第12話 今日から姉妹です。
俺が聖都サンクトゥスで目を覚ました翌日――。
ソフィアさんの指示と下準備もあって、俺とラフィニアは修道院に放り込まれていた。
とはいえ、服装もようやくまともになり、今では黒と白の質素な修道服に袖を通している。
まだ納得してないが、ラフィニアとは”ルームメイト”になっていた。
ソフィアさん曰く—―
『事情を知ってるラフィニアといた方が、何かと安心出来るでしょう? それにアナタたちは今日から姉妹なのよ、アシュリー?』
と、ニヤニヤとした顔で押し切られてしまった。
そんな修道院内の自室でのひと時。
広くはない石造りの室内。その二段ベッドの上にラフィニア。下にアシュリーこと俺が寝る事になった。
「ねぇ! アシュ、じゃなくてアシュリーちゃん!
「お前、なんでそんな元気なんだよ……。っていうかタマラさん、現役のシスターじゃなかったっけ?」
「タマラ姉はお仕事のこと、全然話してくれないんだもん!」
「ふ~ん。あとさ、せめて二人の時は”アシュリーちゃん”は止めてくれ……。なんか背中がムズムズするんだよ……」
「え~!? 可愛いのに~」
ぷぅと頬を膨らませたラフィニアがベッドに掛かる梯子を降りてくると、そのまま俺の隣へと腰を下ろした。
「私たち、とうとう家族だよ?」
「んまぁ、書類上はな……。しかも家名まで付いちゃったなぁ」
「そうだねぇ……」
(まぁラフィと家族なら、悪くない)
どちらともなく、俺たちは窓の外に広がる青空を眺めた――。
――それは昨晩の事。
月が昇り、星が瞬きだした頃。
俺が目を覚ました部屋で、ひとり物思いに耽っていた時だった。
「アシュ? 起きてる?」
ラフィニアの控えめな声とノックが響いた。
なぜかソフィアさんも一緒だ。
二人とも寝間着姿だ。俺と違ってフリルの少ない落ち着いたデザインな事に文句を言いたくなったが、二人の真剣な表情にその言葉は飲み込んだ。
二人がソファに座り手招きをする。
しぶしぶ対面に座った俺にソフィアさんが口を開く。
「アナタにピッタリの教師を付けてあげる。スパルタだけど、優秀な子よ?」
「はい? 教師って?」
「昼間に言ってたでしょう? 淑女教育よ」
「えぇ……。あれって本気だったんですか!?」
いつの間にか真剣な表情は崩れ、ソフィアさんの顔には悪戯心が透けて見える。
その後、ラフィニアも交えた会話は俺を置き去りにしつつ盛り上がり、話題はこれからの聖都での”生活”へと移っていった。
「—―いずれにせよ。聖都にいる以上、いつまでも『アシュ』呼びは都合が悪いわ」
「え~? 『アシュ』って名前、可愛くないですか?」
「愛称だってすぐに分かるでしょう? 本名を聞かれた時に都合が悪いの。あとは、二人とも家名がいるわね」
「家名? 今まで家名が無くて困ったことは無いですよ?」
ラフィニアの素朴な疑問に、ソフィアさんは頬に手を添えて思案している。
少しの時が過ぎ、小さく息を吐いた聖女様は口を開いた。
「まず、聖都では貴族文化がまだ根強い。そして、次期聖女たるラフィニアが『家名無しの平民』だと知れれば無用な争いを生むわ」
「なぁソフィアさん。ラフィニアに家名が必要なのは何となく分かったけど、それって俺にも必要?」
「アナタ達の戸籍登録の際に、姉妹として登録したの。ラフィニアも『それで、お願いします!』って乗り気だったし……」
そう言ったソフィアさんは、真新しい羊皮紙を二枚取り出すとローテーブルへと広げた。
そこには—―
『ラフィニア・フィリウス
年齢:16 性別:女
職業:修道女見習い』
—―と書かれていた。
というか、ラフィニアの家名は「フィリウス」になったのか。
そしてもう一枚には—―
『アシュリー・フィリウス
年齢:15 性別:女
職業:無職』
「あの~、なんで俺が妹なんですかっ!?」
「ラフィニアの希望だもの」
「お前は何でそんな事願ったの!?」
「え? えへへへ、実は妹が欲しかったの♪」
俺は力なく床に崩れ落ちてしまった。
▽ ▽ ▽
—―修道院へと引っ越しをした翌日の早朝。
この朝から俺とラフィニアの、
純白に輝く、石造りの重厚な大聖堂——。
多数の尖塔が立ち並び、その頂点には光を象徴する造形が施されている。
世界の色、全てを内包したかのようなステンドグラスが瞬く礼拝堂——。
その神聖な場に、十数人のシスターが膝をついて祈りを捧げていた。
俺とラフィニアもその列にちゃっかり入っている。
——朝の礼拝が終わるや否や、俺はさっそく教育係の修道女たちに囲まれていた。
「背筋を伸ばしなさい!」
「言葉遣いが乱れています!」
「その笑い方! 淑女らしく!」
「痛っててててっ! ちょ、耳は引っ張るなって!」
修道女たちに小突かれ引き回される。
その様子を傍で見ていたラフィニアは、目を細めて苦笑するばかりだった。
「アシュリーちゃん、なんだかんだで似合ってるかも……」
