第10話 悪魔と未来の聖女
――ラフィニア視点――
ソフィア様の口にした「アリアの娘」の一言にアシュが静かに笑っていた。
「くくっ……確かに、あやつと良く似ておるわ」
「……お母様が施したアナタの封印。どうやって解いたのかしら?」
「ふっ、言わずともおおよそは分かっておろうが……」
なぜか言葉を交わした二人の視線が私に集まる。
特にソフィア様の、金色の瞳からは圧のようなモノすら感じる。
――と、森から10人くらいの騎士と思しき人たちが、ガチャガチャと鎧の音を鳴らしながら駆け寄って来る。
白髪を後ろに撫で付けた初老の男性が一歩ソフィア様へと歩み寄る。
その表情は眉間にシワが寄るほどの困り顔だった。
「おいおい、聖女様よ。護衛を放ったらかして先に行っちまう
「あら? ドノバン。ワタシに護衛は要らないって言ったわよね?」
「言ってたが、聖騎士団の長としてはやっぱり追っかけないとマズイだろ……」
このおじさん――ドノバンと呼ばれた騎士は苦労人のようで、ため息を付く姿が妙に似合っていた。
「聖国剣士の最高峰、『剣聖』のアナタが居るなら何とでもなるでしょう?」
「それは、ソレ! これは、コレ! 別問題だ!」
”剣聖”と呼ばれたドノバンさんが「んで?」と問い、鋭く光る紺色の目を私たちへと向ける。
「例の悪魔は無力化出来たのか?」
「そう、ね……。本人は抵抗するつもりは無かったみたいだけど……」
「まぁ、すんなり事が済んだなら良かったんじゃないか?」
ソフィア様は両肘を抱き「そうね……」と浮かない顔で相槌を返す。
ふとドノバンさんが森の奥へと視線をやる。その表情は険しい。
「”カイ”が廃教会周辺に潜んでたお客さんには、お引き取り願ったようだが……どうする?」
「やはり帝国が裏に潜んでたのね……。なら、一旦アシュタロトを封印するしかないわ」
「ってこたぁ、あの魔法バカエルフお手製の魔法具、使うのか?」
「ええ。私の魔法だけで封じ続ける訳にはいかないもの」
お互いに頷き、ドノバンさんは部下に頑丈そうな黒い鉄箱を運ぶように指示を出している。
私はアシュの傍にいよう――と足を踏み出した。でも、いつの間にか傍にいた騎士二人から肩を掴まれた。
振り返った私に、その騎士たちは無言で首を振っている。
「あ、あの……離してください。私、アシュの傍に――」
騎士の二人は無言のまま。
私へと歩み寄ったソフィア様が穏やかに、けれど有無を言わせぬ迫力で私を制してくる。
「今は駄目よ。……ちょっとの間だけ我慢して頂戴」
ちょうどその時、黒い箱をもったドノバンさんが歩み寄る。
箱を受け取ったソフィア様は、「【
そこには――アシュを封印していた首輪とそっくりな物が入っていた。
「……またアシュを封印するんですか?」
「落ち着いて。ワタシたちも、彼女を悪いようにするつもりはないの」
「でも、ソレってアシュを封印してたヤツと同じ――――」
「そう……。これが何か分かるって事は、やっぱりアナタが」
ソフィア様の視線に籠る迫力がわずかに増した。
すると、鎖に囚われ
「ラフィニア、構わん。……聖女ソフィアよ、その魔法具を受け入れてやろう。好きにすると良い」
そう言ったアシュは顎を上げ、首を晒している。
それを見たソフィア様はアシュへゆっくり歩み寄る。新たな魔法具を首にあてがい、祝詞をあげた。
「聖女ソフィアの名の下に、不浄を正し、神の理をここに――【
すると、「リィン……」と鈴の鳴るような小さな音と共に魔法具が淡く光り、黒い首飾りはアシュの首元に収まっていく。
光が収まると、彼女の身体がぐらりと傾く。
紅い瞳がゆっくりと閉じようとしている。
「そろそろ我も眠りの時間じゃ。あとはもう一人の”我”に任せるとしようかの」
「あ、アシュ?」
「ラフィニア、信じるのじゃ。もう一人の我と――」
「待って、アシュ! 私を独りにしないで!」
「何より、キサマ自身を信じろ…………」
そう言葉を残した彼女は意識を手放し、地面へとその身を横たえてしまった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
――――アシュが
私は比較的被害の少なかった自室にいた。
ベッドには穏やかに眠るアシュ。私はふちに座り、彼女を見守り続けている。
すると木製の質素な扉を丁寧にノックする音が、広くはない部屋に響いた。
「……はい」
『ソフィアです。少し、お話をしたいのだけど……部屋に入っても良いかしら?』
「あ、はい……どうぞ」
ソフィア様は遠慮がちに扉を押し開ける。古い我が家の扉は開け閉めすると、ギィギィと滑りの悪い音が鳴ってしまう。
「朝早くからごめんなさい。でも、アナタと――」
ほんの一瞬だけ唇を引き結んだソフィア様は、いまだベッドで眠るアシュを見やり、再び声を発した。
「――彼女にも話をしておきたかったのだけど」
