第15話 爆破
「サターンはお前らが来る前に殺した」
ウラノスは淡々とした様子で供述を始めた。明日真の全身は痺れ、もう僅かにすら動けそうにない。ウラノスが解毒剤と言った、目の前にある小瓶を飲ませてもらうかどうか、声が出せるうちに決断を下さなくては、と思いながら彼の話に耳を傾けた。
「お前がさっき言ったように、こんな風にして、空を殺したときの自白をさせてからな」
「それで、どうやって、あのタイミングで死体が落ちてくるようにしたんだ? たしか、西園寺さんがゲームの開始を告げた直後に落ちてきた」
「簡単さ。ドームの中央に扉があっただろ。あそこに紐で吊っておいて、タイミングよく遠隔スイッチを押して、切断機で紐を切った。それでズドンさ。その後、全員でドームへ行ったときにこっそり切断機と紐は回収した」
「じゃあ、マーキュリーは? ナイフで刺されたはずじゃなかったのか? 何で死体が移動してた?」
「最初に死んだのが演技だったからさ。お前らが空を殺したことを話してくれたのは、あいつだった。すべて白状してくれたら、西園寺さんが一億円を払ってくれる。そう持ちかけたら、あっさりペラペラと喋った。自分は無実だ、お前らに巻き込まれただけだって、嘘くさい涙を流して訴えてきやがった。だから、俺は騙されたフリをして利用してやることにした」
「やっぱり、マーキュリーが共犯者だったのか?」
「だから言ったろ、利用しただけだって」
ウラノスは苛立ったような口調で、わざわざ訂正した。自分の婚約者を殺した相手と『共犯』と言われるのが嫌で仕方ないらしい。
「そのお得意の演技力を活かして、死んだフリをしておいてくれと言った」
「だから、マーズを突き飛ばして、お前が死亡確認をしたんだな」
「その通り。お前ら、見事に騙されてたところを見ると、あいつの演技力もそれなりのものがあるらしいな。批評家には酷評されてるみたいだが。まあ、それももう今となってはどうでもいいことか。ただ、あのときは少しだけヒヤッとした」
「あのとき?」
「マーキュリーの髪の毛が乱れてると、お前が指摘したときだよ。幸い、お前がたいして固執しなかったから済んだが、あそこで計画が破綻してた可能性もある」
やはり、そうだったのか。明日真は悔やんだ。あのときにもっと追及していれば……。今となっては後の祭りだ。そもそも、莫大な遺産というエサに釣られて、こんな場所にまで来てしまったのが間違いだったのだ。
「他にも予定は狂った。裏切り者が出るんじゃないかと予想はしていたが、ヴィーナスがマーズを殺すとはな。俺はおっさんが暴走して皆殺しにしようとすると予想してたんだが、あんなでかい図体してあっけなく死んだもんだよな」
ザマァみろ、というようにウラノスは笑う。
「マーキュリーに死んだフリをさせた意味は?」
「決まってるだろ。アリバイ作りさ。あいつが最初に死んだ演技をしたとき、俺はアリバイを確保することができた。お前らの疑いの目を晴らすことができた」
「マーキュリーには何て言って協力を仰いだんだ?」
「遺産を山分けしよう。手を汚す役は俺に任せろ。全員を殺す間、死んだフリをしていてくれ。そう言った。疑う様子はちっとも見せなかった。本当におめでたい奴だよな。婚約者を殺された俺が、そんなお人好しなことを考えると本気で思うとは」
「じゃあ、マーキュリーを殺したんだな」
「当然。お前らが上の部屋でみっともない取っ組み合いをしてる間に、今度こそ本当にナイフで心臓をひと突きしてやった。こちらの殺意に気づかれて悲鳴を上げられてしまったのは計算違いだったがな。何もかも小説みたいに上手くいくもんじゃないってことを知った。見ろ。あいつが抵抗したときに引っ掛かれたんだ」
よく見るとウラノスの右腕には、引っ掻かれて赤くなった傷痕が無数にあった。マーキュリーの断末魔の抵抗の様子がありありと反映されているようで、痛々しくて不気味に見えた。
