第13話 白亜の駐屯所

 俺とラフィニアはマーシーさん引率のもと、聖騎士団の駐屯所へと向かっている。

 

 聖都サンクトゥスに整然と広がる石畳。

 その道に響くのは、修道院の鐘と街の喧騒—―そして俺のため息だった。


「なんで俺がこんな荷物運びを……」


 両腕いっぱいに抱えた木箱。

 中身は修道院で作られた薬草と施療用の油らしい。

 マーシーさんに「アナタの礼儀作法の訓練も兼ねていますよ」と言われた時点で嫌な予感はしていたが……。


 案の定、訓練の内容は“聖騎士団への届け物”だった。


「アシュリーちゃん、頑張って!」

「お前はなんでそんなに元気なんだよ、ラフィニア……。この荷物、地味に重いんだぞ!」

「えへへっ、これも訓練だよ」

「礼儀作法の訓練に筋トレが入ってるのか……?」


 ソフィアさんが言うには、今の俺は普通の女子と変わらない体力らしい。


「そんな俺に力仕事かよ!」

「次、その言葉遣いを繰り返せば荷物の量が増えますよ、アシュリーさん?」

「はい。お—―が間違ってました……」

「よろしい。その調子でまずは一人称を改めなさい」

「ふふふっ、アシュもマーシーさんには逆らえないのかな~?」

「ぐぬぬぬ……」


 俺の顔を覗き込むような恰好で微笑むラフィニアは楽しそうに聖都の街を歩いている。

 

 陽光を受けて金色に光る長い髪は、キラキラと靡いていた。

 アメジスト色の瞳は、目に映るモノ全てに興味があるように輝いている。

 

 まるで、光を纏ったかのような笑顔のラフィニア。すれ違うほとんどの人が、彼女へと振り返っている。

 俺の方はといえば、修道服の裾を踏まないように、かつ荷物を落とさないように気を付けるので精一杯である。


(絵面だけなら女子三人での散歩だ。……俺、男の頃の感覚がどんどん崩壊していってないか……?)


 マーシーさんの訓練のせいなのか、修道女たちの熱血指導によるものなのか、俺は背筋が寒くなるほど自己同一性の危機を感じていた。




 その後、三人でしばらく街を散策しながら歩き続けた。

 とはいえ俺は荷物を両手いっぱいに抱えている以上、楽しむ余裕すらほとんど無かったが。


 そうこうしている内に、白い石壁に囲まれた大きな建物が見えてくる。

 石造りのアーチ門の上には剣と翼を模した紋章――聖騎士団の象徴シンボルが掲げられている。

 武装した兵士が二人、門番をしている。


「すげぇ……本物の騎士だ……」

「アシュリーちゃん、マーシーさん睨んでるよ?」

「……おっと」


 つい興奮してしまい、慌てて咳払いで誤魔化しておく。

 荷物を地面に置き、修道服の裾を整える。

 できるだけ“シスターっぽい清楚な笑み”を浮かべてみる。


(ここは我慢だ……。今ならちゃんと自然に笑えてるハズだ!)


 マーシーさんから飛んでくる、突き刺さるような視線が逸れる。

 どうやら俺は生き延びたらしい……。



▽ ▽ ▽


 

 マーシーさんから渡された書簡を門兵に見せると、あっさり通してもらえた。


 中に足を踏み入れると、そこは想像していた以上に整然とした空気感に包まれている。

 広い訓練場では、数十人の騎士たちが剣を交え、木剣が打ち合わさる音が乾いた響きを立てていた。


 先日の廃教会での戦闘を除けば、戦闘経験など皆無の俺ですら目を奪われた。

 無駄のない動き、鋭い踏み込み、呼吸の合わせ方――。

 剣術が何たるかをこの一瞬で体感したような、そんな高揚感に満ちている。


「アシュ? どうしたの顔赤いよ?」

「べ、別に……。いや、ちょっと格好いいなぁと思って」

「誰か気になる人でもいるの?」

「違う! 俺はそんな趣味は—―」

「アシュリーさん……これは大きな減点ですよ」

「あ!? ご、ごめんなさぃ……」


 ラフィニアがため息と共に苦笑を漏らす。

 マーシーさんは相変わらず涼し気な顔でこちら観察している。


 —―その瞬間、訓練場の奥から視線を感じた。

 まるで切っ先を突き付けられるような研ぎ澄まされた気配が、こちらを射抜く。

 俺は反射的に身構え、ラフィニアを庇うように前に出る。


(視線の出所は……あの男か。力が封印されててもラフィくらいは守ってやる!)


 視線の主がゆっくりと歩み寄ってくる。

 灰色の短髪、鋭さの奥に穏やかな気配の混ざる青い瞳。

 

 剣を鞘に納めた青年が、鎧の音を鳴らしながらこちらへと歩み寄る。 


 名前すら知らない人物だが、その立ち姿だけで只者ではないと直感した。

 すると、マーシーさんが俺の前へと歩を進め、青年へと言葉を投げかけた。


「第一小隊、隊長のグレイン・アルマン様。今日は兼ねてよりお約束していた施療用の薬と油をお届けに参りました」

「父から伺っております。それにしてもマーシー殿が自ら出向かれるとは、恐縮です」


 マーシーさんがカーテシーを披露し、グレインと呼ばれた青年の柔らかな声が響いいた。

 その声音には不思議な安心感があり、同時に何とも言えない緊張を呼び覚ます。


「アシュリーさん。お届け物をお渡しして下さる?」

「あ、は、はい! こちらが薬と油です……」 


 グレインさんに荷物を手渡し、俺とラフィニアは慌てて頭を下げた。


「ありがとう。そちらの薬師長には後日、俺から感謝を伝えておくよ」


 と、グレインさんの視線が俺を見据えて止まった。

 澄んだ空のような青い瞳が、心すら見透かすようにこちらを射抜いている。


(な、なんだこの圧みたいなの……。見られてるだけで緊張する……?)


