第14話 真相
自動販売機のそばに置いてあるベンチに月丸と並んで腰かけ、天王寺はすべてを明かした。自分が天王寺広海の一卵性双生児の兄の康介であること。空の死の真相を知るよう、地下洞へ行って西園寺の日記を見つけるように月丸を誘導して欲しいと、広海から頼まれたことを。
その話に黙って耳を傾け、天王寺が話を終えてからも、月丸はしばらく口を利かなかった。
その間、天王寺は月を見上げていた。満月だった。原生林が深い闇を作る中、その真上で妖しく照り輝いている。あそこに広海がいるのだ。その事実が信じられなかった。それ以上に、広海が殺人を犯していることが非現実的に思えた。
「何でだ?」
やがて、月丸が口を開いた。
「どうして、あいつは俺に声を掛けてくれなかったんだ? あんたや鏑木には協力を求めて。俺だって十年来の仲なんだ。空ちゃんが、あいつらにそんな卑劣なことをされたと知ってたら俺だって……」
「あんたがそう言うと思って、広海は誘わなかったんだ」
天王寺の言葉に目を剥き、月丸は振り向く。
「どういうことだ?」
「あんたには多恵さんとさくらちゃんがいる。あんたが独身なら、計画に誘ったかどうかはともかく、真っ先に空ちゃんの死の真相については話してただろうって言ってた」
「くだらない気を遣いやがって」
「くだらなくはない。世間を揺るがすニュースは、当事者だけでなく、その周囲の人間も巻き込んで苦痛を与えるもんだ。空ちゃんが死んだとき、あんたも経験したろ?」
当時、空の婚約者である弟がマスコミから追われるだけでなく、自分もつけ回されたことを、天王寺は昨日のことのように覚えている。無論、彼の場合は弟に瓜ふたつのため、本人と間違われた部分が大きいが、それでも家族にまで容赦なく取材攻勢があることを痛感した。
月丸は納得した顔をするも、すぐに反論した。
「じゃあ、何でこんな回りくどいことをしたんだ? 暗号だの何だの。それに、あんたを使って、こんなところにまで誘導した意図は何だ?」
「あいつは月面であんたに成りすましているんだ。なのに、あんたがターゲットの誰かと連絡を取ろうとしたり、最悪、月へ行こうとしたら計画がパーになるだろ。ただ、空がなぜ死んだのか、誰に殺されたのかを、広海はあんたにも知って欲しかった。だから、俺がお目付け役になって、目的地まで誘導することになったんだ。本当は、ここへ辿り着いて日記を手に入れるのは明日の予定だった」
「ということは、明日には殺しをすべて終えるということか?」
「そう。最後の一人を殺して終わる。だから、俺は上手く時間を調整しようと思った。けど、思わぬ伏兵が現れたせいで、予定が狂った」
「さくらか」
苦笑いする月丸に、天王寺は頷く。
「広海の予想では、下手したら最初の暗号も解けないんじゃないかって」
「舐められたもんだ」
「でも実際、解けなかったからな。ふたつ目の暗号に関しては、自分で解く気もなかっただろ」
「まあな。暗号といえば、やっぱり陽介は気づいてたんだな。『太陽は消された』って暗号。あれを読んだときのあいつの反応は、空ちゃん殺しに関わってた何よりの証拠に思える」
「そうするために、あの文章にしたんだ」
「でも、どうして気がついたんだ? 空ちゃんがあいつらに殺されたってことに。宇宙船の操縦中に居眠りしなかったにしても、事故の可能性だってあったわけだろ」
「あいつらは、空ちゃんが遺産相続人の最有力候補とみなした。空ちゃんさえいなくなれば、全員に分配されるかもしれない。そうでなくても、共犯者の中から選ばれたら全員で山分けする。そう企んでいた。ところが、その当てが外れた。西園寺さんが遺産相続の話を撤回してしまったからだ。当然、あいつらは不満に思った。鏑木が陽介と酒を飲んだとき、それとなく話を振ってみたらしい。元々、デブリ回収のためのモジュールが会社の在庫からひとつ無くなってることに、鏑木は疑問を抱いていたらしくて」
「それで、陽介は犯行を認めたのか?」
「まさか。でも、その雰囲気は察したらしい。鏑木は、空ちゃんが乗ったネメシスが大気圏に突入するまでの軌道データを入手して分析した。それで、コスモスで使ってるモジュールと同じような動きをしてることに気づいた。つまり、スペースデブリを吸着しながら地球周回軌道を何周かした後、大気圏に突入して燃え尽きるように飛行してたんだ。鏑木の予想では、地球の周りを回ってる間にデブリがネメシスを突き破って、宇宙空間にいる間に空ちゃんは死んだ可能性もあったって」
