瑠奈とちゃちゃ丸

新しく澤井家の一員となったルナは、「瑠奈」と命名された。

数日後、二人は無事退院し、瑠奈は母親に抱かれて澤井家に帰って来た。

澤井家は東北地方のS市内の住宅地にあり、戸建ての家であった。

小さいながら庭もあり、面した通りは交通量も少なくて静かだ。

また、家には猫がいた。

ちゃちゃ丸というオスの三毛猫である。

ちゃちゃ丸は瑠奈が生まれる数年前から澤井家に居るそうで。瑠奈と私にとって先輩だ。


瑠奈は家族の愛を一身に受けて、すくすく育った。

標準より身体は小さいが、病気らしい病気もせず健康であった。

母親の奈緒は行き届いた世話をしており、私が心配する必要はまったくなくて、ただただ見守るだけ。

日がな一日、瑠奈の顔を眺めて過ごす毎日である。

やがて瑠奈はハイハイから立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き回るようになった。

カタコトの単語を喋るようになり、好奇心旺盛で、だんだんヒヤリとさせることが増え始めた。


ある日のことだ。

瑠奈はおもちゃで遊んでいた。

ぬいぐるみの尻尾を舐めてみたり、積み木を拾って投げたり。

ふと。椅子の足の陰にビー玉を見つけてそのほうへよちよち歩き出した。


しまった。

あれはきっと、洸が昨夜遊んで忘れていったのだ。

いつもなら奈緒がきちんと片付けているのに、見落としたのだろう。

奈緒は台所で洗い物をしていて気づかない。

あれを瑠奈が飲み込んだら大変だ。

瑠奈の目の前に、何か興味をそそるモノを作らなければ、と思った。

そのときだ。


「にゃーん。」


突然、ちゃちゃ丸が横から飛び出して瑠奈の視界に躍り出た。

瑠奈とビー玉を遮って、ゆるりと動きを止める。

「ちゃーちゃ!」

瑠奈はびっくりしながらも、ちゃちゃ丸の出現に大喜びだ。手を伸ばしてちゃちゃ丸を捕まえようと近づく。

その瞬間。

ちゃちゃ丸は瑠奈の手をするりと交わしつつ、長い尻尾でビー玉を弾いた。

コッ。ビー玉はキャビネットの下に転がり込んで壁に当たり止まった。

見事な技。


「ありがと、ちゃちゃ丸」

私は声をかけた。

ちゃちゃ丸は私を見上げた後、つんと尻尾を立ててすまして見せた。

顎を逸らし、ゆっくりと目を閉じて

『ざっとこんなもんさ』

と言っている。

「ちゃちゃ!」

気取っているところを、瑠奈に捕まった。

両手で胴体に抱きつかれ、不意打ちをくらって目を白黒させている

「にゃん!(うぐ!離せ、瑠奈)」

だが、決して瑠奈に爪を立てない優しいちゃちゃ丸なのだ。

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