「ヴィーナスの死に関しては説明するまでもないだろ? あの女の部屋でお前たちが密会してたとき、こっそり上の部屋へ行って、ヴィーナスの生命維持装置に毒ガスが流れるよう細工した。どうだ、もういいか?」
「まだだ。肝心なのがまだ残ってる。お前自身の死体だよ。当然、あれはお前じゃないということになる。じゃあ誰の死体なんだ? どうやって密室状態をつくった?」
マーキュリーの死の謎が解けた今、明日真にとって最も意味がわからないのが、あの密室状態で見つかった斬首死体だった。
「あんなの簡単なトリックじゃないか。よく考えてみろ。最初に集会室で西園寺さんの話を聞いたとき、奇妙だと感じなかったか?」
明日真を試すようにウラノスは意地の悪い微笑を浮かべる。
「最初に? 奇妙だと感じたこと?」
そんなこと言われたら、ここへ招かれて遺産相続ゲームなどというものをやらされたこと自体が奇妙だった。
「そう。ルールだよ、ルール」
「ルール?」
ウラノスはヒントを出しているつもりらしいが、明日真にはピンとこない。
「そう。ルール。途中でヴィーナスが破ったにもかかわらず、何も起こらなかったルールがあったろ?」
たしかにそんな場面があったような気がする。あれはいつ、何をしたときだったか。必死に思い出そうとしても、明日真の思考力は身体の痺れと同様、どんどん自由を奪われているようで、上手く考えがまとまらなかった。その様子を察したのか、明日真に答えを要求するのを諦めるようにウラノスは笑った。
「コードネームで呼べってルールだよ。おかしいと思わなかったか?」
「ああ、たしかに……」
明日真は納得した。あのとき、西園寺のアナウンスでは、『十年前のあの頃の気持ちを思い出してもらうため』と説明されたが、これから殺し合いをさせるメンバーに当時の記憶を思い起こさせる意味などない。そして、ヴィーナスがアースとではなく、明日真と呼んだとき、何も起こらなかった。
「あれは、胸に名札を付けさせるのが目的だっただけだ」
「どういうことだ?」
「まだわからないのか、弁護士先生。ここまで説明すれば、お前が一番に気づくはずなんだけどな」
「俺が一番に?」
「だって、お前は俺と一緒にサターンの死体を安置室まで運んだだろ。サターンの足側を持って」
「何でサターンの話が出てくるんだ」
明日真には、ウラノスがわざと複雑に話をしているような気がした。
「ここまで言ってもわからないのか」
ウラノスはわざとらしく、大袈裟にため息を吐く。
「あのとき、サターンの身体はなかったんだ」
「は?」
突拍子もない話に明日真は目を剥く。
「何を言ってるんだ? お前がたった今、言ったばかりじゃないか。俺はサターンの足側を持って運んだと」
「ああ。たしかに運んだ。サターンの肉体の代わりに、同じ重量の重りを詰め込んだ宇宙服をな」
「なっ……」
明日真はしばし絶句した。回転がどんどん遅くなる頭で必死に今のウラノスの言葉を吟味する。
「じゃあ、あのとき、俺たちはサターンの頭だけを運んでいたということか?」
「正解」
覚えの悪い生徒に呆れるようにウラノスは渋い表情をしながら頷く。
「ここまで説明すれば、もうわかるだろ。密室トリックの正体」
「ネプチューンの名札を付けたジャンプスーツを、サターンの死体に着せて放置した」
「正解」
ウラノスは目をつぶり、両腕を胸の前で組みながら頷く。
「その胴体の上に置いてあった鍵は別の部屋のものだった」
「正解」
「頭は……頭は? まさか、本物のネプチューンの頭を用意したのか?」
ウラノスは瞼を開けて笑った。
「まさか。そんなことするか。俺たちはお前たちと違って、簡単に裏切ったりはしない。そもそも、俺があいつを殺す理由もないしな。今頃、地球で俺の双子の兄貴とあちこち飛び回ってるさ」
「双子の兄貴?」
