Chapters 13 ヒューマノイド
何体、hopeを殺しただろうか。
霧の中で蠢く黒い影は、人間の姿に思えた。そんな生物に、刃を下ろす。息が切れていた。体力の消耗だけのせいだけじゃない。
「………終わっ、た………?」
足音が、なくなった。いや、まだだ。いるかもしれない。よく見て。よく感じて。どこか………
「………!」
気配を感じて、しゃがみ込んだ。風を切る音がする。
「オヤ、反応はヨいデスね?」
下手な日本語。距離をとって、見上げる。
「吉田、ミライだな?」
中国籍、の男性だろうか。顔はよく見えなかったけど。でも、こいつじゃない。さっき襲ったのは、こいつじゃない。
「………ムラサキ・ハナコ。」
男が呟き、横に目をやる。唖然としたのは、そこに子供がいたからだ。赤いサスペンダー、黒髪ショート、背の低さ。………どこかで見たことがある気がする。だけど、それを考えている暇はない。………瞬き、呼吸。やっぱり。
「hopeだ。」
見た目は女の子のようだけど、これは外柄を飾っただけの殺人兵器だ。
「ヨク分かりましたネ、流石デス。」
デスが、と不自然な日本語が並ぶ。
「今からアナタを抹殺シマス。」
殺意。だけど、本当に脅威なのはこっちじゃない。背の低いロボットに、注意して。銃を構えた。
「ハナコ、敵を潰しなサイ。」
よく、閉じ込められた。男子の中でも、知らない者はいない。「怪異」の噂話。
「はーなこさーん、遊びましょー。」
小学校の時、いつも目をつけられているグループに女子トイレへ連れていかれ、お決まりの前から三番目のトイレに閉じ込められる。俺は霊なんて信じていなかったから怖くなかったのだけど、一日中クラスに入れないことの方が大変だった。
「………やなこと思い出させるなあ。」
口の中が苦くなった気がして、ヘラりと笑った。うん、大丈夫。
子供のhopeが背中から大きな銃を二本取り出す。目があって、駆け出した。連鎖する銃撃音。銃撃音は、後ろで壁にぶつかり新しい音を連れてくる。速い。
「………っ!」
足を激痛が襲う。当たったか、一発………二発。少しだけ、反応が遅れた。そして、二つの銃口がこちらに向き直る。真っ直ぐ、銃弾が走る。………いや。
「今だ。」
腰から一本のタガーを引き抜き、投げる。銃弾は自分の顔の真横を突き抜けた。投げた刃物はhopeの手元に弱いながらも突き刺さり、銃声が止んだ。
「いたい………!」
「!」
影に隠れようとして、足が止まりそうになった。………今、なんて?hopeは痛みを感じないはずだ。なのに。………いや、考えても仕方がない。隠れてから、撃たれた足を圧迫した。痛みは全力で無視する。流石に最初に足はきついな。
「隠れルノデスか。臆病者デスね?」
「そういうあんたも、hopeに隠れてないで戦ったらどうだ?」
わざと、強い言葉で返す。中国人は嘲笑い、饒舌に話し出した。
「はっ、あなたガ今対戦してイるhopeは実験体の一つデス。日本ノ妖怪ノ名前を取って『ムラサキ・ハナコ』と名付けられました。」
トイレの花子さん。「ムラサキ」は「紫婆」から取っているのか。確か、花子さんをそう呼ぶ地域もあったはずだ。
「幼い体つきハ、敵を欺くタメに役立ち、それニ加えた銃撃戦の強さ。あなたが勝てる場所はどこにモありません!だから私ハハナから必要ないのです。」
「可哀想な人だな。」
「お黙リ!」
日本の女の子の妖怪、忠実な再現、中年の中国人………これって、もしかして。
「………やばいロリコンってことか?」
シーン………と、これまでにないくらいその場が静まり返る。え、なんか俺悪いこと言ったかな。謝んないとか。
「あ、すみません。」
「死にてえのカクソガキィ!」
え、地雷踏んだ?全くわからないのだが。なんか、悲しい人間だな。
「大体、てめえが仕留め損なうのがいけネエんだロうガァァア!!」
「すみませんでした。」
hopeが虚な目で応答する。そういえば、さっき。彼女は「痛い」と言った。彼女は、もしかして。
「!顔ガ悪いンだよ、テメエはぁあ!!」
「………ゔっ!」
ハッとした。中国人の中年は、顔を真っ赤にして………hopeの髪を掴んだ。そして、歪むhopeの「顔」。
「テメエはっ!殺しシカ能がネエンだからよオっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい………!」
