第13話 復讐の舞台裏

 なぜこいつがここに? と思う反面、やはりこいつが真犯人だったか。背後から登場した男の顔を見て、明日真は納得がいった。

「ウラノスか」

 十年前は似ていたが、今はネプチューンとは違い、色白で頬のこけた、妙に眼光が鋭い見てくれに変貌していた。

「あんまり驚かないんだな。折角、サプライズ登場したってのに、つまらん」

 ウラノスはニヒルな笑みを見せると、全身が痺れて床に倒れた明日真につかつかと近づいてきた。明日真の手元から離れて落ちた銃を蹴飛ばし、そのまましゃがみ込んで明日真の顔を見下ろす。

「ネプチューンと共犯したのか? お前たち、昔から仲が良かったもんな。今までここに隠れてたのか。……待てよ、何でネプチューンも殺したんだ?」

「何をごちゃごちゃワケのわからないことを言ってんだよ、エース。俺はずっとお前たちと一緒にいたじゃないか」

「は?」

 ウラノスが微笑んだままのため、明日真はからかわれているのかと思った。透明人間でもない限り、ウラノスは彼らの前に一度も現れなかったはずだ。

「まだわからないのか? ヴィーナスと仲良く密会してたときに、そのトリックには気づいていたじゃないか」

「盗み聞きしてたのか?」

「どの部屋にも、高性能の集音マイクと隠しカメラを設置しておいたからな。お前たちの言動は全部、筒抜けだった」

 会話をしながら、明日真はウラノスの声がネプチューンと同じであることに気がついた。

「わかった。マスクか。スパイ映画に出てくるような変装マスクを被って、ネプチューンに成りすましてたんだな」

「正解」

「だとしても、ネプチューンは死んだはずじゃないか」

 謎が謎を呼ぶ。ただでさえ、身体の痺れだけでなく、頭もぼんやりとしていて、考えがまとまらなかった。

「それもトリックを使ったのさ。お前らが慌てふためく様子はここから見て楽しませてもらった」

 ウラノスは部屋の奥にあるモニター群へ顎をしゃくる。

「西園寺さんの声は? 死んでいるんじゃないのか?」

「西園寺さんは一ヶ月前に亡くなった。ムーンパレス内に流れていたのは、AIを使った音声だ。ネプチューンが死んだことになってからは、ボイスチェンジャーを使って俺が喋ってたけどな」

「お前が真犯人なんだな?」

「見ての通り。理由はわかるよな? ヴィーナスやマーズとこそこそ喋ってたのは聞こえてたんだ」

「サンの復讐か。あれはマーズが言い出しっぺだ。本当にやるとは――」

 頬に衝撃を受け、その勢いで明日真は頭を床にぶつけた。視界が大きくブレた。殴られたのだ。

「この期に及んで言い逃れはやめろ」

 髪の毛を掴まれた。目の前に、復讐の鬼と化し、燃えるような瞳で睨みつけてくるウラノスの顔がある。

「殺そうと思えば一気に全員、殺すことだってできたんだ。どうして最後にお前一人を残したと思う? 死の恐怖を味あわせるためさ」

 ウラノスが髪の毛から手を離した。彼の言う通り、明日真は自分が殺されるのではないかという恐怖を散々、味わってきた。今だってそうだ。ウラノスに攻撃されるか、あるいはこのまま毒によって身体が動かなくなって死ぬのか、どちらかはわからない。わからないからこその恐怖心があった。

「どうせ俺も殺すんだろ? 宇宙服に遅効性の毒ガスを流したのか?」

「違う。貯蔵庫にある食べ物と飲み物、すべてに毒を混入しておいた」

「どうしてそんなことを」

 自分の分は別に確保しておくにせよ、食料に限らず地球から月へ運んだ物資は何もかも貴重だ。それを無駄にするようなマネをしたことが、明日真には理解できなかった。

「お前には関係ないさ」

 ウラノスは片方の口角を上げて残忍な笑みをうかべると、親指大ほどの小瓶を明日真の目の前に置いた。「これは?」と明日真は目で問う。

「解毒剤だ。と言ってももう、自分で飲む力すら出ないだろ。喋るのがやっとのはずだ」

 その通りだった。明日真は先程から、どうにか反撃できないものかと脳から全身に指令を送るも、身体はちっとも反応してくれなかった。このままだと、喋ることだっていつまでもつかわからない。最後は呼吸ができなくなり死んでしまうのではないか。その恐怖に苛まれていた。

