雪兎の削り氷

序、雪兎の削り氷

 ――あとは器量きりょうだけ良ければ。


 何度も聞いた言葉だ。

 真面目、優しい、穏やかな性格、教養もある。だが、見目だけが良くない。

 容姿が醜いことなんて、自分が一番わかっている。どれだけ中身を磨いたところで変わらないそれが大嫌いだった。命を絶つことも考えた。

 しかしあるとき、そんな環境が好転し始めるのだ。




 向こうの親が決めた結婚だった。

 やって来た女性はそれはもう美人で、こんな人が自分の嫁になるのか、と胸が高鳴ったのを覚えている。

 だがそれと同時に、可哀そうな人だと思った。こんな醜男ぶおとこの元へ嫁がされるなんて。

 だから、彼女には触れなかった。

 そうしてしばらく月日が経ったころ、驚くことが起きた。

 彼女の方から指に触れてきたのだ。白魚のような細指でこちらの手に絡みつくその様は、例えるなら白蛇のようだと思った。


「あなたは、ほんの少しもわたくしに触れてくださらないのですね」


 春を告げる小鳥のように愛らしい声。それが耳朶を打ったとき、息することさえ忘れた。

 ようやく伝えられたのは、君が嫌がると思って、という他責思考な言葉だった。なんて情けない男だ、と自分をここまで責めた日はない。

 彼女は心外そうな顔をして、こちらを見つめた。


「嫌だったら、もうとっくに逃げ出しています。私には足があるのですから」


 ――でも、こんな面をした男に触れられるのは嫌だろう?


 狼狽してそう言った自分に、彼女はため息をこぼした。


「私のことを思って今まで触れずにいてくれたことはわかっております。しかし、それも今日で終わりにしましょう。……そのお顔はたしかに美しいとは言えないかもしれませんが、優しい性格の方に持っていかれてしまった故です」


 それに、と彼女は言葉を続ける。


「妻の私は、その顔ごとあなたのことを好いております。それだけではいけない理由がおありで?」


 今までの呪縛が解かれたように、身体が軽くなった気がした。

 生きてきて良かったと思う反面、死ぬなら今がいいと思った。

 死とは、とまること。この場面を切り取り、保存させておくこと。

 

 ――誰か、こんなにも幸せな男を殺してくれ。


 心の底から、そう思った。

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