないように見えた。
「やられるだけで終わると思うなよ!」
サクラは負けじと、今度はアヤネの長い髪を両手で鷲掴みにして引っ張り上げた。艶やかな黒髪が千切れんばかりに引き攣れ、アヤネの端正な顔が歪む。
「痛っ……この野郎!」
痛みに耐えかねたアヤネは必死に抵抗し、サクラの頬を平手打ちする。乾いた音が路地裏に響き渡り、周囲の通行人の視線がさらに集まった。
「よくもやってくれたわね!」
サクラは叩かれた頬を押さえながら、即座に反撃に出た。アヤネの腹部に膝蹴りを叩き込み、そのまま体重をかけて押し潰すように圧迫する。
「ぐっ……この……っ!」
苦悶の表情を浮かべるアヤネを見て、サクラの瞳に暗い愉悦の光が宿る。しかし次の瞬間、アヤネは最後の力を振り絞り、サクラの襟首を掴んで引き寄せた。
「離れなさい!」
「あんただって同じじゃない!」
至近距離で睨み合い、互いの呼吸がかかり合うほどの接近戦。唇が触れ合いそうになる寸前の緊張感の中でも、二人の瞳からは憎悪の炎が消えない。
「もう二度と……あの人には近づかせない!」
「それはこっちの台詞だよ!おまえなんかに渡すか!」
言葉よりも拳と爪で語り合うように、二人の美しき闘いは続いていく。服が破れ、肌が露わになり、観衆の目には妖しい刺激となって映った。それでも二人は止まらない。止まれない理由があった。
サクラの瞳から一瞬だけ憎しみとは違う感情が滲んだ。しかしすぐにそれを振り払うかのように強い意志で拳を握り締め直す。
「こんなことしても意味ないなんて分かってる!だけど止められないんだよ……」
涙混じりになりながら叫ぶ彼女の姿を見る者はなくただ路上へ響く悲鳴だけを残して再び取っ組み合いへと移行していく。その時だった。
突然目の前の人々がどよめく声を上げ始めていることに気付きつつあった。そしてその声量が次第大きくなるにつれ動揺し始めたことも察知しながらもなお喧嘩を続行せざるを得なくなっていった矢先だったところ不意に肩口へ衝撃を受け倒れ込んだ拍子に見下ろされるような格好になってしまうのである
サクラの涙混じりの叫びが夜の路地に響くと同時に、二人は再び地面に吸い込まれるように倒れこんだ。コンクリートの硬い感触が背中に伝わり、砂埃が舞い上がる。
「離せ!」
「お前こそ!」
倒れたままの体勢から互いに覆いかぶさるように揉み合う。アヤネがサクラの肩を掴んで押し返そうとする一方で、サクラはアヤネの太腿に足を絡めて動きを封じようとしている。二人の長身が交錯し、まるで大型の肉食獣が獲物を貪り合うような光景だ。
「こんなところで何してるんだ?」
遠巻きに見ていた通行人の一人が呟く。彼の周囲にもいつの間にか数人の群衆ができており、皆スマホを構えて撮影していた。
「おい、あれモデルのアヤネじゃないか?」
「隣の女もどこかで見たような……」
好奇の視線が集まる中、二人は全く気に留めずに争い続ける。むしろ注目を集めることで興奮しているかのようだった。
サクラがアヤネの腰に馬乗りになり、両手を頸部に伸ばす。「終わりだよ!」叫びながら絞め上げようとした瞬間───
「そこまで!」
突如として割り込んできた男性の大声で、空気が一変した。反射的に二人の動きが止まり、肩越しに声の方角を見ると、制服を着た若い警官が駆け寄ってくるのが見えた。
「喧嘩は止めなさい。公共の場ですよ」
二人は互いに腕を離し、ゆっくりと立ち上がる。しかし依然として憎悪に満ちた視線で睨み合っていた。
「この女が悪いんです!」
「違う!そっちが先に……」
言葉が途切れたのは、別の警官が到着したからだ。大柄な中年警官は穏やかな口調で「ちょっと事情を聞かせてほしい」と言いながら二人の肩に手を置いた。
サクラとアヤネは観念したように肩を落とし、「分かりました」と答える。しかし目配せひとつで了解したように見えず、依然として火花を散らしている。
「続きは署で聞くからね」
警官たちはそれぞれの女性を別方向へ誘導する。二人は渋々従うものの、途中何度も振り返って視線を交わし合い、殺意にも似た憎しみを再確認していた。
サクラとアヤネは警察署の待合室で向かい合って座らされた。両者とも制服警官から事情聴取を受けていたが、その内容はまったく正反対だった。
「私が被害者ですよ!あの女が無理やり襲ってきたんです」サクラは目を潤ませながら訴える。「私は抵抗しただけです」
一方アヤネは冷静沈着に反論していた。「先に手を出したのは向こうです。私は自分の身を守っただけです」
