第5話 白金の光
――アシュ視点――
あれだけ、けたたましく鳴らされていた鐘の音が途切れた――。
「ラフィニア……。大丈夫だよな?」
俺の呟きは、人知れず廃教会の暗闇へ溶けて消える。
あとに残ったのは耳鳴りのする静寂と、今も羊皮紙が発する不気味な脈動のみだ。
自然と手を組んでラフィニアの無事を祈る。
(頼む……。無事に帰って来てくれ……)
――と、広間のシンとした空気は誰かの走る音で破られた。
同時に獣らしき唸り声が耳に届く。
「――ラフィニアか? けどこれ……獣かなんかに追われてないか!?」
廃教会の入り口から覗く森を見据える。
音は右に、左に、と動き――恐らく獣、それも魔獣の類から逃げ回っている……。
ラフィニアの危機ですら何も出来ない。
その怒りに任せ、俺を縫いとめ続ける鎖を両手で掴んだ。
「くそ、この鎖ッ! 外れろよ!」
全力で引っ張り、腕を振り回すように暴れようとも鎖はギチギチと硬質な音を響かせるのみで、まるで俺を離そうとはしなかった。
「ちっくしょう! ビクともしねぇ!」
暴れて息を切らしている間に、ラフィニアが走る姿を肉眼で捉えた。
見えた彼女の腕や足には血の跡が残っている。
ラフィニアが着ていたチュニックとエプロンドレスは、今では所々が破け、白かった布も一部が赤く染まっていた。
それでもその目は生きる輝きを失ってはいない。
「俺が先に諦めてどうすんだよ! このクソ封印……意地でもブチ壊してやるっ!」
怒りや焦りを必死に抑えつけ、目を閉じて意識を深く潜らせる。
そこは深海の底のように静謐を保った精神世界。
その奥底に、動かせないまま
闇色に渦を巻く魔力の塊。ソレを半透明の鎖が拘束している。
力を取り戻すために鎖ごと引き剥がしにかかる。
が、その時――。
全身を激痛が駆け巡り、神経という神経が膨れ上がったような圧迫感と不快感が、俺の身体を焼き始めた。
それに留まらず、身体中に巻き付いた鎖が急激にその力を増し、呼吸の余裕すら奪うように締め上げてくる。
「がっ!? ――――っ!? ぁぐっ!」
苦痛で言葉はおろか、呼吸すらままならずに地面をのたうつ。
それでも意地で顔を上げる。ラフィニアを見失わないために。
おもむろに伸ばした手の先――駆け寄る彼女の姿があった。
「アシュっ!!」
霞む意識のむこうで、確かにラフィニアの声が聞こえた――――。
◇ ◇ ◇
――ラフィニア視点――
アシュに巻き付く鎖が、ほのかに光ったかと思った次の瞬間。
白い鎖が強く発光し、ギチギチと音を立てながら彼女を締め上げる姿が目に飛び込んだ。
まるで暴れる囚人を力づくで制圧するかのように、光はその強さを増していく。
アシュの苦悶の声は、私の足を彼女の元へと急がせる。
廃教会の入り口を越え、魔法陣へと近付くとヒヤリとした空気が肌を撫でた。
中に入ると魔獣の唸り声が遠のいたけど、それに構わず一直線にアシュへと駆け寄った。
「アシュっ!!」
いつもと違い、激しく明滅する魔法陣と鎖がアシュを攻め続けている。
彼女へと伸ばした私の手は不可視の壁に阻まれ、触れる事すら叶わない。握った両手は悔しさに震えていた。
「アシュ! 何でこんな事に……!?」
「ラ、フィニ、ア……無事、か……良か、った」
「はあ!? 何言ってるの!」
「ぐっ、心配、すんな。もう、大丈夫だ。慣れて、きたよ……」
「慣れてきた」なんて絶対嘘だ。現にアシュの顔は蒼白なままで呼吸は乱れ、額には玉のような汗を浮かべている。その声も強がってるようにしか聞こえない。
でも魔法陣の光はゆっくりと収まりつつある。