「いや、何でもない。お前には関係のない話だ。そう、あの頭はかなり精巧にできてるだろ? まるで本物みたいに見える。あれは、3Dプリンターで作ったんだ。マーキュリーがメイクをする要領で着色して、ウィッグを被せてくれた。不器用な俺の手じゃ、どう頑張ってもあんなにリアルな首は作れなかった。あいつには感謝してる。あのバカ女がいてくれたお陰で、お前らの恐怖心をおもしろいくらいに煽ることができたからな」
ウラノスは満足そうに微笑むと、「さて」と言いながら、モニターがあるほうへ歩いて行った。明日真は身体が動かないため、彼が何をしているのか見えない。不安に駆られた。
「何をしてる?」
「起爆のプログラムを作動させているのさ」
「起爆?」
「そう。ああ、言ってなかったか。ムーンパレスは爆破するんだ。西園寺さんの遺言でな」
「爆破? ここを? 冗談だろ? この基地にどれだけの価値があるか、西園寺さんが誰よりもわかってたはずだ。そんなこと言うはずがない」
婚約者を殺され、復讐を終えたことで、ウラノスは自棄になっているんだ。ただ自殺するだけでなく、ヤケクソでここも爆破しようとしている。頭がおかしくなったに違いない。明日真はそう思い、ゾッとした。生きていくことに絶望し、狂乱状態に陥った人間を説得するのは困難だ。どんなに理性的に諭そうとしても、そういう人間はこちらの話にまともに耳を傾けてはくれない。弁護士として犯罪者と接する機会が多いだけに、明日真はそのことを充分すぎるほど理解していた。
「たしかに、これから人類が火星探査するのに、ここはとてつもない価値を持つだろうな。酸素が行き届いた空間、ロケットの燃料になるエネルギーを作り出す設備が整えてある。ムーンパレスを作ったのは、宇宙開拓史に名を残す偉業だと思う。西園寺さんからここを爆破して欲しいと頼まれたとき、俺も反対したよ」
ウラノスの口調は冷静だった。狂乱しているわけではなさそうだ。だからこそ、明日真は混乱した。
「西園寺さんは、どうしてそんなことをお前に?」
「お前たちのせいだよ」
「俺たちの?」
「お前たちが醜い欲望を見せて、空を殺した。西園寺さんは、ムーンリバー計画のクルーの中から遺産相続人を選ぶと言い出したことを、ひどく後悔した。こんなことになるとは思わなかったと。そして、気づかされたんだ。人間の欲望は限りがないことに。地球から火星まで行くのには数年かかる。今の技術では、有人探査はまだまだ課題だらけだ。でも、いずれ達成する日がくるだろう。昔は夢のような話だった、月面での生活を西園寺さんがこうして実現させたように。そして、もし本当に火星に移住できたら、人類にとっては大きな進歩になるんだろう」
そこまで言うと、ウラノスは一旦口をつぐんだ。キーボードを叩く音が室内に響く。
「それで?」
不安になり、明日真は話の続きを促した。
「それで……。人類がどんどん活動領域を広げると、どうなる?」
「どうなる、というと?」
「それは宇宙にとって、よろこばしいことなのか? そうではないだろうな。人類は欲望を叶えるのには貪欲だが、都合の悪いことには目を背ける。スペースデブリがそうだ。人間がゴミを撒き散らかすんじゃない。人間そのものが宇宙にとっては害のあるゴミなんだ。お前らが空を殺したことで、西園寺さんはそう考えるようになった。空はよく言ってたよ。月や火星に目を向けるのもいいけど、まずは自分たちが出すゴミの処理の仕方を考えるのが先決だろうって。だから、会社を立ち上げた。空が死んだことで、西園寺さんはその言葉をよく思い出すようになったそうだ。そして、こう思ったらしい」
キーボードを叩く音が止まった。ウラノスが歩いてきて、明日真の目の前でしゃがみ、彼の顔を無表情で見下ろす。
「地球は比類がないほど美しい惑星だ。人間にとってベストな環境が揃っている。それを維持できないのならば、地球と一緒に滅びるべきなんだと。与えられた物を大事にできないのならば、それはどこへ行っても同じことを繰り返すだけだ。そう言っていた」
「だから、ここを爆破すると?」
ウラノスは無言で頷いた。嘘やはったりではない。明日真はその顔を見て直感した。だとしたら自分の命はどうなるのだろう?
