第4話 ルース村へ
――ラフィニア視点――
私は廃教会を飛び出して、村への最短距離をひた走る。
背後からアシュの止める声が聞こえたけど、今は立ち止まる訳にはいかなかった。
(アシュ、ごめん! でもこのままじゃ、ルース村が!)
息も切れ、汗で髪が貼り付く不快感も無視して私は走り続けた――。
村にはいつも良くしてくれるパン屋のブロトおじさん、リットおばさん。
古道具屋のワーグさん、他にもいっぱいの思い出と、皆の生活がある。
何より身寄りの無かった私を引き取り、今まで育ててくれた”タマラ姉”がいる。
(きっとタマラ姉は、誰よりも先頭で避難誘導してるはず! 早く、早く私も行かないと!)
村への唯一の近道である谷へとさしかかり、木製の橋を走り抜ける。
普段ならギシギシと軋む音に不安を覚えるが、今はただ煩わしく感じだけ。
(この橋を渡ったら、すぐに村が見える!)
森が開ける――。
まだ高い陽光が一段と照りつけ、その明るさが私の目を一瞬だけ
小高い丘のここからは長閑なルース村の全景が良く見えた。
この景色も、普段なら私のお気に入りだ。
だからこそ気付いた。すでに村の様子が変わり果てていた事に。
「そん、な…………。間に、合わなかった?」
畑に広がる
村の中央を流れる清流は、土砂で埋まり今では茶色く濁っていた。
あちこちで黒煙が上がり、黒い大波と化した
「た、タマラ姉は!? みんなは避難場所に向かったよねっ!?」
視線を巡らせ、避難場所の坑道がある位置を確かめる。そこは今いる丘の反対側。
かつて鉱石が出ていた坑道はここからでは見えない。
避難場所へは谷を下ってから、再び山を登らないと辿り着けない場所にある。
今から走り続けても、着くのは陽が傾く頃になると思う。
それでも、私の足は迷わず避難場所へ向かった。
――足が鉱石のように重い。引きずる様にしか足が進まない。
乱れた息は戻らず、思考は鈍っていく。
気が付けば視界も狭まり、徐々に暗くなっていった。
「タマラ姉、みんな……無事だよね?」
長閑なルース村の風景と一緒に、親しい人たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。
「……アシュ、独りで平気かな?」
薄暗い廃教会で、独り座り込んでいる紅い瞳の少女を思い浮かべる。
「これは私があの子を利用しようとした”罰”かなぁ……? アシュ、ごめんね……」
足元がふらつき、自分が立っている感覚すら鈍くなっていく。
膝が力を失い、「歩かなきゃ」と必死に動かす私の足は止まり、遂には地面に腰が落ちた。
嗚咽が抑えられず、胸の奥から感情がこぼれ落ちる。
村を救いたい。
誰かを助けたい。
そう願っても何も出来なかった自分が、どうしようもなく情けなくて、悔しかった。
――と、その時だった。
涙で滲んだ視界の先に、一つの動く影を捉える。
(あ……誰かが助けに来てくれた? 村のみんな、無事だった?)
目尻にたまった涙を手の甲で拭い、呼び掛けようと伸ばした手は肩の高さで凍り付いてしまう。
なぜなら……影が私へと近付くその姿が四足歩行の獣だったからだ。
狼型の魔獣――「ブラックルプス」
珍しくもないありふれた魔獣だ。黒い毛並みと鋭い牙。
本来なら群れで行動する魔獣が一体のみ。普段なら脅威度はそれほど高くはない。
でも今は疲労困憊の私が一人。
ブラックルプスからしても、降って湧いたような格好の獲物だろう。
「っ!? に、逃げなきゃ――きゃっ!」
咄嗟に逃げようとした足には力が入らず、もつれて転んでしまう。
身体がわずかに横にズレただけで腰が砕け、その場に転び伏せるだけで終わった。
私が転んだと同時。すぐ横を狼の牙が掠めて行く。
躱せた――そう安堵した魔獣の一撃は、肩に熱を孕んだ違和感を残していった。
「――痛っ!」
違和感は明確な痛覚へと変わり、鉄サビに似た匂いが嗅覚を刺激する。
次は確実に喉笛を咬み千切られる――そう生存本能が告げていた。
けれど足は動かない。肩には裂傷。
逃げ道は村の反対側――森の奥にしかない。
もし、森にも同じ魔獣が居たら? そんな不安が脳裏を掠める。
(どうしよう……どうしたら良いの!?)
焦燥感が思考を鈍らせる。
その時だった――。
視界の端にフワリと舞い上がる光が、過去の記憶を呼び覚ます。
(そういえば……昔、村で転んで酷い怪我した時もこんな光が見えたっけ……)
死の間際には昔の事を思い出す――その言い伝えは本当だったんだ、と半ば諦めかけていた時だ。不思議な感覚が全身を巡った。
白金色に輝く粒子が舞い上がる。
光を目で追った時には、肩の痛みは嘘のように引いていた。
立ち上がれないほどの足の重さも、風に吹かれた綿毛のように飛んで消える。
(え? なんで……? ううん、今はとにかく逃げて、生き延びないと……!)
軽くなった身体に小さな力が芽吹く。
私はすぐに森へと駆ける。
そのすぐ後をブラックルプスの唸り声が追いすがってくる。
私は無我夢中で走った。間違いなく命の危機。
なのに、私の胸の奥には紅い瞳の少女――アシュの存在があった。
(何でだろ……? アシュに会いたい。ううん、会わないといけない気がする)
活力が戻った身体で森を駆けだす。
不思議な温かい何かが支えてくれている――そんな気がして、私は走り続けた。
舞い上がる光を放っていたのが、自分の”血”だという事にも気付かず――――。
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