少しずつアシュの表情も落ち着きを取り戻していった。
咳き込みながら深呼吸を繰り返し、息を整えたアシュは口を開く。
「そういえば、お前を追って来てたヤツ……狼の魔獣か?」
「あれ? そういえば、ブラックルプスは?」
「ブラックルプスっていうのか……。さっきまで入り口あたりをウロウロしてたけどな……」
「うん。今も森の奥から遠吠えは聞こえるけど、姿は見えないね……」
私の言葉にもう一度大きく息を吐いたアシュは、私のつま先から頭の先まで視線を巡らせる。
「ラフィニア……お前、ボロボロじゃないか。怪我は?」
「うん大丈夫、みたい。不思議……もう血も止まってるし」
「何だそれ? ははっ、相変わらず”天然”だなぁ、お前」
笑うだけの余裕が出て来たアシュに、ホッと胸を撫でおろす。
けど彼女の口にした”天然”発言には、ちょっと文句を言っておく必要がある。
「アシュ、また天然って言った!」
「まさか……自覚無いのか……?」
「ぐぬぬ~、アシュ! ちょっとソコから出て来なさい! 首絞めてやる!」
「あのなぁ、出れたら苦労しねぇって……」
いつの間にか、いつもの淡い明滅に戻っている魔法陣。
アシュに掴み掛かろうとする私の両手は不可視の壁に阻まれ、宙を彷徨うだけで終わった。
アシュへの追求を諦めて背を伸ばした時だった――。
アシュの息をのんだ気配。
焦りに駆られ「ラフィニア!」と叫んだ声が広間に響いた。
「後ろだ! 避けろっ!」
「――――え?」
振り返った私の目の前を黒い殺気が走り抜ける。獣の牙は私の首筋を一閃し、赤い
「ラフィニアっ!」
アシュの叫んだ甲高い声が耳を過ぎ去る。
次に気が付いた時には、冷たい石床に頬を付けて私は倒れ伏していた。
驚愕に見開く私の目には、ブラックルプスが迫る姿が映る。
魔法陣の作る不可視の壁に付いた鮮血は、霞みだした私の視界の向こうで、奇妙なほど鮮やかに存在を主張していた。
「おい! ラフィニア! しっかりしろっ!」
アシュが慌てた声で必死に捲し立て、透明な壁を叩き続けている。
視界も赤に染まり始め、全身をひどい寒気が襲う。
狭くなる視界。私の脳裏に”死”のイメージが浮かび上がる。
――すると、さっき丘で見た光がフワリと舞った。
(また……? この光、何なんだろ?)
ぼんやりと白金色の光を目で追っていると、パキッ――と何かがひび割れる音が薄暗い空間に響き渡る。
その音は次第に大きく、断続的な音へと変化していく。
「な、なんだ? これ……」
アシュの声に驚愕の色が混じる。
ひび割れの音は、鳴り止む気配を見せない。
「ぁ、アシュ……?」
「これって、もしかして――封印が壊れる……?」
アシュに戸惑いと期待の気配が生まれ始める。
すると、暖かな光は私に集い始めた。
光は全身を巡り、ドクン――と心臓が強く鼓動を刻んだ。
心臓が脈打つたび全身に熱を孕んだ光がはしり、痛みは溶けるように消えいく。
白金色の光に抱き締められている――そんな安心感が身体に活力を取り戻させる。
顔を上げた私の目に飛び込んだのは、廃教会の広間を満たす幾筋もの光の柱が立ち昇る光景。
それは魔法陣を飲み込み、不可視の壁にヒビを奔らせていく。
ブラックルプスは怯えるように後退り、身を低くして警戒心を露わに身構えている。
「ラフィニア、お前……」
アシュの発した声は驚きと、戸惑いの感情で揺れていた。
そして、私を中心にして広がる白金の光は廃教会をも包み、夕暮れの空に一筋の輝きを放っていた――――。
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