Chapters 12 Honestly
静かな攻防だった。誰も、しばらく何も話さない。
どちらが死んでも、音ひとつ立たない。
槍の先端が、私の右目をめがけて走る。首を傾けて回避。次に、私は彼女の右手に狙いを定め、小刀を向けた。槍の柄で薙ぎ払われる。彼女が振った槍の刃を、跳ねてかわす。かわされる。瞬きをしている記憶がない。いや、この時間が長く感じているだけか。
一回、パチリと瞼を閉じてみる。空気が切り裂かれる音がして、のけぞった。槍が、鼻の数センチ前で止まってる。気がする。
「油断してると、死ぬよ?」
わざと、ゆっくり目を開けた。………あら、楽しそう。槍を振り回すロリータは、笑顔だった。
『………口だけじゃ、なかったようね。』
「あんたも。本当に、人間って面白い。」
………槍は、以外に厄介かも。長いけどその割に重さがなくて、隙が見つからない。振り切った後に少しだけインターバルができるのだけど………それも重量の軽さで解決されてしまう。だったら、武器破壊を狙うのが先。だから、とにかく近づい………
「あー、今私の武器壊せば勝てるって思ったでしょ?」
『!』
「間違ってはないね。だけどさ。」
簡単にさせると思う?
………槍の、柄で思いっきり突かれた。まさかの、鼻にクリーンヒット。少し、血の味がするし。
『………なるほど。間合いが近くなってもうまく槍を滑らせて長さを調節すれば、攻撃できるわけね。』
「当たり。うわ、すごい鼻血出てるし。」
『嘘お!』
ケラケラと笑うロリ。いや、ムカつくな。イマの綺麗な顔を怪我させやがって。あ、やばい意識したらすごい腹立ってきた。
「でもやっぱ、動きいいね。まさに、『魔女』みたい。」
『だから、何?』
「………そうだ。お姉さんさあ。」
幼い笑顔が、恐ろしい。
「UNOに入らない?」
『………はあ?』
「結構うちらあんたの能力買ってるよ?無駄な動きがなくて速くて………なんの躊躇いもなく、人を殺す。」
『っ!』
「あんたは、人を殺した分、価値が加算される。だから、変な正義感捨てて、一緒に働けばいいのに。多分、人殺しこそ、あなたの天職なはずだけど………だからさっきも柄で攻撃した。どう?」
………流石に、頭に来た。声帯から漏れた声が、熱い。
『………わたしは、後悔してる。さっきも行ったはずだけど、もう人を殺したくはない。それに、ただ自分だけの利益のために動いて、たくさんの関係ない人を犠牲にし、壊す………あなたたちと、一緒に、しないで。』
少しだけ、空気が揺れた。冷静に話さなかったから、彼女がどの言葉に動いたのかはわからない。
「………なるほど、ね。」
来る。わたしも、備える。
「やっぱり、あなたたちとは分かり合えないや。」
まっすぐ、槍がまた飛んできた。避けたらコンクリートの壁にぶつかり、セメントを砕いた。多分、当たったら死ぬかもしれない。
「どうしたの?やり返してきなよ!」
急に、少女は饒舌になった。逆に、私は無口になる。観察する。何かが、おかしい気がするんだ。この子の言動と、攻撃。………一つだけ、可能性のある考えが浮かんだ。だけど、それを確信するには、まだ情報が足りない。………だったら。
………いや、もし、違ったら。私は死ぬかもしれない。………だけど。私は、私を信じる。だから。
………わざと、体を突かせた。
「………?!」
「ぅ………っ!」
肩を劈く痛みに、顔を歪める。だけど、わかった。確信が持てる。
「………は?なんで、あ、もしかして、ぼーっとしてた?いや、チャンスだったのに、殺せばよかった………」