「おいラフィ! 助けろ! このままじゃ先に尊厳が死ぬ!」
「尊厳より礼儀作法です!」
「それにまた言葉遣いが乱れています!」
すかさず修道女の手がピシャリと俺の頭を叩いた。
すると突然、騒がしかった修道女たちが一斉に静まり返った。
全員が通路の端で整列し、楚々としたシスター顔をしている。
叩かれた頭を押さえていた俺が顔を上げると、石床をカツカツと叩く靴の音が近付いてくる。
視線の先——この場所では不自然な侍女服に身を包んだ女性が俺を見据えていた。
鋭さを感じる藍色の瞳がまったくブレることなく俺を見ていた。
紺色の髪はハイシニヨンで纏められ、髪型からも厳格な雰囲気を漂わせている。
と、目の前で立ち止まった長身の女性は俺を見下ろし、静かにアルトボイスを響かせた。
「アシュリーさん、姿勢が悪いわ。胸を張って。修道女たるもの天に恥じない態度を心掛けなさい」
「は、はい!」
少し見上げるような身長差のせいもあって、その圧につい従順になってしまう。
だが侍女さんに知り合いなどいない俺は、つい首を傾げてしまう。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。大聖女ソフィア様からアナタの教育を任されました—―」
その能面のような無表情にわずかな笑みが浮かぶ。
素人目に見ても綺麗だと感じるカーテシーを披露した彼女は、再び口を開いた。
「マーシー・ハンナワルト、と申します。以後お見知りおきを、アシュリー・フィリウスさん?」
なぜかマーシーさんの視線が刺さるように鋭い。
冷や汗が落ち、自然と背筋が伸びてしまう。
緊張した視線が、ついマーシーさんの服装へと焦点を合わせる。
「わたくしの服装が気になりますか?」
「あ、いえ! そんな事は……あります」
「アナタには説明してませんでしたね。わたくしはソフィア様付きの侍女長と、ここの修道院長も兼任しております。もっとも、ソフィア様のお世話がわたくしの最優先事項ですが……」
「あ、あははっ……。凄いんですねぇ~」
つい乾いた笑いが漏れる。
なにせマーシーさんの言葉の端々に、ソフィアさんへの絶対的な忠誠心が見え隠れしていたからだ。
と、マーシーさんの藍色の瞳に宿る光がわずかに増した。
「どうやら聞いていた以上にやんちゃな子のようですね。これは”帝国式”の淑女教育の方がアナタには合っているかも知れませんね……」
「帝国……?」
ふと首を傾げた俺の背後で「まあ、恐ろしい」「ハンナワルト様が本気の目をされてますわ」「あの教育法を受けて、あの子は無事なのかしら?」等など、不穏な言葉が飛び交っていた。
「わたくしは帝国出身のもと軍人です。今はこの意思、魂、肉のひと欠片までソフィア様にお捧げしています」
マーシーさんは、やはり狂信者の類のようだ。
天を仰ぐような仕草をやめ、「こほん!」と咳払いをした彼女は話を再開する。
にこやかなハズの表情が、どこか恐怖を誘うのはなぜだろう……。
「アナタの教育は明日から始めます。三日もあればアナタを立派な淑女にしてみせますよ」
「え? 今日からじゃないんですか?」
「実は、今から聖騎士団の駐屯所に赴く雑事があります。あぁ、せっかくです。アナタとラフィニアさんも一緒に行きましょうか」
「聖騎士? なんでそんな所に?」
俺の言葉遣いにマーシーさんの視線が刺さる。
「ど、どうして、そんな所に行かれるのですか……?」
「ふぅ、まあ今は良しとしましょう。聖都の修道院と、聖騎士団はお互いに助け合って来た歴史があるのです。今も頻繁に交流があるのですよ」
「じゃあ私とアシュリーちゃんはお出かけですか?」
と、いつの間にか隣に並んだラフィニアが質問を投げかけている。
「はい。教育はまだまだこれからですし、聖都に来たばかりのアナタ達には街を見て回る機会があっても良いでしょう」
「やった! アシュ、街見て回れるんだって!」
「お、おい! ラフィそんなにはしゃいだら……あれ?」
軽く飛び跳ねるくらいに喜びを爆発させているラフィニアを、マーシーさんは優しく見つめている。
「ラフィに甘くない? 俺、嫌われてんのかな……?」
「”俺”とか言ってる限りは、今の扱いのままですよ。アシュリーさん?」
「すいませんでしたぁー!」
髪を振り乱しながら一瞬で頭を下げた。
(マーシーさん地獄耳かよ……)
ともあれ、俺とラフィニアはマーシーさんと共に聖騎士の駐屯所へと向かう事になった。
——この数日後。
俺は再び修道女たちに袋叩き—―という名の教育を受けるはめになったのは、また別の話—―。
「うわーん! ラフィ! みんなが虐めてくるんだよぉ~!」
「よしよし、アシュは頑張りました。いい子いい子」
俺の中で、何か大事なものがポッキリと折れた気がしないでもなかった――――。
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