男女の友情は成立するのかどうか②
目を覚ますと、クマくんのいびきに出迎えられた。
マリモはまだ寝ていて、ヤダちゃんとサナミさんの姿は見えない。起きられたら散歩に行くと言っていたので、出かけているらしい。
僕は着替えて、一人で1kmほど歩き出雲の海を見に行った。
社付きの大岩を中心に、
ヤダちゃんが感じている囁かで、そして確かな幸せ。友達としてとても喜ばしく思うし、一緒に喜べるものではある。
それでもなぜか、潮風は感傷に染みるよう。
「……戻ろっ」
苦い苦い缶コーヒーを飲み干し、いちゃつくカップルを尻目に旅館に戻り、次は海水浴もできる道の駅、きらら多岐に向かった。
念のため水に入れる用意は持ってきたが、時折小雨が降ってきているので、足でつかる程度で遊ぶことにした。
「キャーッッ!」
マリモは楽しそうに波に足を突っ込んでいた。
ズボンの裾を引き上げて波に挑んだら、しぶきが飛んできて一瞬で全身が濡れた。
こんなことなら、きちんと水着を着ておけばよかった。
「キャーッッ!」
再び波が押し寄せてマリモが叫ぶ。
微笑ましく思っていたが、波が引く力が強く、油断をすると足を取られそうだった。
「マリモ、危ないよ」
波にさらわれてしまわないように、僕はマリモの手を取った。
いきなり手を取るのは失礼かとも思ったが、すんなりと左手は結ばれていて、繋がりを感じる。
驚きも拒否もなく、マリモは受け入れているようだった。
僕は仮定の可能性を思い浮かべていた。
もしかしたらずっと、マリモは手をつなぎたかったのかもしれない。
「コウちゃーん! マリモー! こっち向いてー!」
サナミさんに呼ばれて振り向くと、iPhoneを構えたいたずら顔が見えた。そのまま、写真を撮られる。
「いい写真が撮れたよー」
少女のようにはしゃぎながら、サナミさんはLINEのグループに写真をアップした。
そこには、虚を突かれてマヌケ面を晒している僕と、満面の笑みのマリモが写っていた。
僕は、苦し紛れに言った。
「親子みたいだろ?」
「えーそうかなあ?」
サナミさんのにやにや顔に耐え切れず、僕はまた海に戻った。
その後、水木しげる記念館で僕はダウンし、ラーメンを食べて復活したところで、愛知県へと帰ることになった。
クマくんは旅行中にも関わらず、就労先から連絡対応を行っていたため、疲れ切って眠ってしまった。
ということで、僕は帰りの300kmをまた運転することとなった。まあ……いけるけど!
マリモとヤダちゃんも眠っているので、車内で起きているのは僕とサナミさんだけだった。
「さっきの海でのマリモ、すごく嬉しそうだったね」
「だねー。いい思い出を作れたんならいいけど。さっきも親子だって間違えられたしさ」
「いやあ、コウちゃんに見せる笑顔は、父親に見せる笑顔とはちょっと違ってたよ?」
サナミさんの言葉は、返答に困る。
「マリモはまだ小学生だし、そんな感じじゃないんじゃないか?」
サナミさんは、なぜか前に向き直った。僕も視線を正面に移す。みんなを事故に遭わせるわけにはいかない。
「悔しいけど――マリモは小学生でもオンナなんだよ」
思わず溜息をついてしまいたかった。
サナミさんのセリフには、前半にも後半にも爆弾が仕込まれている。
小学生でも、オンナか。
ただ、この一言に対して僕は反論を試みた。
マリモはどうやら、父親との関係があまりよくないということは、きいていた。
そうなると、本来父親から得るはずだった愛情を、他の年上男性に求めているんじゃないかと。
「でもやっぱり、マリモは父親の愛情を求めてるんじゃないかな」
「愛情って、他の物じゃ代替できないんじゃない?」
そう言われると、返す言葉もなかった。
なんてこった。昨日自慢気に披露した自論に、僕は完全に論破されてしまった。
父親の愛情を求めているとしても、それを満たすことができるのは父親だけだ。
そしてもし、マリモが求めている愛情の先というものが父親でない場合、それも代替できない。
昨日のマリモの発言を思い出す。『眼鏡を外すとかっこいいよ』と無邪気に言う顔には、どういった気持ちが入っていたのだろうか。
「これからも、幸せに育っていって欲しいな」
ごまかすように言いながら、サナミさんが落としたもう一つの爆弾には、触れないようにしていた。
悔しいなんて感情を、どうしてマリモ相手に抱く必要があるのか。
