第9話 今代の聖女「ソフィア・エレレート」

――ラフィニア視点――



 アシュに「逃げろ」と言われ森へと走った。

 でも一人で群体に立ち向かう彼女が気になって、つい振り返った時だった。

 

 私の目に飛び込んだのは、アシュが真っ逆さまに群体に飲み込まれていく瞬間。

 全身の血の気が引くような、そんな感情が駆け巡った。


「アシュ!」


 アシュの元へと向かおうとした私の足は、それを遮るように横切った群体によって止められてしまう。


「どうしよう!? アシュが……アシュがっ!」


 焦る私を他所に、群体の中心から鈍い衝撃音とアシュの苦悶の声が耳に届く。


(誰でもいいから! 誰か、アシュを助けて――!)


 助けを願って手を組んだ時だ。奇妙な違和感を感じた。

 まるでがあったかのような、不思議な感覚……。


 ふとアシュがいるはずの群体の中心へと目を向ける。

 そこには円形に削り取られたような、魔物が存在しない空間が生まれていた。


 黒のうねりにぽっかりと空いた空間。

 その中心に黒と白の綺麗なドレスに身を包んだ少女が不敵な笑みを浮かべて立っている。

 背中からは光沢のある黒い翼が大きく広げられ、頭には一対の角が生えていた。



「アシュ……?」



▽ ▽ ▽



「アシュだけど……ちょっと違う。最初に会った頃の……」


 私の呟きは彼女の魔法が放つ暴風によって掻き消される。


 そこからの彼女の戦いは一方的なものとなった。


 さっき廃教会で見た、竜巻の魔法すら霞んでしまうほどの風が戦場で吹き荒れる。

 背後から迫る群体を一瞥すらせず、素手で引きちぎり高笑いを上げる姿はまさに”悪魔”そのものだ。


「凄い……。けど、怖いよアシュ……」


 胸がざわつく。彼女に恐怖心を抱いてしまった自分が酷くちっぽけに感じた。

 この後に及んで、太い木の幹を盾に震えるしか出来ない自分が悔しい。


 すると突然アシュが動きを止める。

 視線の先には群体の背後に広がる”ルース村”があった。 


 すると、憎々しげに舌打ちをするアシュの声が耳に届いた。


「小細工を……。村を背負えば攻め手が無い、とでも思うたか? ”アシュタロト”の名を甘く見るでないわ!」


 アシュの掲げた手には黒い光沢を持った剣を生み出される。

 そのまま群体のふところへと潜り込み、剣を横薙ぎに振り抜いた。


 魔法を使わず、剣戟を主体として戦う彼女の姿に違和感を感じる。


(もしかして、村を守ってくれてるの……?)


 

 無骨な黒い剣が風切り音を奏でている。

 剣身がきらめくたび、闇色の風が刃となって縦横無尽に飛び交っていた。


 横薙ぎから、流れるように斬り下ろし。

 半歩引いて放たれる突き。そのすべてが華麗で、必殺の一撃だ。

 そして大上段からの振り下ろしが、群れの中央に大きな余白を生み出す。


 その瞬間――魔法の気配が大きく変わる。


 風は炎へと変わり、生み出された赤熱の火球が圧縮され、”白い炎”と化した。


 夜闇に生まれた太陽が破壊の力へと変化する。


「焼き尽くせ――――【業火インフェルヌス】」


 炎は爆ぜ、群体を飲み込む波動となった。


 それでも魔物の群体スウォームは止まらない。

 引いた波が揺り戻されるように、黒いうねりは再び波の様に迫る。

 肉が焦げ、炭化した肉を引き摺りながらも死に物狂いでアシュへと……。


 全方位から群れの蠢動しゅんどうが迫るも、アシュはうっすらと口端を上げている。


「決死の特攻か……その意気や良し。では、これは手向けじゃ――――」


 彼女は、いっそ穏やかな顔で群れを見やり、言葉を投げかけた。

 天に伸ばした切っ先には、星空を写したようにまたたく黒い粒子が舞っている。


「少し派手じゃが……受け取れ、群れの子らよ――【黒曜石の剣舞オブシディアン・グラディ・サルタティオ】」


 黒い石礫いしつぶてが無数に飛び、それは全方位を埋め尽くす黒曜石の剣へと変貌した。

 剣それぞれが意思をもつかのように剣舞を踊る。

 月夜を反射する光沢が、白銀の尾を引いていく。

 

 剣の引く線は炎を生み、丘の上は黒と赤に彩られた。


 剣舞が幕を引いた時、魔物の群体スウォームは黒いモヤを残して掻き消え、あとには無数の黒曜石がパラパラと涼やかに散る、美しい光景だけが残った。


(戦いは怖い。けど、私はアシュを――信じてみたい)