『あなたはさ。』
あの男を怒らせた時のように。笑ってやる。
『人を、殺したことがないんでしょう?』
「………!」
今まで涼しく澄ましていた顔が、血気を失った。それだけで、成功だとわかる。
『さっき、あなたは私を殺す最大のチャンスを逃した。意図的に。』
「………根拠は?」
『勘。………ああでも、これまであなたは本来合わせて三回私を殺す好機を得ていた。全て、逃すわけがないと、普通だったら考えるでしょ?』
また、沈黙。さぞ、彼女にとっては過ごしづらい環境だろう。
『どうせあなたは、私を殺せない。だから、退いて。………私も、嫌なことはしたくない。』
脅しだった。この子を殺してしまうつもりなんて、なかった。
「………嘘が、下手だね。」
『!』
「私はあなたを殺せない。だけど、あなたも私を殺せない。」
全てを見透かす眼だった。通用しない。
「リバースさん………総司令官が、拷問は好きじゃないっていつだか言ってた。裁くなら、相手を苦しめる必要はないからって。」
『………』
「私は、わかんないんだよね、その気持ち。悪人は苦しめられて当然なのに、どうしてそんなに憐れむんだろう?」
『だから、反発してた?』
「いや。あの人のことは素直に尊敬してるし、反発しても殺されるだけだから。従順に、部下やってたよ?でも、それだけは許せなかった。」
おしゃべりな子だ。だけど、付き合っている暇はない。
「まず、手を裂く。それから指を折って、手首を切り落とす。死なないように、止血はするよ?」
『………やらせない。』
小刀を構えると、少女は満足したように笑った。
「はじめよっか。」
攻防を再開してから、どれだけ経っただろう。肩の痛みもあったけど、それ以前に攻撃が届かない。まるで、攻撃が読まれているかのように。
『あと十分。』
………まずいな。早めにケリをつけないと、イマが………
「今、あなたが考えていることを当ててあげる。」
『!』
「あなたが二重人格を持っていると仮定する。二重人格、もう一人のあなたは性格がオリジナルとまるで違う。体力も、同じ。」
『………』
「体力はなんとかできても、技の威力、持久力、それが違えば必ずオリジナルの体にも影響が出る。それを避けようと、あなたは力を抑える。」
槍を回しながら、歌うように少女は告げる。
「つまり、せいぜい体へのダメージを気にせず動けるのは、せいぜい二十分程度ってとこかな。焦ってるでしょ?」
『………話してないと死んじゃう病気なの?』
「図星だったー。」
………全て、口を挟むところがないほど完璧な推測だった。何も、言えない。うん、そう。イマは強いけど、だからってダメージが相殺できるわけじゃない。この子に、嘘は通じない。………嘘。うそ。
もしかして。
「右脇を狙ってる。」
『………!』
フェイントを見破られ、はっと意識を現実へ戻し、後ろへ体を送る。首元を、銀色の刃が掠った。
『………いった。』
きっと、今の攻撃も殺すつもりではなかったのだろう。せいぜい声帯を切って声が出せなくなるくらいで止まるように。………結構厄介だ。だけど。
『あなたは私の弱点を当ててくれた。だから、私にも想像を話させて。』
「ほう。」
もう一つの、仮定。
『………人の嘘を、見破られる?』
少女が、息を呑んだ。攻防が止まる。不殺を見破った時とは、また違う反応だった。目を見開いた上、顔も青ざめている。煽るように口元を釣り上げてやる。もしかして、本当の逆鱗は、こっちだったかな?