hopeの顔色は変わらないものの、声から相当焦っていることがわかる。………やっぱり。もしかして、このhopeは。
「痛みがわかるんだ………!」
でも、なぜ?そんな機能があるからって、何の得になるというのか。これじゃあ、まるで。
「潰せぇ………俺ヲ邪魔する奴はみんな殺せェ………!さもないと。」
「………っっ!!」
………来る。足の止血は終わった。大丈夫。
「やることは分かった。」
やら、ないと。殺らないと。
また、痛い目に遭う。
「あああああああっ!」
「!」
hopeが、一際大きな銃を取り出した。まずい。
木陰から飛び出した。そのすぐ後ろで、さっき背を向けていた大木が、銃声と共に薙ぎ倒される。銃弾、というよりもはや大砲に近い。わけもなく苦笑いした。次は自分の番だ。
「死んでえええええぇ!」
奇声を発したhopeは、そのまま大きな銃を乱れ撃ちした。多分、人間だったら肩が外れてそんなに連射できない。
彼女は、hopeだ。人間ではない、バケモノだ。でも。
「いやだ。」
大きな弾は、銃弾に比べて視覚がしやすい。落ち着いて、闇雲に走らず、よく見る。でも、見過ぎない。
『可哀想、なんて考えは捨てろ。相手は何人も人を殺してる。ましてやhopeは、敵を殺すためには何だってしてくる。』
『だけど。』
「本当に大切なことは、自分で見定めろ。」
「わかってる!」
わかってる、聖さん。ありがとう。
「………あ、あああ、ああぁ………!」
相手の、弾切れ。パニックに陥るhopeに近づいた。いける。
至近距離で、狙いを定めて………
「中国人」の足を撃った。
「………っっあああああアアァ!!!いってェェクソガキがァ!」
一発撃って、男性は地面に転げ回り、悲鳴を上げるだけになった。呆然とするhope。本当に大切なことは、自分で見定める。
「銃を捨ててくれない?」
できるだけ、優しく言った。響いているのかはわからない。
「君だって、人を殺したくないはずだ。」
hopeは、目を見開いている。ここで決める。決めるのは、彼女だ。
なのに。
「ふざけんなよテメエェェ!」
我に帰る。地面にひれ伏した男性が小型マシンガンを俺と………少女のhopeに向けている。
「………ゔっ!」
息を漏らした。銃声が無数。一発、俺の腕に。残りは全てhopeに当たった。
「………いやあああああ!」
「痛えダロウが!銃で撃ったコトはねえカラ痛えダロウよオ!人間様に逆らうからダロウが!」
どうして。hopeは、苦しんでいる。男性にも劣らず、声を出しながら。
「どうして」
「………怒リ、悲しミ、恐怖。コレが何かワカルカ?機械に不必要な感情ダ。」
「何が、言いたい。」
「このガキに搭載したのハ、『不快』。痛み、息苦しさ、不便な物事ヲ疎ましく、嫌う感情だ。ココに恐怖は存在しナイ。ただ不快に感じるのハイヤだという気持ちだけガノコリ、その為任務を遂行する。戦いニハ便利な能力ダ。」
「………は。」
じわじわと、その意味が脳に食い込んでくる度。沸々と怒りを覚えた。
「なんで。」
「ハア?」
「何でそんなことができる!」
ありきたりな台詞だ。そう俯瞰する自分をまた嫌悪する。男が笑うたび、その嫌悪は行先を忘れて膨張していく。
「何言ってんダ、テメエ?コイツは、バケモノだ。」
「!」
「使えないバケモノをただ使えるバケモノに変えただけダ!その何処がワルイ?コイツが苦しもうが如何だってイイんだよ!俺様たち人間に感謝スルベキ存在ダ。作って使って貰えるだけアリガタインダよ!」
………半分、聞いていない。もうダメだと思った。
膨れ上がった憎悪はやがてすーっと消えていき、空虚だけが残った。この感情を、俺は知らない。だけど、もうどうでも良かった。
「………もういい。」
頭から、ずっとお守りのように身につけていた帽子を剥ぎ取って捨てた。一度も使っていない時点で、これはただの「お守り」だったのだ。
息を吐いた。目の前が真っ暗に見えた。立ち上がったhopeに銃口を向けた。
「できるだけ、対人戦では銃を使え。」
「え、でも、普通逆じゃ。」
銃弾の数は限られている。だから無駄遣いをしないようにダガーを使う。そう言うわけではなく、じゃあどうして。
「お前は、銃撃よりもナイフなどの接近戦に長けている。それに、お前はまだ人を殺すことに躊躇している。………違うか?」