「君は気配に鋭敏な感覚を持ってそうだ……何か訓練を?」

「い、いえ! そ、そんな大したものじゃ……」


 思わず出した声が裏返ってしまい、顔が赤くなる。

 俺の隣でラフィニアがくすくすと笑っていた。


「ふふっ、アシュリーちゃん、顔が真っ赤だよ~?」

「う、うるさい……!」

「ははっ、二人は仲が良いんだね」


 グレインさんがわずかに微笑む。


 だが次の瞬間—―彼の視線が俺の首に施された封印の首輪に止まった。

 鋭い眼光が一瞬だけ灯り、空気がわずかに張り詰める。


「……その首飾り、”魔法研”の管理印があるようだけど……」

「え? あ、あの、これは――」


 言葉に詰まったその時、マーシーさんが一歩前に出る。


「彼女は”要観察修道女”として一時的に預かっております。詳しい事情は以前送らせて頂いた書簡に記されておりますので」

「……なるほど。そういうことか」


 グレインさんの表情が一気に和らぐ。

 だが、その表情の奥に「何かに気付いた」ような納得する気配が一瞬よぎった。


(やばい……この人怖い。剣とか関係なく、色々と見透かしてくるタイプだ……)


 俺は得体のしれない感情に、ぶるりと身を震わせる。


 マーシーさんが淡々と荷物引き渡しの手続きを進めていると、ラフィニアが傍に歩み寄り、小声で囁いた。


「ねぇアシュ。あの人、優しそうなのに……なんか怖いね」

「ああ……。本当に強い人って、ああいう感じの空気感なのかもな」


 そのとき、訓練場の奥から白髪の騎士が歩いてくる。

 紺色の瞳がグレインさんを一瞥した後、ラフィニアを見据えて目尻を下げた。


「おぅ、ルース村の嬢ちゃんか」

「あ、ドノバンさん。先日はお世話になりました!」


 ラフィニアは”ドノバン”と呼んだ初老の騎士に頭を下げる。


「あぁ、良いってことよ。ラフィニアちゃん、だっけか? あの聖女様に付いてくの大変だと思うが、頑張れよ」

「は、はい! 頑張ります!」


 背筋を伸ばすラフィニアを見て頷いたドノバンさんは、グレインさんへと向き直ると小さく息を吐いた。


「グレイン……相変わらず圧が駄々洩れだぞ? 嬢ちゃんたちを怖がらせてどうする?」

「父上……申し訳ありません」


 素直に謝罪するグレインさんが俺たちへと視線を移すと、深々と頭を下げた。


「俺の未熟さで、君たちを怖がらせてしまったようだ……。本当にすまない!」


 灰色の髪が目の前で揺れる。

 と、ドノバンさんの視線が俺へと注がれた。その視線は首に嵌まった封印具にも向いている。


「そうか……お前さんか……。修道女の真似事か? 何しに来た?」

「えっ、あ、あの……」

「父上、彼女たちは届け物をしてくれただけです」


 グレインさんがさりげなく庇うように、ドノバンさんとの間に割って入った。

 その大きな背に、俺は不思議と安堵していた。


「届け物、ねぇ……」


 剣聖の圧のこもった呟きが、訓練場の空気を重苦しく変化させる。

 —―と、書類の手続きが終わったマーシーさんが静かに口を開いた。


「剣聖・ドノバン様。教会の管理下にある彼女の素性に関して、許可なく詮索する事は許されませんが」

「……相変わらず抜け目のない院長兼、侍女長さんだな、マーシー殿?」

「恐縮です」


 マーシーさんが頭を下げると、ドノバンさんは白髪を後ろに撫で、踵を返した。


「グレイン。次の模擬線はお前も参加しろ」 

「はい、了解しました」

「嬢ちゃんたち……お使い、感謝する」


 それだけ言い残したドノバンさんは、さっさと訓練場に帰っていった。


 張り詰めていた空気が、一気にほどける。


「はぁぁ~……死ぬかと思ったぁ」


 俺がもらした特大のため息に、ラフィニアがクスっと笑った。

 いつもは無表情のマーシーさんは呆れ顔を浮かべている。


「アシュリーさん。あなたは妙に危なっかしい所がありますね……」

「俺――じゃなくって! ”わたし”もそう思います」

「ふふっ、アシュリーちゃんの慌てた顔、可愛かったなぁ~♪」

「んなっ!? おい、ラフィ!」

「アシュリーさん、またも減点ですよ」

「ぐっ、ぐぬぬ……。申し訳、ありません」


 そんなやりとりをしながら、俺たちは白亜の駐屯所を後にした。

 

 去り際にふと振り返ると、グレインさんの青い瞳と視線が交差する。


(え? なんで、また睨まれてんの……?)


 彼の視線に気付いたのは、どうやら俺だけだった—―。

 

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