第7話 聖女の資質

 ラフィニアの間の抜けた声が、廃教会に響き渡った。

 どうにも彼女へ俺の意図が伝わっていない感じがする。


「つまりだな。お前のを、俺にくれ!」

「なんでもう一回同じ事言ったの!? それにアシュ、悪魔じゃなくて吸血鬼ヴァンプルスだったのッ!?」

「いや? 違う……。あ、すまん! 誤解だ!!」


 どうやら奇妙なすれ違いを起こしていたようだ。



▽ ▽  



 お互いの勘違いで一悶着あったが、危機的状況には変わりなかった。

 

 薄暗い廃教会内を俺とラフィニアは退路を求めて奔走している。

 だが、ブラックルプスの群れは着実に包囲の輪を縮めつつあった。

 

(少しの間だけでも籠城できるような場所があれば)

 

 廃教会の奥へと逃げ続ける。

 すると、まだ部屋としての原型を保っていた”告解室こっかいしつ”に気付く。

 そこへと滑り込む様に逃げ込む。運の良いことに鍵もまだ機能しているようだ。

 

 とは言え、本来なら人ひとり分の狭い室内と木製の扉で出来た部屋だ。

 心許ない扉にブラックルプスが体当たりを繰り返し、その衝撃でパラパラと音を立てて木片が剥がれ落ちる。


 危機的状況の中、ラフィニアは身を引くように俺から距離を取っていた。


「アシュ、私のこと”食事”くらいに思ってたんだね……。ショックだよ」

「いや、だから誤解だ! 今から説明するから!」


 意外にも余裕のあるラフィニアに毒気が抜かれる。

 とは言え、扉に衝撃がはしるたび声が裏返り肩が跳ねていた。

 きっと余裕に見えた態度も、怯える自分を勇気づけているんだろう。


 と、ラフィニアが俺を流し目で見やる。


「……私の血、吸わない?」

「吸わないし、興味も無い!」

「え? 興味ないの? それはそれでショックだよ」

「吸われたいのか、たくないのか、どっちなんだよっ!?」

「で、でもアシュになら、ちょっとくらい」

「いや、吸わねぇよ!? そもそも俺、血とか飲めんから!」


 またも話の方向がズレ始めてきた……。

 とにかく! と大きく息を吐いて一喝し、本題入る。


「良いか? 説明するぞ? ただ、これは一か八かの賭けだ」

「う、うん。私、アシュを信じる!」

「……ん。あ、ありがとぅ」


 ラフィニアの純粋な言葉に照れくささを感じ、つい語尾がしぼんでいく。

 それでも、その言葉一つで、心に穏やかな熱が灯った気がした。


 


▽ ▽ ▽




 告解室の扉にはすでに大きな亀裂がはしり、今にも崩壊しそうになっている。


 扉が軋むたびラフィニアは息をのみ、小さな肩は縮こまるように固まる。 


(そろそろラフィニアの限界も近い……。やるなら早めに対処しないと!)


 彼女の手には小さなカトラリーナイフが握られている。

 さっき古い棚から見つけた物だ。

 

「じゃあ、始めるよ?」


 そう言ったラフィニアの顔は緊張と不安で強張っている。


「俺の予想通りなら、ラフィニアの傷はすぐに治るし、感染症の心配もないと思う。でも……ごめん」

「ううん。アシュと生きて帰るためだもん。私も頑張らないと!」


 意を決したラフィニアは自らの指に刃をあてがい、ひと思いに引いた。

 人差し指に一筋の赤がはしる。ジワリと珠のようにな”血”が持ち上がる。

  

「くぅ! アシュ、これどうしたらいい?」

「俺の首についてるが、封印具の一つだと思う。これに血の出てる指で触れてくれ……」


 首を覆った無慈悲な封印具。見た目は首飾りチョーカーにも見えるらしい、首輪を指差す。

 目を閉じ、ラフィニアの手が触れるのを静かに待った。


「じゃ、じゃあ触る、ね?」

「ん。頼む……」


 暗く閉じた視界。ラフィニアがそっと近づく気配と、緊張で浅くなった吐息が首を撫でていく。

 彼女の指が首輪に触れる。鎖骨にも触れた彼女の手から体温が伝わり、指が掠めるような感触がくすぐったい。


「どう? 何か変わった?」

「いや……」


 まだ何も――と言葉を発しようとした時だ。


 熱を持った何かが全身を巡り、身体の奥深くに流れ込んで行く。

 魂の最奥。そこに熱が触れた瞬間――心臓が強く、そして深く脈打った。

 魔力の奔流ほんりゅうが全身をはしり、全能感に近い昂ぶりが思考を加速させる。


 瞼を上げると、あの白金の光が舞い上がっていた。

 輝きは狭い室内を満たし、光の粒が告解室の中を飛び交って神秘的な空間と化している。

 気付けば首の圧迫感は光に溶け、今では完全に霧散していた。

 