「………いいえ。」
「だから銃を使って人を殺すことに罪悪感が生じて、手加減の効くダガーでの戦闘を好むんだ。」
言葉が出なかった。本当にその通りで、どこか恐怖する自分もいた。これからは、人を殺さなくてはいけない。だけど、その覚悟がまだ俺にはない。ため息する聖さん。
「別に、いいよ。」
「え。」
「人を殺す必要はない。」
「でも、だからと言って」
「選択しなくてはいけない時が、来る。でも、その時まではお前の気持ちを尊重しろ。本当は、UNOとの対戦もしたくないはずだ。」
「………はい。」
武力で解決できることは、ない。それは誰もが知っている。だけど、目の前には体と武器しか残っていない。だから戦う。
「銃に慣れろ。銃を使って、人を生かすことに。でも、本当に嫌な時はあるだろう。」
「………その時は?」
「その時だけは、ナイフを使え。手加減はするな。特にhopeには。」
そして。
「そして何より、死ぬな。誰かを殺すこと以前に、自分自身が死ぬな。それだけは守れ。死にそうになったら、どんな状況でも逃げろ。」
「………聖さんも。」
願いも、思いも、ひとつだった。
「聖さんも、死なないでください。」
絞り出した声は、思いの外か弱い。それでも、聖さんには届いた。目を見開いて、強く笑った。
「わかってる。」
俺と、イマと、聖さんで約束した。
「三人で生きて帰ろう。」
死なない。
君を殺す気もない。
「だから、許して。」
銃を捨てて、ダガーを腰から抜き取った。銃を持つ相手には相当不利なアイテムだ。でも、勝機はある。すぐ飛び出した。hopeは銃を連発する。よく見て、ギリギリ顔を弾が掠める。わざとさまざまな方向から彼女を目指す。撹乱すれば、冷静さを失ったhopeを欺くことくらいはできる。素早く。死角に入り込む。いけ。心臓を刺せば、hopeは止まる。
銃声が聞こえて、腹部に痛みを感じた。
「さセルカクソガキィィィ!」
「!」
中国人男性が俺の死角に入り込んで、銃を構えている。まずい、避けきれない。だめだ、止まるな。行くんだ。
『そう言うのさぁ』
ハッとした。聞きなれた声だった。
『ダサいからやめようよ、ロリコン。』
イマが、中国人の顔面に拳でクレーターを作っていた(アホらしい)。気を逸らすな。俺が、終わらせる。
「ごめんね。」
心臓を探ることもなく、背中からhopeの胸を刺した。一瞬震えたhopeは戸惑いの表情を少しだけ向けて。
笑った。
「………あ。」
疑問が浮かんだ頃にはhopeがもう倒れていて。笑顔は、幻覚だったのかもしれない。それでも。
「………こわ、せた」
「大丈夫?」
倒れそうになった俺を、イマが前から支えてくれた。イマ。顔を見ると、すぐに笑顔を見せてくれた。喜びと安心が同時にやってきた。
「イマ!大丈夫だった?ごめん、って言うべきかわかんないけど、あの時イマが離れて、すぐ追いかければよかったのに、怪我は、してるのか、あの、爪が紙と一緒に落ちてて………!」
「あ………ごめんごめん、あのさ、ミライ。」
深呼吸。まずい、俺が一方的に話をしすぎた。でも、イマが困ったのはそのことじゃなくて。
「………近い。」
「………あ。」
咄嗟に握っていた手を離す。イマの顔が赤くなっていることに気づき、こちらも恥ずかしくなる。
「あ、あのね、怪我はしたけど、爪は自分で剥がしていったの。」
「え。」
「『サクラ』に意識を任せていたから、よく覚えていないんだけど。多分サクラに聞けば、理由がわかると思う。」
自分でとはいえ、きっと痛かっただろう。肩からも、首も出血している。
「でも、何より無事でよかった。」
笑った瞬間、俺も怪我が酷いことに気づき、また倒れそうになる。咄嗟に踏ん張る。だめだ。まだ戦いは続いている。
「そういえばさ。」
「うん!」
「あいつ、何してるの?」
「あ。」
イマが指差した方向に、立ち上がって逃げようとする中国人男性がいた。イマが駆けつけて、上から押さえつける。
「タニーネルヘンベー?」
「………ん?」
急に聞いたことのない言語と発音で話し出す、イマ。
「何語?」
「え、モンゴル語。『あなたは誰』?」
「私ハ台湾出身ダ!」
………そっちかい。
「何をしようとしたの?何処へ行こうとしたの?教えて!」
「はっ!誰ガ教えるか!」