 固唾を飲む視線の先には、月光を映す黒曜石が消えていく光景と、アシュが夜空を見上げる姿が見える。


「良い月夜の戦いであった……。もう一人の我が言う『すとれす解消』とやらには、ちょうど良い運動であったの!」


 カラカラと豪快に笑うアシュの声が、敵の消えた戦場に響いていた。



▽ ▽ ▽



――アシュタロト視点――



 戦闘も終わり、燃えた木々の爆ぜる音以外は静かな夜が戻りつつあった。

 上を見上げれば満点の星空が瞬き。今宵は白銀に輝く月が存在を主張している。


「夜空も随分と見ておらなんだな……。それはさて置きじゃ……」


 森の方へと視線をやる。

 そして戦闘の残心を解くように、息を吐き出しを呼ぶ。


「ラフィニア! そこにるのは分かっておるぞ?」

「ひゃっ!? ひゃい!」


 森の隅。巨木の幹に隠れたラフィニアの肩が跳ねるの見える。

 おずおずと気の陰から顔を覗かせた小娘は、イタズラのバレた子供のようにバツの悪い顔だ。


「え? いつから気付いてたの?」

「我が出て来てから……とは言っても、キサマには伝わらんか。まぁ最初はなっからじゃな」

「アシュ? また前の喋り方に戻ってるよ?」


 小娘は、とぼとぼと歩きながら服の裾を握りしめて歩み寄る。

 大方、先の戦闘を見て恐怖心でも芽生えたのじゃろう。


「まぁ語り口については近い内に説明する機会もあろう。今はこれからの話をしておかんとな……」

「え? これからの事って……あっ! もしかして『聖都で一緒に暮らそう』って言ってたの考えてくれてたの?」 

「戯けが! 相も変わらず”天然娘”よの。今よりすぐのちに、キサマに訪れるであろう転機についての話じゃ!」

「アシュ! また”天然”って言った!? 喋り方変わっても話す内容が全然変わってないじゃん!」


 まったく……この小娘相手じゃと話が進まん。とはいえ、もう時間も惜しい。

 まだ「アシュだって”天然さん”でしょ~!」とか言っておるわ、やかましいヤツよ……。


「兎にも角にもじゃ! ラフィニアよ、良く聞け。恐らく、キサマはこの国の聖都”サンクトゥス”へと移り住むことになるじゃろう」

「ふぇ? 何で私が聖都に? あ! やっぱり一緒に暮らそうって――」

「こんの戯けがぁ! 時間が無いから口を挟むな、まったく……」

「えぇ~? アシュ酷くない!?」

「あ~、もうよい勝手に話しを進めるぞ! キサマはそこでソフィアの弟子として囲われるじゃろう。ある意味世界で一番安全かも知れんが……」


 ようやく話に興味を持ったのか小娘は「知れんが? なに?」と首を傾げている。


「どうも近頃の聖教会内部は胡散臭いからの、十分に気を付けよ」

「え? そうなの……? で、でもアシュが守ってくれたりは……」

「それは我にも分からん。聖都に帯同出来たとして、我にどこまで自由が許されるか分からんからの……」


 ふむ、が近付いておる。では後の事はに任せるとしようか……。


「まぁ、アリアの娘もキサマの味方じゃろうし、心配はするなラフィニア……」

「アシュ……?」


 ラフィニアの表情がわずかに曇った――と同時。

 の放つ清らかな波動が、悪魔である我の肌を撫でてゆく。


(ようやくか……。じゃが、村も小娘も守れた……。十分じゃ)


 我の足元に白金色の光と廃教会でも見た術式を織り込んだ魔法陣が煌めいた。

 と同時に、凛とした声音で女の声が魔法名を綴った――――。


「【懺悔の鎖カテナ・コンフェッシオニス】」


 その声が読んだのは、我を百年に及び封印していた鎖と同じ――いや、それよりも強力な魔法だ。

 地面のみならず、中空にも同じ術式の魔法陣が無数に並び、それらから白金色の鎖が我の腕や足、胴体にまで纏わりつき拘束していく。

 魔力の制御は出来ず、立っている事すら出来ぬほどの脱力感にさいなまれる。


「くっ……。流石は先代が『自分とは比較にならない』とまで言った娘じゃな。大した魔法じゃ……!」

「あ、アシュ!? え? どうして!?」


 顔を青くして慌てふためくラフィニアのかたわらに、純白のドレスに身を包んだ白金の髪の女が歩み寄り、口を開く。


「初めまして……悪魔アシュタロト」


 その声音は間違いなく、この鎖を呼んだ人物のものだった。


「ワタシの事は知っているようですね。でも一応、名乗らせて頂こうかしら?」

「勿体ぶっておらんと、早よう名乗らんか小娘が」


 我の言葉に怒るでもなく、顔に貼り付いた薄ら笑いそのままに女は言葉を続けた。


「アナタのよく知る”聖女アリア”の娘。今代の聖女、ソフィア・エレレートよ」


「……え? 聖女、さま?」 


 聖女ソフィアの金色の瞳が、息をのむラフィニアを射抜くように見据えていた――――。


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