「封印が、解けた……? 魔力が流れてる」

「凄い! でも、私の”血”でどうしてこんな事が起きるの……?」

「ラフィニアにはが眠ってる。……お前には”聖女の力”があるんだ!」

「ふぇ? 聖女ってソフィア様?」


 俺の中の推測は、もうすでに確信へと変わっていた。


 当の本人は「アシュ何言ってるの?」と、首を傾げて疑問符を大量に頭に張り付けているが。

 相変わらず、天然だ――と気が緩みそうになったが、さっきも油断でラフィニアを危機に陥れてしまったばかりだ。


 崩壊寸前の扉。その先で牙を剥いているであろう敵を見据え、気を引き締める。


「とにかく、今はこの窮地を脱出する事を優先しよう。ラフィニアは身を低くして、ちゃんと頭を守っていてくれ」

「アシュ平気なの? ブラックルプスって群れになると、脅威度が跳ね上がるって」

「大丈夫だ。”悪魔アシュタロト”の名が伊達じゃないって、犬ッコロ魔獣に叩きこまないとな!」



▽ ▽ ▽


 

 扉へ体当たりを繰り返すブラックルプス共は、諦める様子もない。

 聞こえる唸り声からして、群れの全体がこの告解室の扉の前に集まっている。


 この扉の外は礼拝堂だった。それなりの広さがあったのを覚えている。


 だったら、


「多少、吹き飛ばしても問題ねぇよな?」


 自然と口角が上がっていた。

 全身を流れる魔力。

 それをアシュタロト固有の”魔法回路”――身体中を葉脈のようにはしる魔法陣の一種――へと流し込む。


(やり方は、この身体が教えてくれる! 俺はイメージを構築するだけだ)


 狭い室内に、風が渦を巻き始める。

 ゆっくりと、収束していくソレはの風だ。

 思い描くのは”嵐”。そして敵を斬り裂く「黒曜石」の刃。


 その名を告げる。


「【黒嵐アトラ・テンペスタス】」


 爆ぜるような嵐が無数の黒曜石の刃を孕み、告解室の扉を吹き飛ばす。

 甲高い風切り音と、黒曜石の刃が斬りつける音が荒れ狂う。

 嵐にさらわれた魔獣たちは断末魔すら残さず暴風に消えた。


 日が傾いた薄暗い廃教会の中にあって、さらに濃い闇色の風。

 それは激しく渦を巻きながら建物の屋根をも吹き飛ばし、天へと立ち昇った。


「何て、威力だよ……。こんなの気軽に使えないじゃん」


 そのあまりの破壊力に、俺はしばし呆然となっていた。

 崩れかけの屋根は綺麗サッパリと吹き飛び、森の枝葉は円形に刈り取られたように大穴を空けている。

 その空間からはオレンジ色に染まった雲と、紺に近い色の空が覗いている。 


 すると、呆けていた俺の手をラフィニアがそっと握った。

 その手は小さく震え、少し冷たくなっている。それでも控えめながらに寄り添ってくれる彼女の優しさが温かい。


(きっと怖いはずだってのに……まだ俺を信じてくれるのか)


 手の平から伝わる優しさと信頼に、俺の胸が小さく高鳴る。

 


(けど、これならラフィニアも、彼女の村も救える!)


 手応えを感じた俺は、強くそう思えた。

 そしてラフィニアの手を引き、共にルース村へと急ぐのだった。


 この時の俺は自分になら”魔物の群れ”にも対処出来るだろう、と高をくくっていた。


 魔物の群体スウォームという現象の脅威。

 そして、「悪魔アシュタロト」という存在の影響力……。



 それを知るのは、そう先の話ではなかった――――。

 

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