鏡の国

リュウ

第1話 鏡の国

 つり革にぶら下がった姿を見つめていた。

 この時間は、人も疎らだ。

 夜の電車の窓に映った自分。

 いつの間にかこんなに歳をとってしまったのかと驚く。


 本当に自分なのかと疑って、右手を軽く振ってみた。

 窓に映りこんでいたのは自分だった。


「僕は、何をしているんだろう」と、自分に問いかける。


 答えは無かった。


 窓に映った僕は、ただ、幽霊のようにユラユラと揺れる。


 線路のつなぎ目を車輪が通る度のガタンという音と振動が、思考を妨げようとしていた。


「もっと、違った生き方をしたかったなぁ」

 つぶやきと共に気が遠のいていく。


 ガタンゴトン


 ガタンゴトン


 ガタンゴトン


 この心地よいリズムが、僕を夢に誘う。


「座るか……」


 倒れこむようにシートに身を落とす。


 前髪をかきあげ、また、窓を見る。


 相変わらず暗く、鏡のようにこちらの世界を映し出す。


 鏡の国……


 そんなのがあったな。


 この鏡の向こうに別の世界がある。


 こっちの僕は、仕事でくたくたになって、シートにもたれかかっているけど。


 鏡の向こうの僕は、大好きな彼女と羽目を外して遊びまわって、くたくたなのかもしれない。


 シートに横たわっている様子は、同じなのに……


 これも映画にあったな。


 女優を目指す彼女とジャズピアニストの話。


 いい映画だったな。


 ラストが幸せすぎて、羨ましかった……



「起きてよ、次で降りるよ」


 僕は、女性の声で起こされた……


 いつの間にか寝ていたらしい。


 ゆっくりと目を開ける。

 眩しさに瞬きしながら、目を開けると、かわいらしい女性の顔があった。


「疲れちゃったけど、楽しかったね……大丈夫?」


「あれ、僕はどっち側に居るの?」


「何言ってるの」


と、彼女は笑いながら僕の手を引いて、シートから起こしてくれた。


「こっちの方で良かった」


 僕は、自分の頬が緩んでいるのを感じていた。

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鏡の国 リュウ @ryu_labo

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