「本人はその頃は意識がなかっただろうけど、かわいそうにな。宇宙をきれいにするために、必死になって開発した物で、まさか自分が殺されるとは思いもしなかっただろうな」
「陽介が頭を下げて働かせてくれと言ってきたとき、鏑木は反対したそうだ。奴のだらしなさを知っていたから」
「自己中で怠惰。ムーンリバー計画が仮に政府主導のものだったら、あんな奴は絶対に選ばれなかっただろうな。西園寺さんは面白がって採用したみたいだけど、こんなことになってしまって後悔してるだろうな。それで、陽介から話を聞いて、鏑木がデータを分析しても、まだ奴らの犯行という確証は得られなかったわけだろ? それからどうして真相を調べたんだ?」
「鏑木からその話を聞いた広海は、パーティーに参加したメンバーに聞き込みをすることにした。たやすく口を割りそうな奴に。西園寺さんが真相を知りたがっている。何か知ってることがあるなら話してくれ。お礼に一億円わたす。そんな甘い汁をちらつかせて。最初に会いに行った奴が、あっさり罠にかかって、殺人計画を何もかも打ち明けた。わたしはその場にいただけ。反対したら自分が殺されると思って、従ったに過ぎない。モジュールを用意して宇宙船に設置したのは陽介だし、睡眠導入剤を空ちゃんに飲ませたのは福田。そのための段取りを決めたのは火野や茜、明日真たちであって、わたしは本当に単なる傍観者に過ぎなかった。涙ながらにそう訴えたそうだ」
「遥香だな」月丸は怒りで顔を顰めた。「あいつの嘘くさい演技は元々嫌いだったけど、これから映画やドラマで見るたびにますます反吐が出そうになるだろうな。いや、もう見ることはないのか。今頃はもう……」と月を見上げる。
「広海は彼女の話を信じるフリをした。遥香には罪はない。西園寺さんもわかってくれる。そう説得して、彼女を西園寺さんのところへ連れて行った。すべての真相を知った西園寺さんはショックを受けた。自分が遺産の話をしたがために、そんな事態を招いてしまった。犯罪者たちを憎むよりも、自分の行為を後悔して、引きこもるようになった。そして、月への完全移住を決めた」
「それで、さっきの洞穴に入ってサバイバル訓練をしてから、本当に月へ行ってしまったってわけか。引きこもりのスケールが違うな」
月丸は苦笑いするものの、すぐに笑みを引っ込めた。そしてコーヒーをひと口飲むと、首を傾げて天王寺を見た。
「西園寺さんがショックを受けた気持ちはわかる。俺も今、あんたからその話を聞いて、色々な感情が湧き上がってるから。でも、空ちゃんの日記の続きに写経したり、月へ移住を決めるほど自分を追い詰めたり、過剰すぎやしないか? まるで……」
「まるで、娘を亡くしたよう?」
静かに頷く月丸を見て、天王寺は話を続けた。
「その通りだよ。空ちゃんは西園寺さんの娘。この世でたった一人の子どもだった」
「知らなかった」
「広海も知らなかった。知らされたのは、事件の一週間前、空ちゃんにプロポーズをして、OKされたときに打ち明けられたらしい」
「空ちゃんはどうしてそのことを隠してたんだ?」
「西園寺さんの遺産目当てで言い寄られるのが嫌だって」
「それなのに、その一週間後に遺産目当てで殺されてしまったのか」
「皮肉だろ」
「空ちゃんと天王寺の気持ちを考えるとやるせなくなる。あんたも知ってると思うけど、あの二人は年齢差を越えて、魂が強く結び合ったカップルに思えた」
「俺から見てもそうだった。一卵性の双子といっても似てるのは見てくれだけで、中身はだいぶ違うんだ。俺と違って、あいつは昔から恋愛にはドライなほうだった。だけど、空ちゃんと付き合うようになってからは、明らかに変わった。生きているのが楽しくて仕方ない。彼女と一緒にいるだけで幸せだ。臆面もなくそんなことを言うようになって、ずいぶんと驚かされた。でも、空ちゃんに初めて会ったとき、すべて納得した。無邪気な探求心。周りの人間を思いやる心。そんなものを空ちゃんは西園寺さんから受け継いでいた」
「でもまさか、二人が親子だったなんて。よく、女の子は父親に似るって言うけど、空ちゃんが美形だったのに対して、西園寺さんはほら、ユニークな顔立ちだったじゃないか」
「福田が気づいたらしい。医者の目からすれば、共通点があったんだろうな」
「よく見抜いたもんだな。あいつが気づきさえしなければ、今頃は西園寺さん、初孫がいたかもしれないのにな。そういえば、空ちゃんの年齢から考えると、やっぱり俺の予想が合ってるんじゃないか?」