「サン……空をなぜ殺した? いや、それはわかる。お前たちは気づいていたんだろ? 空が西園寺さんの娘だってことを。サターンから聞いた。こっそりDNA鑑定して調べたってな」

 明日真は素直に頷いた。

 医者ならではの観察力なのだろうか。サターンがあるとき、「西園寺さんと空は似てる。もしかして親子なんじゃないか?」と言ったとき、誰も賛同しなかった。マーズからは「アホ言うな藪医者」と一笑に付されてしまう始末だった。

 ところが、それから何日かして、サターンは自慢げな顔をしてDNA鑑定書を見せてきた。ほれ見たことかと。だったら、なぜ西園寺さんはそのことを隠しているのだろう? 不思議に思ったけれど、誰も本人に直接訊くことはなかった。

 それからいくばくかの月日が流れた頃、例の通達があった。ムーンリバー計画に参加したクルーの中から、遺産相続人を選ぶという報せだ。

 明日真たちは莫大な資産を手に入れるチャンスだと湧いた。けれど、「結局は娘の空に継がせるつもりなんじゃない? どういう理由があるのか知らないけど、わたしたちは当て馬に過ぎないのよ」ヴィーナスがそう言った瞬間、その場にいた全員が意気消沈した。その可能性が高いと思ったからだ。

 だから、相続人の最有力候補である空を殺すことに決めた。そう言い出したのは、さっきウラノスに言った通りマーズだった。「空がいなくなれば、みんなに分配してくれるんちゃう?」その言い分が最もらしく思えた。少なくとも、空が生きているよりかは、自分たちが遺産を受け取れるチャンスが増えるだろう。みんなでやれば怖くない。もし相続人に選ばれたら、ここにいるみんなに分配すること。俺たちは一蓮托生。その場にいたマーキュリー、ヴィーナス、明日真、ムーン、マーズ、サターンは頷き合い、一瞬にして運命共同体となることを誓い合った。

「何を考えてる?」

 ウラノスが顔を近づけてきた。明日真の鼻と鼻が触れ合いそうなほどの距離だった。

「下衆の勘繰りしかできないお前らは信じないだろうが、西園寺さんは本当に俺たちの中から後継者を選ぼうとしてたんだ」

 明日真の顔を見つめたまま、数秒間黙り込んだウラノスは、急にふっと笑い顔を遠ざけた。解毒剤の横にICレコーダーを置く。

「まあいい。今さらそんな話をしたところで、空が戻ってくるわけじゃない。それより、どうやって空を殺した。それを言え。解毒剤を飲ませて欲しかったらな」

「どうしてそれが信じられる? 証言だけさせて殺す気だろ。解毒剤とか言っておいて、本当はこっちが毒なのかもしれない」

 明日真はもはや許しを乞う気にもならなかった。目の前の男はすでに何人も人を殺したのだ。何を言われようと信用できるわけがない。

「宇宙はまだまだ無法地帯だ。探査も必要だが、それ以上に早急に法の整備をするべき。そのためにはアースの力が必要だと。西園寺さんは、お前のことを高く評価してた。俺がこの復讐計画をもちかけたときも、アースだけはどうにか見逃してくれないかと言われた。西園寺さんは人生の恩人だ。西園寺さんが言うことなら何だって聞きたい。でも、婚約者を殺された身として、どうにも許せない自分がいる」

「婚約してたのか?」

 ウラノスと空が交際していることは知っていた。けれど、婚約してることは知らなかった。今さらそれを知ったところでどうにもならないが、明日真は罪悪感を抱いた。

 ウラノスは微かに頷き、ほとんど唇を動かさずに、虚ろな目をして言った。

「お前らに殺される一週間前。久しぶりに空が地球に戻ってきたときにプロポーズした。即答してくれた。うれしかった。人生で一番うれしかった」

 明日真はもうそんな話は聞きたくなかった。自分たちが犯した罪の重大さに気づき、胸が苦しくなるだけだ。

「だから、西園寺さんの願望と俺の復讐心の落としどころを決めた。罪を自白しろ。あの日、空に何をしたのか、知ってる限りのことをすべて話せ。そうして懺悔するなら、毒殺はしないでやる」