『最初は、動きを先読みされているのかと思った。だけどよく見ると、攻撃に対する防御が速い時と遅い時で違うことがある。それは、フェイント。』
「………なんで。」
『フェイント、つまり私が嘘をついた時にあなたはそのわずかな動きで私がすべき攻撃を予測していたんでしょ?あなたは、人の嘘がわかる。だから、純粋に攻撃すればいいだけ。』
実は、もうすでに「サクラ」は限界を迎え始めていた。こんなに長く、「私」でいた試しがなかったから。引いてくれたら、一番良かった。そんなわけないのに。
「………だったら。」
『………っ!』
少女が突然こちらを睨み、槍を振り上げた。油断した私は、手のひらを突かれた。
「ゔっ………!」
「だったら何よ!」
反動で、「イマ」に意識が引き摺り下ろされる。どくどくと、手からは鮮血が流れ続ける。
「人が殺せないから?嘘が見抜けるから?何が弱点になるって言うのよ!」
「え………」
こんなに感情的な声を聞いたのは、初めてかもしれない。見上げると、少女は笑わず、大声を上げ続けていた。何かに、苦しんでいるかのように。
「………あんたが『魔女』なら、私は『悪魔』だよ。」
冷たくそう言われて、さらに槍を深く刺される。激痛。
「っっっっ!」
「痛いでしょ?!痛いんだよ!ずっと、私だって、痛かった………っ!」
わからない。この子は、何かに苦しんでいる………いや、苦しめられている。寄り添いたい。だけど、私にはきっとできない。私には、やることがある。
「………私には、好きな人がいて。」
「!」
「その人は、あなたの組織に捕まった時、拷問を受けて。手を何度も裂かれて。」
待つ人がいる。私が、守りたい人が。
「だけど、屈しなかった。私を、守ってくれた。だからっ………!」
槍を、掴んだ。とっくに手を貫通していた刃を、引き抜く。神経が破れる音が聞こえる。さらに流れる赤黒い血に、どこか安心した。
「私は、戦う。」
「なん、で。」
相手は唖然としていた。笑ってやることが一番のダメージになるって、わかった。
「『好きな人のためっ!』」
そのまま、槍の刃を持って、折った。刃以外が木製の槍は少し力を入れれば簡単に折れてしまった。いける。いけ。
困惑する少女に、容赦なく凶器を振り下ろした。
「………サクラ。」
『ん。』
「ありがとう。」
意識の外。サクラは俯いたまま、こちらを見ない。
『………ごめん。』
「なんで?」
『ダメージをかけてもいいって。………イマが壊れても、いいって。思ってた。ずっと、どこかで。』
小さいものの、ちゃんと心に入ってくる声だった。私は微笑みかける。
「ううん。今も………これまでもずっとサクラは私を守ってくれてた。」
『でも、私は』
「私の大切な人を、守ろうとしてくれた。」
手を握った。冷たく、幽霊のような白い手だった。
「ありがとう。あなたはまた、私を助けてくれたよ?」
例によって、私はまたサクラのことを抱きしめた。前とは違って、柔らかく。
くすりと笑ってすぐ放した。サクラは、笑っていた。
『ありがと、イマ。』
人間が嫌い。すぐ嘘をつくから。
嘘をついている人は、目を見ればわかる。視線。瞳孔の大きさ。眼球の泳ぎ方。虹彩の開き具合。目は、正直だから。
だから、みんなは私を気味悪がったし、私もこの能力が嫌いだ。嫌いだから。傷つけても良いと思われたんだ。だけど。
「リバースさんは、私の能力を買ってくれた。」
私を見つけてくれたのも、利用してくれたのも、あの人だった。だから、考え方は全く違ったけど尊敬していた。「崇拝」ほど強い気持ちじゃないかもしれないけど。
「………でも、それって。」
「分かってる。うまく利用されていただけ、ね。」
鉄格子に、もたれかかった。目が覚めた時、取調室の机にあった手錠で、それと繋がれていた。あの時、気絶させられていたらしい。
「殺せばよかったのに。」
どうせ私は、この人を逃した時点で死刑確定だ。死ぬ時だって、早いか遅いかの違いだ。なのに。
「………総司令官は、あなたを殺さないと思う。」
「!」
「あの人にだって、大事なものはあるよ。」
それ以上、何も言われる気配はない。それでも響いたのは。
その瞳に嘘がなかったから。
「………あなた、バカでしょ?」
「失礼な。徴兵がなければ、偏差値八十の高校も考えてたんだからね。」
「ヘンサチ?何それ。」
初めて聞いた日本語だ。年上の美少女は、少し考え込んでつぶやいた。
「確か………テストの個人の得点から全体の平均を引いて、そこに標準偏差×10+50を足して求める学力の………」
