1章 聖国編~聖女覚醒~

1章・前編

第11話 聖都にて

――アシュ視点――



 ラフィニアと誰かの会話が深く沈んだ俺の意識を、わずかに浮上させる。


「アシュ、怒りませんか? こんなヒラヒラな格好……」

「あら? 彼女の元々着ていたのと、そう変わらないでしょう?」 


 なぜか目を覚ますと嫌なことが起こる……そんな予感がしていた。


「それに、ふふっ♪ この子が良く似合うと思わない?」

「あはは! アシュってが似合いますよね!」


 二人の会話内容が、俺の予感を肯定している気がするんだが……?



▽ ▽ ▽



 瞼の裏に白い光が滲む。

 ゆっくりと開いた目に映ったのは——廃教会での目覚めとは違い、美しく整った白い内装の天井だった。

 背を支える感触も、石床の固さとは無縁の暖かなものだ。


 首をゆっくりと横に向ける。そこには、よく知る金色の綺麗な髪。

 内装に調和した白基調のソファに座り、アメジスト色の瞳を細めて会話を楽しんでいる姿が目に入る。


 ふとコチラに気付いたラフィニアと視線が交差した。


「アシュ! やっと起きたっ!」

「ん……ラフィニア、無事か。……村はどうなった?」

「うん、私は平気! 村もそれなりに被害はあったけど皆は避難してたし、大丈夫そうだったよ。アシュのお陰だね……ありがとう」


 駆け寄るラフィニアが俺の手を握る。

 少し目頭が熱くなるが、それは彼女も同じのようだ……。


「そっか……。そりゃ良かった。で? ここ、どこだ?」

「エレレート聖国の首都”サンクトゥス”。そこにあるワタシの屋敷よ」


 ラフィニアではない、誰かの声が答えを返してくる。

 声のした方向を見やる。プラチナブロンドの髪と金の瞳を持つ女性がソファに深々と座り、ティーカップ片手に俺を見据えていた。


 純白に金の刺繍が飾られた品の良いドレス。

 一目見るだけで身分の高さが窺える振る舞いの女性。

 彼女はカップをソーサーに置くと、凛とした声音で語りかける。


「自分の事より、他者の心配が先ですか。ラフィニアに聞いていた通り……やはり変わった悪魔ね、アシュタロト?」


 俺を”アシュタロト”と呼ぶ声の主をしっかりと見据える。


 初めて会うはずの人物だ。でも、俺はこの人を知っている。

 アシュタロトが戦っている時――アイツの意識の底で眠る俺は、彼女の面影を見ていた。


「聖女ソフィア・エレレート……さん、ですか?」

「ソフィアで結構よ」


 再びソーサーとカップを手に持ったソフィアさんは「アナタも飲む?」と小首を傾げてくる。


 お茶を飲むかどうかはさて置き、会話をしやすいようにと身体を起こす。


 すると、何となく自分の姿に違和感を覚えた。

 

(あれ……俺って黒い服着てなかったっけ?)


 だというのに……今の俺は、純白のフリルたっぷりのワンピース型の寝間着――いわゆる”ネグリジェ”なるモノを着させられていた……。


「――ちょっ!? 何で俺、こんな恥ずかしい格好してんの!?」

「でもアシュ可愛いよ?」

「ワタシのお下がりだけど、サイズも合って安心ね、ふふ♪」

「こ、これはアンタの仕業かっ! せめてもう少し露出の少ないヤツは無かったのかよっ!?」


 そう、このネグリジェ……丈が短い。

 ややもすれば太腿ふとももの付け根まで見えてしまいそうだ。

 

「すまんラフィニア。もう一回寝させてくれ……俺は、色々大事なモノを失った気がするんだ……」

「ダメだよ! 私だって色々と聞きたい事あるんだからっ!」


 布団に包まってふて寝しようとした俺の肩を、ラフィニアがガッチリとホールドして離してくれない。

 せめてもの抵抗にと、口を尖らせた不満顔で訴えかける。


 するとラフィニアは神妙な面持ちで「ねぇアシュ……」と問いかける。


「……眠る前に言ってた『もう一人の我』ってどういう事なの?」

「…………」


 彼女の突然の質問に、俺は黙るしかなかった。


 そこへ、ソフィアさんが訳知り顔で話を続けてくれる。


「アシュタロトの中に二つの魂が共存しているのよ」

「……え?」

「知ってた……んですか?」 


 ついタメ口をききそうになるが、寸でのところで留まった。

 ソフィアさんは「普通に喋っていいわよ?」と苦笑しながら続きを語った。


「私の母――先代の聖女アリアの封印術式に刻まれていたの。アシュタロトと別の魂を融合させる術式をね」

「それって、何のために?」

「それは……今は言えないわ。ただ、母様はアナタを救おうとした—―それだけは事実よ」 


 過去を思い出すように、目を優しく細めたソフィアさんはティーカップを傾けている。

 すると沈黙を保っていたラフィニアが口を開いた。


「”別の魂”……? じゃあ今のアシュは別人なの?」

「アシュタロトとこの子の魂は融合しつつある。別人ではなく、二つの人格が共存しているのよ」

「……そうなんですね」


 ラフィニアは真っすぐな視線をこちらに向けている。

 だが俺の思考は、ソフィアさんが言い放った言葉の意味に囚われる。


(魂が、融合……? じゃあいずれ”俺”という存在は消えるのか……?)


