第29話 神聖魔法の代償

「ラフィニアっ!」


 俺の身体は思考するより早く動いていた。

 ベッドから転がり落ちるように、倒れたラフィニアの傍へ駆け寄る。


 ソフィアさん達は顔を青くしながら、一拍遅れて駆け寄った。


 ラフィニアを抱き起こし、口元に耳を近付ける。

 呼吸音は——ある。だが、弱々しい。


「生きてはいます! でも、呼吸が弱い……」

「まだ扱い切れない神聖魔法を、無理に行使したからでしょう」

「ラフィニアさんをベッドに寝かせましょう。いま回復魔法を——」


 淡々としてはいるが、明らかに焦りの気配が覗くマーシーさんの言葉が途切れる。

 ソフィアさんがマーシーさんの魔法を手で遮ったからだ。


「マーシー、落ち着いて。これはただの魔力切れとは違うわ」 


 すると、わずかに身じろぎしたラフィニアに全員の視線が集まる。 


「良かった……ラフィ、無事か? 意識は——まだ無いか」


 短く息を吐くが、まだ安心はできない。

 ふと見上げるとマーシーさんが、同じように小さく息を吐いていた。


「ではベッドに寝かせましょう。……アシュリーさんも添い寝してあげて下さい」

「そ、添い寝!?」

「姉妹なのですから、普通でしょう?」


 そう言い放つマーシーさんは面白がって言っている風を装ってはいるが、その表情には焦りの色が見えた。

 胸中は穏やかではないはずだ。

 それでもラフィニアを心配して、場を和ませてくれるマーシーさんの気遣いに甘える事にした。


 だが、その前に——マーシーさんがラフィニアの腕を持って肩を支えている。

 俺も同じように肩を貸そうとして、ある違和感を覚えた——。


「ん? あれ……痛くない?」


 全身に纏わりつくような痛みが、まるで最初から無かったかのように身体が軽くなっていた。

 軽く首を傾げたマーシーさんが問いを口にする。


「どうかしましたか?」

「いえ、あの……身体の傷が痛く感じないので変だなぁ、と思ったんです……」


 マーシーさんに答えつつ、ラフィニアをベッドに寝かす。

 そのままベッドの上で腕や足の傷を確かめる。


「え……治ってる? あれだけあった傷が、全部……?」


 包帯を外してみても、その下にあったはずの裂傷や火傷の痕すら綺麗サッパリと消えていた。


「ソフィア様……まさか」

「ええ。不完全とはいえ、あの子は神聖魔法を行使した……」

「これなら、聖女認定されても良いのでは?」

「魔法を使うたびに昏睡状態にさせる危険性がある以上、それは出来ないわ」 


 二人の会話に緊張感が漂う。

 するとソフィアさんが静かに呟いた。


「それにしても、【神の御手マヌゥス・デイ】……。ワタシが知らない魔法……」


 マーシーさんは言葉を返さず、ただ静観している。

 そして、ソフィアさんの視線はベッドで眠るラフィニアへと向けられる。


「ラフィニア……アナタは一体……」


 ソフィアさんの静かな驚愕が、室内に溶けて消えた——。




▽ ▽ ▽




「——どう、ですか?」


 不安の声音が俺の口からこぼれる。 

 薄水色の魔力光が収まり、眠るラフィニアに手をかざしていたマーシーさんは、ゆっくりと息を吐いた。


「眠っているだけのようです……ただ」

「意識の深度が深すぎる——か? マーシー・ハンナワルト」


 外から突如かかった声の方を向くと、ターコイズブルーの髪を揺らしたティミシアさんの姿があった。


「……はい。普通の睡眠と変わらないはずなのに、意識反応だけが弱いのです……」

「ふむ……。ソフィアに心当たりは?」

「残念ながら……。ラフィニアが、ワタシの知らない神聖魔法を行使した理由すら分かっていないのよ……」 

「であれば——」


 と、ティミシアさんの視線が俺を捉える。


「アシュリーにしか、ラフィニアを呼び戻せんかもしれんな」


 賢者の一言に全員が目を丸くしている。

 と、沈黙を保っていたアシュタロトが小さく呟く。


『魂の契約——じゃな』

「ほう? 妙な魔力反応には気付いていたが、アシュタロトの意識が表層に出ていたのか」

『喰えん奴じゃの、エルフのというのは……』


 アシュタロトの言葉にマーシーさんと俺だけが驚きを隠せなかった。


「え? ティミシアさんって、エルフの王女さまっ!?」

「昔の話だよ。今は家出をした、ただの魔法学院の学院長さまだ」

「初耳です……。わたくしにくらい教えて頂いても……」


 マーシーさんが珍しくジトっとした目つきをティミシアさんに向けている。

 

 すると、やや緩み始めた空気をアシュタロトの言葉が引き締めた。


『——ラフィを救うなら、あまり悠長に話している暇はないぞ?』


 ティミシアさんの目がすがめられ、再び緊張の糸が張り詰める。


「……どういう事だね?」

『聖女の意識が深く沈み続けておると、世界がそれを””しようとするやも知れん』

「それは、神々の意思か?」

『そうとも言える……いずれにせよ、今ラフィを失ってはならん』


 その言葉に俺の背筋が寒くなる。

 ラフィニアを失う。それがどんなに恐ろしく、胸を抉ることなのかを俺は嫌というほど理解している。


 すると、胸の奥で鼓動が一つ刻まれた。それは穏やかな波動となって全身を走る。

 わずかに気配の揺らいだアシュタロトが『時間じゃ……』と、少しだけ遠のいた声で語った。


『ふむ。あとは任せるぞ、アシュリー。……無事、ラフィを救ってみせよ』


 そう言った悪魔の気配は、空気に溶けるように霧散した。



 

 ——短い沈黙が流れる。それをティミシアさんの「さて……」と小さく呟く音が終わらせた。


「では、ラフィニアを目覚めさせるとしようか……」


 そう言ったターコイズブルーの瞳がソフィアさんを見据える。

 

「ソフィア。アシュリーとラフィニアの繋がり魂の契約を強めてくれ。出来るだろう?」

「……ええ。歴代最強の聖女の名にかけて……」

「くくっ、珍しく熱くなってるじゃないか」


 ソフィアさんは眠るラフィニアの傍に立ち、ティミシアさんは灰色のローブを脱ぎ捨てる。

 そしてマーシーさんを一瞥した。


「マーシー、この部屋に隠蔽魔法だ。元・なら可能だろう?」

「…………了解しました」

「アシュリーはラフィニアと手を繋いで横になれ。キミを彼女の元まで導いてやる」


 ティミシアさんの「勇者候補」という単語に引っかかりを覚えるが、今はラフィニアが優先だ。

 静かに頷き、ラフィニアに寄り添って目を閉じる。

 決して離さないように、手を固く握った。

 

「封印悪魔が、未来の聖女を救うとは……これだから人生は面白い」


 ティミシアさんの呟きを最後に、俺の意識は光の奔流へと飲まれていった——。

 

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