その言葉に潜む気持ちの行方だったり、結婚をしたいというサナミさんの焦りを考えると、僕は非常に厄介な立場に身を置かれたのではと、冷や汗が垂れる。
クマくんとサナミさんは、お互いが40歳で独身だったら、もう運命だから結婚をしようなんて、酔った勢いに言っていたことは覚えている。
けれどどうやら、その想いや関係性には進展がなさそうだった。
グループ内の関係性がどうなったとしても、別に何かしらの問題があるわけではない。
痴情のもつれで崩れるほど若くはないし、無関心になれるほど熟しきってもいない。
微妙な空気を残していると、サナミさんは眠ってしまった。
しばらく一人で運転をしていると、ヤダちゃんが目を覚ました。
あくびを手で制しながら、ヤダちゃんは言った。
「マリモと一杯遊んでくれて、コウちゃんありがとね」
「いいよ。楽しい思い出を一杯作ったら、きっとヤダちゃんみたいに楽しい大人になるよ」
ヤダちゃんは愛おし気にマリモの頭を撫でていた。母のぬくもりを感じたのか、マリモは気持ちよさそうに身じろぎをしていた。
「私ね、旦那と同じお墓に入りたいんだ」
「それはすごい覚悟だね」
その家族に対する団結の姿勢には、本当に驚かされる。
話をきいている限り、旦那さんはきっといい人だ。
雪が積もった日にヤダちゃんが仕事に行く前、もう雪かきを終わらせて車もマンションの前にまで持ってきている。
家族に対する思いやりを感じる。
けれど、不満がないわけではないそうだった。
マリモとの関係が悪い理由は、好きな子に対する意地悪をする小学生と、同じような接し方をしているかららしい。
たとえ子供とはいえ、嫌なものは嫌。
そんな当たり前のことも、家族という関係性のフィルターを通して、好き勝手振舞っている部分があるらしい。
「でもさ、旦那すごいんだよ。『独立したのは、ごめんやけど自分がやってみたかったから』って断言してるからね」
「すげえ。旦那さんもすげえけど、それを許すヤダちゃんももっとすげえ」
ヤダちゃんは照れくさそうに笑っていた。
「まあ普通は許さないかもしれないけど、旦那がやりたいことはやって欲しい」
「……僕も、そう言ってくれるような相手が欲しいな」
「コウちゃんだったら大丈夫じゃない? まあでも、それがきっとうちの家族だから、それでいいんだよ」
運転をしているから、僕は後ろのヤダちゃんの顔を見ないようにした。
はにかむように、もしくは誇らしげに、笑っているように感じた。
そして僕は、思い出した。
ああ。
そんな風にまっすぐで肝が据わった人間性に僕は――惚れていたんだな。
もうとっくに忘れていた想いは、改めて掘り起こされた。
けれど、車で追い越していく風景のように、どんどん過ぎ去っていく。
僕に可能性などまるでなく、そしてそれでいいんだと思えた。
旦那や娘と楽しく過ごし、たまに友達と旅行に出かける。
それがきっと、ヤダちゃんの幸せなのだ。
「そういえばさ、コウちゃんはこれからやりたいこととかないの?」
ヤダちゃんにきかれて、少しだけ考えてみたけれど、意外にすんなりと答えは出た。
僕は、決意を込めて言い放った。
「彼女でも作る!」
以上が、男女の友情は成立するのかに関する、考察をするに至った出来事だ。
結論から言ってしまおう。
男女の友情とはもちろん――成立する。
友情という関係性を維持するために、気安い距離感やお互いへの気遣いは必要。そして時に、核心に触れないようなずる賢さも必要。性差の意識し理解しつつ、時に性的な思いも除外するといった心配りも必要だ。
面倒くさいと思われるかもしれないが、でもそれはきっと、誰にとっても同じことだ。
友情は、構築されてからずっと続いていくものじゃない。
時に会い、共に時間を過ごし、言葉や心を交し合わないと、友情なんてすぐに壊れてしまう。
そして、すぐに壊れてしまうそんなものに、価値を感じる。
面倒くさくても、維持していくことが簡単でなくても。
時にごまかし、見なかったことや聴かなかったことにする強かさが必要だとしても。
それでも確かに、価値があり尊いもの。
それがきっと――友情というものなのだから。
男女グループで旅行に行ったら、旅館の部屋が一緒だった 遠藤孝祐 @konsukepsw
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