 言いようのない不安が胸中を渦巻いていた。



▽ ▽ ▽



 自身の存在消滅の可能性。それが胸に深い影を落とした。


 だが、ラフィニアのまっすぐに向けられる視線に、俺は真実を口にすることを決意する。

 深く吸った息を整え、口を開いた。 


「――俺は別の世界から転生して、気が付けばこの身体だったんだ……」

「もしかして、急に雰囲気が変わった時かな?」

「あぁ、多分な……。それと前世では”男”だった」

「アシュが”俺”って言ってた理由はそれなんだね。でも……」


 ラフィニアは柔らかく笑み、俺の手を優しく握る。


「アシュはね……やっぱりアシュのままだよ?」


 彼女の素直な感情に、少しの気恥ずかしさを感じる。

 それを誤魔化すように、つい軽口で返してしまう。


「もと男なのに、今はこんな可愛い格好させられてるけどな」

「あはは! 可愛いよね、その寝間着ネグリジェ。私も欲しいなぁ……」

「じゃあ、近いうちに商業区に出ましょうか?」


 と、なぜかソフィアさんまで悪ノリしてくる。


「良いんですか? 修道院に缶詰にされるかと不安だったので嬉しいです!」

「まとめて何着か買いましょう。もちろんアシュの分もね」

「ちょっとぉ!? 何でちゃっかり俺の分まで買おうとしてんのっ?」

「「可愛いから?」」

「妙なところだけハモるなよ……」


 女性二人の買い物談義は止まらない。それどころか話の熱はますます加速していく。

 蚊帳の外となった俺は、気になっている事を口にした。


「あの……二人とも。俺の重大発表への反応薄くない?」

「そう? アシュの言いたいことは分かったよ?」

「でも、もと男なんだし……」


 すると俺と繋いでいたラフィニアの手に力が入る。


「正直ね……アシュが誰でも関係ないよ。私は、アシュが好きなんだから」

「黙ってたこと……怒らないのか?」


 ふるふると首を横に振って「怒らないよ」とラフィニアは静かに笑った。


「でもね、これからはちょっとくらい女の子らしくしよ? アシュ可愛いんだし!」

「え? あ、いや、ちょっと待っ――――」

「ラフィニアの言う通りね。じゃあアナタには淑女教育でも受けて貰おうかしら?」

「ちょい! さっきから俺の発言権は!?」

「無い!」「無いわね」

「……さっきからお前ら、実はグルなんじゃないだろうな!?」


 こうして、今回の一大決心は肩透かし状態で幕を閉じた……。



▽ ▽ ▽



 その後も着替えをくれない二人のせいで、俺は寝間着ネグリジェ姿のまま、もじもじとしながらソファに座らされていた。

 対面に座るソフィアさんが微妙に笑いながら話を続ける。


「じゃあ明日から、二人には大聖堂にある修道院で暮らしてもらうわ」

「だからラフィニアが修道服を着てたのか……」

「うん。アシュも同じの用意してあるって」


 頭に被るウィンプルこそ無いが、ラフィニアは黒と白を基調とした修道服姿だった。

 というか、このフリフリ寝間着より修道服のがいくらかマシだったのだが……。


「でも俺って悪魔なハズでは? 流石に修道院はマズくないですか?」

「そう思うなら、その事は黙っておきなさい。それと――」


 一旦話を区切ったソフィアさんは腕を組んでジッとコチラを見つめている。

 その表情は妙に険しい。


「修道院では間違っても”俺”とは口にしないように! これは言ってるのよ?」

「…………え?」

「それと、ラフィニア。アナタには彼女のサポートを任せるわ」

「はい! お任せください!」


 無駄に元気よく返事するラフィニアの表情はなぜか嬉しそうだ。

 そして俺へと向き直ると、勢いよく手を取った。


「じゃあアシュ。ううん、! 明日から……」

「明日? というか……ちょっと待ったってなに?」


 ラフィニアは悪戯っぽい表情を浮かべ、勿体ぶってから口を開いた。


「……私たち、!」

「はぁ……?」


 ラフィニアがとんでもない事を喜色満面で言い放った。

 

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