働き盛りの君たちへ

@castellacraftsman1990

第1話 再三再四

下田は焦っていた。


これほどまでに追い込まれたことは、下田の短いサラリーマン生活では初めてであった。




明日は大口の納品日、らしい。らしいというのは今のいままで記憶の片隅にもなかった注文の依頼をお得意様のA社担当者からの電話で聞いたのだ。ここで重要なのはその時点で思い出してもいないということだ。


下田は某県某所に本社置く木材資材を扱う商社の10年目社員である。数週間前、取引先でパルプの注文を受けたとき、急な腹痛に襲われ、内容はまるで頭に入っていなかった。話を早々に切り上げ、行きつけの昼寝用公園にある公衆便所で何とか用を済ませ、そのままお気に入りの定食屋で普段よりスムーズに入店出来た事にラッキーとほくそ笑みながら早目の昼食を摂った。適当に時間を潰しその日は帰社後、発注をかけるという作業に脳のCPUを使用することはなかった。




今日も同じように行きつけの定食屋で早目の昼食を摂る中、得意先A社からの着信が入るが、一旦無視し、食後の一服中にあたかも客先からの様子で折り返しをしたところ、先日の依頼を確認された所である。




話を聞いた瞬間、下田の脳裏には2つの選択肢が示された。一つは全く身に覚えが無いとシラを切る方法。しかし、それは1年前に別の会社に使用し、担当者と揉めに揉めた結果担当を変えられ今の部署に異動したのである。流石に1年ぶり3度目となれば新進気鋭の私立スポーツ校の様な認知度となってしまうため、それは避けたかった。もう一つは思いついた瞬間に忘れてしまっていた。




呆然としながらも予定通りに進んでいると返答したところ、先方の担当者より大変申し訳ない様子で納品量の増加を伝えられたため、恩を着せる様な態度で今回だけすよと言い切った。




下田は職場に帰り、もう全て楽になりたい気持ちに駆られ、上司が喫煙所に行くのを見計い、太々しくももらいタバコを燻らせながらクビを覚悟で先の件を打ち明けた。




だが、上司からは予想に反しておおきな叱責はなかった。


今日の朝、下田は寝坊したことから機転を効かせ、得意先に直行するという暴挙に出たため、参加出来なかった朝礼にて、今月の営業成績報告が行われていた。その中で同僚から下田の進捗が今月は凄まじいと報告されていた。


実は下田、取引先A社に対して自身のノルマ未達を粉飾するために実際注文を受けている同商品の2倍の量を注文していたのである。


怪我の功名、棚からぼたもち、嬉しい誤算、まさにジーザスマイゴッドであった。


架空の発注は奇しくも下田のミスをカバーする形となり、会社に損害を出さずに済む結果となったが、当然発注漏れと架空発注は問題となり、タバコを吸い終わった下田と上司はその足で社内コンプラ委員会への報告に向かうことでその日は定時のゴングを迎えた。




翌月には下田は営業部を外され、「地域交流推進課」へと異動になった。老人ホーム訪問や河川清掃の予定がぎっしり詰まっており、人生で初めて年間スケジュールを記載できる手帳を買った。




異動初日の帰り道、川べりで1人呟く


「あ、今日新台入れ替えだ」


下田の角台確保への道は続く!!!!


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