「そう。空ちゃんは新垣さんの娘だよ。空ちゃんが死んだとき、部外者厳禁の家族葬になったのは、マスコミにバレるのを恐れたからだろうな。広海もまだ新垣さんとは一度も会ってないらしい」
「でも、プロフィール上では、西園寺さんと二股をかけてた俳優との子どもってことになってるよな。西園寺さんは、いつから空ちゃんが自分の娘だと知ってたんだ?」
「さあ。それは俺にはわからない。訊いてみたらいいんじゃないか。新垣さんに。どうせ、空ちゃんの日記を届けるだろ?」
「そうだな」
月丸はまたコーヒーを飲んで月を見上げた。
「殺人計画、あんたも考えたのか?」
「もちろん。俺たちがいつも、ミステリー小説を共作するときと同じように、アイデアを出し合った。一遍に殺してしまえば済む話じゃないかと思ったが、広海は嫌がった。一人一人に死の恐怖を味あわせてやりたいと」
「あんたも見事な成りすましぶりだった。小さいミスはあったけど、初めて話したとは思えない。多恵との会話も自然だった」
「いや、実は初めてじゃないんだ。半年くらい前にパーティーがあったろ」
「ああ、俺の出版パーティーか。天王寺も招待したな。まさか?」
「広海と一緒に俺も行った。最初は変装して、あんたと広海が喋る様子を観察してた」
「そうか、あのときは多恵もいたからな」
「途中で広海がトイレへ行ったタイミングで入れ替わった」
「まったく気づかなかった」
「学生時代に演劇を少しかじってたからな。まさかこんなことに役立つとは思わなかった」
天王寺がそう言うと、月丸は急に、食べ物の中に砂利でも入っていたような渋い表情を浮かべた。
「ちょっと待ってくれ。月にいる天王寺は、俺に成りすましてるって言ったよな?」
「そうだ」
「じゃあ、月へ行くときの届け出はどうした? それも俺に成りすまして申請したなら、俺が殺人犯てことになっちまうじゃないか」
宇宙へ行く際には、国際宇宙航行連盟に身分証その他の書類を提出しなければならない。月丸はそのことを言っているのだ。愕然とした顔で見てくる彼を安心させるように天王寺は笑った。
「心配するな。そんなことするくらいだったら、最初からあんたをこの計画に引きずりこんでる。広海がネプチューンだと名乗るのは、あいつらに対してだけさ」
「そうか、そうだよな。でも、それだとあいつは自分の名前で申請したってことか? それだと、最後まで生き残ったら犯人と言ってるようなものじゃないか」
月丸はそこまで言うと、何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべ、天王寺を見た。
「まさか、あいつは死ぬつもりなのか? 復讐を果たして、自殺をしようってことじゃないだろうな?」
天王寺がその問いに答えようと口を開きかけたとき、月丸の携帯電話が鳴った。彼はそれを取り出して画面を見ると、
「新垣さんからだ」
そう言って天王寺を見た。
「出ろよ」
「もしもし? はい、そうです。天王寺も一緒にいます」
月丸は天王寺をちらっと見てから、通話をスピーカーモードにした。
「あれからどうなったのか気になってたの。結局、あの手紙は何だったの? たしかアヴァルツバエンとか書いてあったと思うけど、あれはどういう意味だったの?」
田舎道に大女優の朗々たる声が響く。月島は、これまでの顛末を簡潔に説明した。洞穴から空の日記が見つかったこと、それに西園寺が写経をしていたことを話した。そうしながら、空との関係を新垣に訊こうか訊くまいか、逡巡するような顔をして、月丸は天王寺にちらちらと視線を送ってきた。ところが、彼女に訊くまでもなかった。
「新垣という姓は、デビュー前にお世話になった先生から拝借したものでね。わたしの本名は天海というの。もう察してるかもしれないけど、空はわたしの娘よ」
月丸の話をすべて聞き終えると、由美子はあっさり白状した。そして続けた。
「あなたたち、今からうちに来れる?」
「え、あ、はい。大丈夫ですけど……」
天王寺が頷くのを確認してから、月丸はそう返事をした。
「だったら、待ってるわ。あなたたちも、知りたいでしょ? 十年前、たいして秀でた才能があるわけでもないあなたたちが、どうして宇宙へ行くことができたのか。こっちへ来たら、ゆっくり話してあげるわ」
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