 明日真の目には、彼が真実を述べているように見えた。ただ、DNA鑑定のことを喋ったサターンは殺されたのだ。それに、ひとつ解せないことがあった。

「俺だけは殺さないと言ったが、ここにはムーンがいないじゃないか。陽介はどうして呼ばなかったんだ?」

「呼ばなかったが、奴はここで死んだことになる」

「どういうことだ?」

 言ってる意味がまったくわからなかった。

「お前には関係ない。どうするんだ。俺はこれ以上ないほど譲歩してやってるんだ。言っておくがお前の為じゃないぜ。西園寺さんの為だ」

「そう言って、サターンにも供述させた後に殺したんだろ」

「地球で勤務医をしてるサターンとお前とでは、西園寺さんの評価はまるで違うことくらい、説明するまでもない。そう思わないか?」

 サターンよりも大事にされていたという感覚は、明日真自身も感じていた。けれど、その西園寺はすでに死んでいるのだ。いくら彼に対するウラノスの忠誠心が強くとも、婚約者を殺された恨みのほうがきっと強烈であるに違いない。ただ、どうせ殺される可能性が高いのだ。イチかバチかに賭けてみてもいいのではないか。明日真の心は揺れた。

「嫌ならいいんだ。陽介に訊けばいいだけのことだからな。その代わり、お前にはこのまま死んでもらう。お前が選んだ道なんだから、西園寺さんに化けて出られることもないだろう」

 脅しではなく、ウラノスは本気でそうするつもりらしい。強い意志を持った瞳がそう告げていた。

「わかった」明日真は決断した。「話す。あのときに起こったこと全部」

「あのとき、マスコミは好き勝手なことを書きやがった。空が泥酔して地球に突っ込んだと。下手したら宇宙船の残骸が市街地に降り注いだ可能性があると」

 ぎりぎりと歯ぎしりするように食いしばり、ウラノスの顔には怒りと悲しみ、悔しさが滲む。

「本当に泥酔したのか?」

「してない」

 別にウラノスに殺意を込めた目で睨まれたからではない。明日真は事実を語った。

「サターンが、睡眠導入剤をワインにこっそり入れたんだ。宇宙船に乗って帰る時間に眠くなるよう計算して、遅効性のものを」

「だけど、いくら空が寝たとしても、地球へは飛ばないはずだ。空が乗ってたネメシスという小型宇宙船は、当時はまだ開発段階だったとはいえ、自動帰還プログラムが実装されていた。鏑木から聞いたから確かだ。つまり、何が言いたいかわかるか?」

「そのプログラムを無効にしたんだ。そして、別の軌道を取るようにした。地球の周りをぐるぐる回って――」

「スペースデブリを寄せ集めながら、突入角度を深く取って大気圏に突入する。空が開発したモジュールを、こっそり機体に取り付けたんだろ。『ソラ』。開発者である空自身の名前が付いたモジュールを」

 ウラノスは何もかも知っている。サターンかマーキュリーのどちらか、あるいは二人からすでに訊き出したのだろう。自分に口を割らせているのは、整合性を確認しているだけだ。明日真は直感した。

「その通りだ」

「そのために、陽介はコスモスで働いてたんだな。空の会社で、空を殺すための道具の使い方を学ぶために。結局、遺産が手に入らなかったから、素知らぬ顔をして今に至るまでずっと在籍してるってわけか」

 陽介がこの場にいたら即座に殺しそうな、憎悪に満ちた目をして、ウラノスは唇を噛みしめる。けれどすぐに我に返り、怒りを押し殺すように無理に笑顔を見せた。

「お前は真実を語った。マーキュリーやサターンと同じ供述内容だった」

 ウラノスの話はこれ以上、聞く意味はないとばかり、ウラノスはICレコーダーを手に取ってポケットにしまった。

「約束通り、解毒剤は飲ませてやる」

 彼の口調が妙に冷静になったのが、明日真には気がかりだった。もしかしたら、それを飲まされた瞬間に、逆に死ぬことになるかもしれない。賭けに出る心の準備がまだできなかった。それに、気になることがあった。

「待て。結局、誰が共犯者だったんだ? 本物のネプチューンやジュピターが、どこかに隠れてるのか?」

「いいや。月丸は地球にいるし、鏑木は陽介と一緒にデブリの撤去作業をやってるさ」

「じゃあ、ロシア人か? それともマーキュリーか?」

「何をもって共犯者と言うのかは知らんが、殺しは全部、俺がやった」

「そんな……」

「そんなに驚くことか?」

 絶句する明日真を見下ろしながら、ウラノスは不敵な笑みを浮かべて見せた。


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