「え、えええ。え?」
残酷な知識の量に押しつぶされる。終いには鼻で笑われた。
「あなたもバカでしょ?」
「図星ですが!」
「冗談。………それに、間違えたことを言った覚えはないよ。」
不貞腐れた私に、敵は笑いかけた。
「総司令官は確かに冷酷で恐ろしいし、底の見えない敵意のような感じだけど………あの人は苦しんでる。ずっと、何かに。」
「………」
「雑念がある以上、自分にとって重要な人は殺せないでしょ?」
………「重要」という表現に、彼女の無機質を感じた。でも、正しい。私も、あの人にとっての「重要」になれるように立ち振る舞っていたから。
………負けだ。完全に。
この人には、何もかも気づかれてしまう。
「………聞こえる?」
「?」
「ここの真上。足音が聞こえる。何かが、始まったんだよ。」
「!」
疑問符から感嘆符への移ろいが、すぐに分かった。理解が早い。
ここは、UNO本部の建物のそばにある地下独房。この上で、戦いがあるのだろう。もしかして、あの時リバースさんの顔が曇っていたのは。
「………終わりかな。」
「え?」
「なんでもない。」
どっかに盗聴器でも仕掛けられてたら、次こそ私は処刑されてしまう。「諦めればそこで試合終了」………だっけ。諦めたら、助かる命もあるだろうに。
「心配させたくないなら行けば?どーせ私は動けまてんし。」
「………ねえ、ベルーカ………さん?」
「ベルーカ・リリィ。『ベル』って呼んでよ。」
さん付けされたのが素直に嬉しかったから、ぶっきらぼうになった。
「あなたは、本当は優しい人だよね。」
「………はあ?」
「優しい」の「や」の字もKindの「K」の字も思い浮かばない、私が?
「んなわけないでしょ、そんな………」
「人を殺せないのは、きっとあなたが優しいから。嘘を見破っても、それでも信じたいと願うから、自分のことが嫌いなんでしょ?………あと、水ありがとう。」
「なんのこと?」
「牢屋で渡してくれたやつ。」
にこりと笑う敵の顔があどけなくて、不意に涙が出そうになった。このタイミングで来やがった。
「………不思議だああぁ。」
「ん?」
「なんでもない!とにかく行きなさい、しっしっ!」
涙を見られたくなくて、彼女を手で追い払う素振りを見せた。一人になりたかった。人と向き合うことがこんなに怖いことだったなんて、思いもよらなかったから。
「………ありがとう。」
それだけそっけなく言って、佐倉イマは廊下の奥へ消えた。手錠から抜け出す術はない。このまま、待つしかない。
………まだ、生きてるだろうか。ふと思い至って、胸元についた無線機へ目を移した。響かないよう注意して、呟く。
「逃走です。」
『………』
「はい、申し訳ありません。」
『………』
「………へ?」
感嘆が、落ちる。ノイズが走って、通信機は何も発さなくなった。
「よく頑張ってくれたね。」
それだけ言って、小さな通信機を握りつぶした。ぶつ切れの機械音が走り、手のひらで最も簡単に壊れてしまった。後ろに投げ出して、目の前の敵と対峙する。
「お互い、背負うものはあるね。」
「………そうだな。」
ヒジリは、笑わなかった。理解できても、結局俺たちは戦わなくてはいけない。
「………一つ、答えて。」
「?うん。」
「お前は。」
わからない。ヒジリが、困惑の表情を浮かべていた意味が。
「蛍沙架………アレンのことを」
「違うっ!」
自分でも、驚いている。なんでこんな言葉が、すぐ出てきたのか。喉が熱い。フラッシュバックだった。
「………ヒジリは。」
驚愕を顔に出すヒジリに、俺は別の質問を投げた。
「ヒジリにとって、アレンは、どんな存在なの?」
「………家族。」
即答だった。薄っぺらい言葉でないことが、出まかせでないことの何よりの証明だと思う。うん。
「………そう言うと思った。」
ヒジリは、そういう奴だよな。そして………俺は笑った。
「は、ははは、はっ!はははっ………!ああ、面白い。」
こんなに笑ったのも、こんなに苛立ったのも、久しぶりだったかもしれない。
「やっぱり、君とはもう分かり合えないよ。」
「………どういう意味だ?」
「そのままだよ。アレンを善としか見ない君と、話し合う余地はない。」
記憶を呼び起こす。愉快だった脳を、すっと冷ます。これが、一番効果的だと思ったから。
「アレンは、俺を殺そうとしたんだ。」
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