「お前には二択を与えてやる」
ウラノスはそう言うと、どこから持ってきたのか、明日真の目の前にデジタルタイマーを置いた。一時間五十八分を示し、カウントダウンされている。どうやら二時間後にタイマーが鳴るように設定してあるらしい。しかしなぜ? 二択とはどういうことだろう? と明日真はウラノスの顔を見た。
「ここを二時間後に爆破するようにセットした。この小瓶の中には、解毒剤に強力な睡眠導入剤を混ぜてある。これを飲まなければ、一時間後には毒が呼吸器系を停止させてしまう。眠りながら痛みを感じずに死ぬか、苦しみもがきながら死ぬか。どちらかを選べ」
「は?」驚き、怒りに満ちた目で明日真はウラノスを睨みつけた。「全部話したら、殺さないと言ったじゃないか。やっぱり嘘をついたんだな」
「勘違いするなよ」
ウラノスはドスの利いた声を出すと、顔をぐっと近づけて言った。
「俺は毒殺しないと言っただけだ。まさか、生きて帰れると思ったのか? 自分たちが犯した罪がどれだけ重いのか、まだわかってないのか?」
「そ、そんな……」
絶望の中で疑問が湧く。
「それなら、お前はどうするんだ? イカロスは飛び立ってしまった。あるのは、地球まで飛べない小型宇宙船があるだけだ。まさか、心中するつもりなのか?」
「そんなこと俺の勝手だろ」
にやりと薄気味悪い笑みを浮かべると、ウラノスは顔を離した。
「どっちにする? 十秒以内に選べ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
無情にもウラノスはカウントダウンを始める。命乞いしても無駄だ。彼の冷酷な顔を見て、明日真は自分が死刑台の上に立たされていることを確信した。
「八、七」
苦しみながらも残り一時間、理性を保ったまま生き延びるか。
「六、五」
それとも、苦しみから解放され、気持ちよく眠ったまま死ぬか。
「四、三」
ふたつにひとつ。
「二、一」
明日真には選べなかった。
「ゼロ」
ウラノスは黙り込み、死にかけの昆虫でも見下ろすような目を明日真に向けた。やがて、口を開いた。
「空は、お前たちのことを誇りに思ってた。火野と茜はエンタメ業界で、お前は法の整備で、それぞれ宇宙を舞台に活躍している。自分も負けていられないと、いつも言ってた。それを聞くたびに嫉妬したよ。ムーンリバー計画に参加した経験を活かして、みんな大きな事業をしている。それに比べて俺は何だ? 地球で平々凡々と物書きをしていて、西園寺さんを失望させてしまったんじゃないか。いつもそう思ってた」
「ほんの出来心だったんだ」
明日真の声はかすれていた。喉が絞めつけられたように、次第に呼吸をするのが苦しくなる。
「お決まりのセリフだな。福田も同じことを言ってた」
ウラノスは、一気に興味を失ったような顔をする。ダメだ、去ってしまう。行かないでくれ。そう訴えたくても、明日真は上手く声が出せなかった。
「じゃあな、アース」
ウラノスはそう言うと、明日真の背後、西園寺の棺に視線を移した。
「さようなら、西園寺さん。ちゃんと言われた通りにしますよ。安らかに眠ってください」
目をつぶり合掌する。どうにか心変わりしないか。助けてくれ。頼む、何でもする。お願いだ。明日真はウラノスを見上げ、必死に訴える視線を送った。けれど、瞼を開けたウラノスは、もはや明日真には一瞥もくれず、そのまま部屋の外へ出て行ってしまった。どこへ行くんだ? 行かないでくれ。頼む! 明日真の願いはもうまったく声にはならなかった。
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