「アシュ……まだ目が覚めないんです」
「そうね。昨晩の戦闘で封印の影響を残したまま、力を使い過ぎたのでしょうね」
ベッドの傍らにある、質素な椅子に腰を下ろしたソフィア様は「少し、昔話をしましょうか」と金色の瞳を細めて微笑んだ。
▽ ▽ ▽
「先代の聖女アリア・エレレート――つまり、ワタシの母はこう言ったの」
ソフィア様の言葉を聞いた瞬間、なぜか不安が胸を締め付けた。
「『アシュタロトは人を滅ぼす悪魔ではない。だけど、自由にすれば世界が揺らぐかも知れない』ってね」
黙って頷く事しか出来なかったけど、内心ではアシュへの心配が渦を巻いていた。
「だから母の封印を破ったアシュタロトをどうするか。まだ、決めかねてるの」
「でもソフィア様! アシュは何度も私を助けてくれたんです!」
「そうみたいね」
「それに、封印を壊したのって……もしかしたら私、かも…………」
「ええ。それに関してはワタシもそう考えてます。恐らく、アシュタロトはアナタの血を使ったのでしょう?」
恐る恐るコクリと頷く。それをソフィア様の視線が捉える。
ふと肩の力を抜いたソフィア様は凛とした声音で「急な話だけれど――」と言葉を続けた。
「アナタとアシュタロトには、我が国の聖都『サンクトゥス』に来てもらいます」
「聖都……?」
唐突な申し出に間の抜けた返事を返すので精一杯だった。
私のポカンとした表情に苦笑を浮かべるソフィア様の口調は、静かに諭すようだった。
「……このまま村に残ると、アナタも村の人達も不幸になるわ」
「不幸……? どうして、ですか?」
「その説明も含めて、アナタたちに一緒に来て欲しいの」
「待って! あの……聖都で私は何をするのですか? それにアシュはどうなるんですか? せめて、それだけでも教えてください!」
ソフィア様の視線が私とアシュの間を数度行き交い、「分かったわ」と大きく息を吐く。
「まず、アシュタロトには追加で封印を施します。でも最低限の自由は与えるわ」
「…………はい」
聖女様の目や声色に、嘘や騙そうとする意志はない気がする……。
眠ったまま、小さく胸を上下させているアシュの手を握る。
それを見守るソフィア様は、わずかに雰囲気を和らげて言葉を続けた。
「そして、ラフィニア。アナタには聖都の大聖堂で、教養と力を身に付けて貰うわ」
「でも……私なんてただの村娘ですよ? 魔法とかも知らないし――――」
「ラフィニア」と私の言葉を遮ったソフィア様の声が耳の奥で木霊する。
「もう、分かっているでしょう? これは神の定めた運命。アナタもワタシも逃げることは出来ないわ……」
「でも、でも――っ!」
その先の言葉を聞きたく無くて、反射的に立ち上がった私の心臓は早鐘を打っていた。
それでも、無慈悲に聖女様の口は開いた。
「ラフィニア。アナタには『聖女』になって貰います」
「……私が、聖女……?」
ソフィア様の言葉に突然の耳鳴りがして、世界の音が遠のいた。
私の胸の奥で「聖女」という単語が、何度も何度も反響している。
村で過ごした穏やかな日々。
タマラ姉の笑顔。
その生活には戻ってこないのかもしれない……。そんな予感が脳裏を掠める。
傍らで眠るアシュの手に縋るようにギュッと握りしめた。
穏やかに眠る横顔と、昨晩の”アシュタロト”の言葉が重なった気がする。
彼女は「信じろ」と言った。
暖かいアシュの手を感じながら、私は唇をそっと噛む。
なら――アシュタロトの残した言葉を胸に、私は私自身を信じて歩もう。
アシュと一緒に。
こうして私たちの運命の歯車は回り始めた。
その先に、平穏な日常が戻ると信じて――――。
――序章「物語の始まり」完――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
~あとがき~
まずは、ここまで読んで頂いたすべての方に感謝を!<(_ _)>✨
今話で序章は完結です。
短いような、序章にしては長かったような? そんな複雑な心境と共に序章を走り切りました。
これもひとえに、ここまで読んで頂けた全ての皆様のお陰です。
本当にありがとうございます<(_ _)>✨
ところで皆様、お気付きでしょうか?
あれだけ不穏なタネを撒き散らしていた帝国の諜報員たちが、その後まったく姿を現さなかったことに……。
これは決して忘れていた訳ではありません<(_ _)>💦
閑話②にて、その真相が明らかになるからです!💪
ま、まぁ、それは置いといて💦
拙い文章ではありますが、引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。
それでは一章でお会い出来る事を祈っております✨
――デイジー2――
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