罵りながらも冷や汗を流す中………台湾の人(いや、これも差別的だな)。何か隠しているんだ。
「じゃあ………言い方を変えるけど。』
「は………」
イマ(サクラ)が急に笑い出す。腰からナイフを抜き取って、男(これも差別的か。じゃあなんて呼ぼう)の顔に近づけた。
『今から質問するたびに三秒数える。それでも答えなければ三秒が終わった時にあんたの目を抉る。』
「ヒッ………」
嘘、なんだろうけど。こわ。
『行くよー?さーん、にー………』
「ま、待て!逃げようとしたんだ!」
『何処へ行くの?』
「離れた、ズッと遠くだ。」
『なんのため?』
「その、あの………」
『さーん、に』
「お、お前らが追ってくるカラだ!hopeを壊しヤガッテ、そのせいで………!」
そこで、言葉が詰まった。何か、あるのだろう。
『そのせいで、何?』
「………このhopeの体には、爆弾が仕組まれテイル。」
「『!!』」
「hopeが動かなくナッたら自動的にカウントダウンが始まる時限爆弾ダ。約十五分後、hopeは爆発シ、半径五百メートルの地帯を焼き尽くす!」
『それ、本当?』
「本当ダ!ここで嘘を吐いテモ何にもナラナイだろ!」
『………』
爆発。五百メートル、つまり、直径一キロメートル。建物内にいたら、間違いなく爆発に巻き込まれる。
『………まずいね。ねえ、あんただけ離れてどうする気だったの。建物内にはUNOの調査員もいる。仲間じゃないの?』
「ナカマ?笑わせるワ!ドイツもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって!」
『………ドイツ?ジャーマン?』
「イマ、時間がない。」
とりあえず、ええっと………男(諦めた)はその辺にあるロープで縛って、爆発範囲外まで運んできた。爆発まであと十三分程。時間がない。
「じゃあ、急いで中の人の避難誘導を始めれば、十分以内に避難完了するはず。」
「うん、そうだね………」
思い立った。思い立ってしまった。通信が途切れている。応答も、何回かしたが返事がない。
「だめだ。」
「え?」
知らせないと………!
「聖さんは、そのことを知らない!」
「………はあ?」
ほら、やっぱり。
「信じてもらえないと思ってた。お前はアレンを好きだったし………俺も、好きだった。だから、俺だって、信じたくなかったよ?でも、事実なんだ。」
こんなに饒舌に喋る自分の舌が、なんとも滑稽だった。
「化物………Un−Hopesが襲来して。逃げようとして。………アレンが、俺に銃を向けてきたんだ。」
「………!」
「間違ってたんだよ、俺たちの信じていたものは。」
ヒジリは、微動だにしない。やっぱり、少し揺さぶるだけじゃ効果ないな。なら。
「許せると思うか?………今だって。」
「!」
「俺が、何もかも忘れると思う?」
………勘の良いヒジリなら、すぐ気づくだろう。俺には、わかる。今、君がなにを守るためにここに立っているのか。俺が「誰」を恨んでいるのか。
「………リブ。」
「うん。」
「アレンは、確かに間違っていたかもしれない。」
ヒジリの瞳は、真っ直ぐだった。昔のまま。
「俺とは全く別の世界観を持っていたし、矛盾で溢れた言動も、本当は不満で、どこか怖くて、軽蔑したことだってあるよ。だけどさ。」
ゾッとした。ヒジリが、一瞬笑みを見せたから。
「俺たちがアレンを好きだったように、きっとアレンも俺たちが好きだった。」
「………根拠は?」
「ない。だけど、俺は、アレンを信じる。人を、殺そうとするような人じゃない。」
辿々しい、口遣いだった。それでも、彼の本心がそのまま感じることができた気がした。
「………本当は、話し合うつもりだった。」
「へえ、なんで?」
「お前にも、部下がいる。守るべきものがある。それを全部壊せるほど、俺は強くない。少しでも、お前に心があれば、またお前と話がしたかった。けど。」
ヒジリが、そのまま腰からダガーを取り出した。俺も、すかさずナイフを構える。
「あいつは………ミライは、アレンじゃない。」
「っ!」
「俺が、お前を止める。」
「………ふうん。」
笑ってみる。それが最善だと思ったから。
「やってみろよ。」
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