鬼団子と萵苣の味噌汁
序、鬼団子と萵苣の味噌汁
――母上、どうして私にこの名をくださったのですか?
「あら? 不満なのですか?」
そうではない、と大慌てで首を振る。
両親からもらった大切な名だ。不満だなんてとんでもない。ただ本当に、ふと気になっただけなのだ。
「ふふ。そこまで必死で否定するなんて、かえって怪しいですね」
華奢な肩を小刻みに揺らして母上は笑った。この時間が幸せで仕方がない、とでも言うような笑みだった。
からかわないでくれ、と苦言を呈し、名の由来について答えを促す。ひとしきり笑った母上は、袖で隠していた口元をあらわにした。
「読んで字の如くです。幸せである子、という意味を込めて名付けました」
――幸せになって欲しい、ではなく?
「はい、『幸せになって欲しい』では足りませんから」
――とんちでしょうか?
「いいえ? 母は至極真面目ですよ」
己によく似た、いや、自分が似ているのだろう下がった
「あなたは『幸せであるために生まれてきた』のです。ですから、幸福でなければいけません。幸せに
そう言った母上の顔を、今ではよく覚えていない。
しかし、己の名に込められた願い、これだけは忘れることがないだろう。
それこそが己の指針、生きる意味。
――一等幸福でいなければ。
同僚が子どもに恵まれた。
祝いの言葉を送った。同僚は屈強な身体に似合わず、涙を浮かべて喜んでいた。
自分はこの国一幸福な男だ、と言った。
……この国一?
すっ、と己の顔から笑みが消える。
……何を言っているのだ、この者は。
ただ幸せを享受している分には問題ない。だが、この国一は駄目だ。
この国で一等幸福であるのは、己でなければいけないのだから。
それにしても、と考える。
人は子どもが生まれると、己はこの国一幸福だと勘違いしてしまうのか。
それはいけないな。本当によくない。
……あぁそうだ。種をまく方法が無くなればいい。
種を植えなければ花は咲かず、実もならない。
そうなれば、愚かにもこの国一幸福などと勘違いする者も減るだろうて。
こんな滑稽な妄想が現実になるわけない、と乾いた笑いをもらして、口の中で己が名を呟く。
――
それが、幸せであるために生まれてきた男の名である。
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