担当警官たちが頭を抱えていると、奥からベテラン刑事と思われる初老の男が現れた。「君たち、ここで解決できないなら裁判沙汰になるぞ」
二人は無言のまま睨み合う。刑事は溜息をつきながら「もう一度現場検証するしかないな」と告げた。
***
夕暮れの公園に戻ると、先程までの騒ぎは嘘のように静かになっていた。ブランコが風に揺れ、ベンチには誰も座っていない。ただ一つ、中央の噴水前には制服警官たちが立ち並んでいるだけだ。
「ここが事件現場ですね」刑事が二人に確認すると、「そうです」「間違いありません」と即答する声が重なった。
「それじゃあ改めて事実関係を整理させてもらうよ」刑事はメモ帳を開き、「まず最初にどちらから仕掛けましたか?」「私です」とサクラが即答する。「なぜですか?」「どうしても許せなくて」
「どんな感情からですか」「怒りとか嫉妬とか……複雑なものです」「具体的にはどのようなことを?」
「相手が私の好きな人の恋人であることが耐えられなかったんです」サクラは吐き捨てるように言った。「あの人は優しくて素敵なのに、どうしてあなたみたいな最低最悪な女と付き合ってるんだって思うだけでムカついてきて……」「それで?」
「だから取り返してやろうと思ったんです!」「なるほど」と刑事は頷くと「でも結果的には失敗でしたよね?」「はい」とサクラは悔しそうに唇を噛んだ。
次にアヤネが尋問を受け始める番になったが、こちらもなかなか弁解できないようだ。「私は何もしていない」「いや、何かしたはずだ」「本当に記憶がないんです!」「本当ですか」「はい」「嘘偽りは許しませんよ」「神に誓います」
このやり取りを見てサクラが吹き出す。「笑ってんじゃないよ!自分がしたことわかってる?」「ふん!お前に言われたくないわ」
こうして互いに非難しあった末に真相が明らかになったときには既に日が落ち始めていた。結局二人とも警察署内の留置所行きとなったのだった……。
# 留置場の炎
留置場の狭い独房内に鉄格子の軋む音が響く。サクラとアヤネは壁を隔てた向かい側の房に入れられていた。鉄格子越しに交わされる視線はすでに火種となっていた。
「ちょっとだけよ……」サクラが呟く。
深夜、看守の巡回が終わった後だった。金属音とともに鉄格子が小さく開かれると、サクラは身を低くして隣の房へ忍び込む。アヤネは驚愕しつつも即座に構える。
「お前……こんなとこまで入ってきていいと思ってんの!?」
「もちろんダメだって分かってるけどさ……」サクラの口元が不敵に笑う。「ここなら邪魔されないでしょ?」
「……いいわ、相手してあげる」アヤネも不敵な笑みを返す。
次の瞬間、二人は飛び掛かるように密室内で絡み合った。硬い床に倒れながらも互いに馬乗りになろうと激しく転がり合う。
「離れろ!」アヤネがサクラの肩を押すが、サクラはその腕を掴んで捻り上げる。「嫌だね!絶対離れない!」
アヤネの長い髪が乱れてサクラの腕に絡む。その髪を引っ張って反撃するアヤネ。
「この程度で勝てると思うな!」サクラは低い声で吼える。
看守が異変に気づいたのか足音が近づく。しかし二人とも構わず続けた。
「お前みたいなクズに負けるわけないでしょ!」アヤネはサクラの喉元を絞める。
「そんな汚い手使って恥ずかしくないの!?」「お前こそ!卑怯者!」
ついに看守が懐中電灯を向けてきた。「おい!そこ!止めろ!」
それでも二人は離れない。むしろ一層激しく取っ組み合う。
「もう我慢できない……」サクラの目が怒りに燃える。「今日こそ決着つけてやる!」
その時、鉄格子が完全に閉められ、二人は引き剥がされた。制服警官が駆けつけ、強引に引き離す。
「これ以上暴れるなら厳罰だぞ!」看守長らしき男が怒鳴る。
ようやく落ち着いた二人は別々の房に押し戻された。しかしその視線は互いを射抜くように鋭く冷たいままだった。
翌朝、二人は留置所の小部屋で再び対面することになる。しかし今回は冷静に対峙していた――表面上は。
「昨夜のお遊びはどうだった?」アヤネが皮肉っぽく言う。
サクラは微笑みを浮かべながらも目は笑っていない。「まだまだこれからじゃない」
次なる決戦は法廷だろうか。それとも再び路上で
動画はこちらhttps://x.com/nabuhero
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